魔導士は科学を夢見る - 5
ユリが戻ってくるのをエベルの部屋の前で待つ三人の間には、誰もが口を開こうとしない為に重苦しい沈黙が漂っていた。
「アロイス……」
「君はこんなところで何をやっているんだね」
「いたらまずいのかよ」
ヴィルが声をかければ、そんな憎まれ口が返ってくる。炎に精通しているヴィルがこの場にいても何も手出しできないことは、確かだった。
「アロイス、頼むからあいつにアレをヤれ、なんて言わないでくれよ」
「それは君が代わりにやるという話かね? 君では荷が重いだろう。アレの隙をつくのは複数の元素に精通しているユリ君だからこそできることだ」
「……」
何故この人は、できるできない、やれるやれない、の二択しかできないのか。
「頼むから……! 頼むから、あいつのこと信じてやれよ。これ以上あいつを追い詰めるなよ……」
「まあそれは、」
廊下を走ってくる足音が聞こえ、アロイスは顔をあげた。
「彼次第なんだけれどね」
走ってきた当の本人であるユリは数メートル手前で減速し、息を整えながら歩いてくる。
アロイス、ヴィル、ジークが黙って見守る中、彼はゆっくりと口を開いた。
「通して下さい。やります」
「本気なのか?」
冷静なように見えるユリの前で、逆に焦って口をぱくぱくさせているヴィルを横目に、ジークが訊ねる。
何を問われているのか即座に理解できなかったユリは首を傾げ、あぁ、と微笑んだ。その笑みは柔らかで、少なくとも彼は、思いつめていない。
「多分、皆さんが思ってある『やる』とは違うと思います。確実かと言われれば、全く確証はないんですが……それでも、諦めてしまう前に一つだけ試させてほしい。
……そのくらい、猶予はありますよね?」
ユリがアロイスの方を見れば、彼は肩を竦めただけだった。好きにすればいい、ということらしい。
「ぐ、具体的には何をするんだ」
ようやく落ち着いてきたらしいヴィルが口を挟む。ユリがやろうとしていることによっては、彼が力強く阻むつもりであるのは、その表情から明らかだ。
「あはは、安心して下さい。あまり無茶なことをするつもりはありませんから。
ただ、意識を叩き込めばいいのかもしれないと思い至ったので……」
「意識を、叩き込む?」
言葉を反復して問い返してきたジークに、ユリははい、と頷く。
「エベルは自分の中に意識が入ってくる、と言っていました。もしそれが本当ならば、恐らく入り込んだのは『自然』の意識。ソレに身体を乗っ取られることで魔物化しているのであれば……ソレに対抗できるだけの意識を叩き込んでやればいい……違いますか?」
ユリは同意を求めるが、それが正しいか正しくないかなど、「魔法」の仕組みすらはっきりと分かっていないというのに判断できるはずもない。
「……試せば、いいんじゃねぇ? 可能性はあるんだろ、それに賭けない手はない。サポートしようか?」
「いえ、いいです」
笑ってユリはエベルの部屋にするりと入る。
エベルはやはり、意思のない虚ろな視線で宙を見つめていた。そんな彼がユリの存在に反応する前に、彼はつかつかとエベルの目の前にやってくる。
魔法の構成も、呪文もあったものではない。
ただ、ユリは目の前にいるエベルを見据え、
「エベル。これが僕の知っている『あなた』の全てです」
ユリの持つエベルとの記憶。
ユリの持つエベルのイメージ。
それら全てを、叩きつけた。
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