エピローグ

繋がりはこれからも……

「んん……」


 射し込んで来る朝日が顔に当たり、ミコトは目を覚ました。

 まだ頭がボ〜っとしていて、自分が今どこに居るのかすら分からない。

 ただ……もう初夏と言っても良い時期なのに、ヤケに身体がスースーした。

 怠い……妙に痛む身体を起こし、ふと自分の下半身に目が行く。そして目に飛び込んで来た己の姿にミコトは、


「◇★↓▲¥○⁉︎」


 言葉にならない叫びを上げた。

 一糸纏わぬあられもない姿。そして隣りでは八雲が寝息を立てている。


「あ……ひぇっ⁉︎」


 今、自分が置かれている状況を整理する。

 今まで眠っていたこの場所。古びた体操マットやら壊れかけのベンチ、錆びついたロッカーにガットの外れたテニスラケット。

 ちょくちょくミコト達が昼休みに集まっている旧軟式テニス部の部室前……。ここはそのプレハブ小屋の内部だ。


「そういえば……」


 ようやく頭が活動を再開し、記憶も戻って来た。

 昨晩の事を思い出す。そして頭がオーバーヒートしてしまうのではないかというくらい、顔を真っ赤にした。

 今日は休日。加えてクズも眠っているとあって、ミコトと八雲の二人は職員室からこっそりとこのプレハブ小屋の鍵を持ち出して忍び込んだ。

 その後はしばらく二人きりでお喋りをし、徐々に良いムードとなって来て……そしてミコトは初めての声をあげ、幾度となく貫かれたのだった。


「うあぁぁぁぁぁ!」


 ミコトは頭を抱えて再び叫んだ。

 記憶が戻れば戻るほどに恥ずかしさが込み上げて来る。それこそ知ってる人の誰も居ない僻地にでも逃げ去りたい程に……。


「ん……? あれ? おはよ……ミコト……」

「ひぃっ!」


 八雲が寝ぼけ眼を擦りながら上体を起こす。それに対してミコトは墓から這い出て来た死人にでも出くわしたかのように仰天して、背後に飛び退いた。

 その拍子にロッカーへ背中を打ち付け、ロッカーの上から落ちて来たポリバケツが脳天を直撃した。


「あぐっ!」

「何やってんの……」


 八雲が呆れ顔で笑った。


 化け狸の騒動から一週間以上になる。

 雲辺寺姉妹も瑞木も、そしてミコトと八雲の二人もこれまでと変わらない生活を送っていた。

 いや……変わらないと言えば語弊があるかもしれない。

 雲辺寺花蓮と伊予の姉妹は、これまでの溝を埋め合わせるかのように、学校でも頻繁に会っては楽しそうに話している姿をよく見かける。

 花蓮とミコトの仲は相変わらず犬猿の仲と言っても良いが、どこかこれまでと違って、お互いに全くと言って良いほど遠慮が無くなった。

 伊予も相変わらずミコトを慕ってついて来るし、弟子にするつもりは無いが、ミコトも彼女を妹のように可愛がっている。

 瑞木はあの一件の後、しばらくは遠慮がちな態度であったものの、元来さっぱりした性格のミコトに「その程度の事であたしの態度が変わると思ってんのか?」と諭されて、そのうち以前と変わらず、気のおけない親友として付き合っている。

 そしてミコトと八雲の二人……。

 進展したのは良い。良いのだが、周囲に誰も居ないと少々馬鹿ップル化しつつあった。

 こと、ミコトに関しては、付き合い始めてからも、その兆候が見られたが、ここへ来て更に二人きりの場合と第三者が居る場所での態度に別人のようなギャップがあった。

 八雲は変わらないのだが、ミコトがヤケに甘えるようになったのだ。


(まあ、小さい頃はそうだったからなぁ……)


 自分の前でのみ本性を曝け出してくれる。そう思うと八雲もまんざらでもなかった。

 とはいえ、さすがにミコトもとなると羞恥心が勝っていたようで、二人きりであるのに……いや、二人きりだからこその照れ隠しなのか、いつもの『狂犬』が表に出てしまっていた。


「み、見るなぁ! あ、あ、あっち向けぇぇぇ‼︎」

「何を今さら……イダッ!」


 ミコトの投げたポリバケツが八雲の顔面に命中した。

 その間にミコトはあたふたしながら自分の下着と制服を掻き集め、ぎこちない手つきで身に纏う。


「いいか! さ、昨晩の事は忘れろ! 記憶からきれいさっぱり抹消しろ! てか、記憶喪失になれ!」

「んな、メチャクチャな……」


 何だかんだ言っても、やはりミコトはミコトだ。

 けれど、それが何だか八雲を安心させてくれる。ミコトはこうでなきゃ……と思えた。


 程なくして、ミコトと八雲は学校のフェンスを乗り越えて帰路につく。

 朝早い為、まだ部活の練習で登校して来る学生の姿も無い。その点は幸いであった。


「いいか? クズにもこの事は絶対に話すんじゃないぞ! もし喋ったりでもしたら、ご臨終蹴り五十発は食らわせるからな!」

「そんなの……頼まれたって喋らないよ」


 八雲も気恥ずかしそうに頭をポリポリと掻いて言った。

 そりゃそうだ。こんな事をわざわざ他言するほど恥知らずではない。

 しかし、唐突に、


「何を話してはならんのじゃ?」


 ミコトの頭の中に、これまで眠っていた筈のクズの声が響き渡った。


「ふぎゃあぁぁぁ‼︎」


 もはやパニック状態である。


「お、おお、おまえ、今回は起きるの早くないか⁉︎ てか、いつから聞いてた!」

「いや……つい今し方じゃよ? まあ、話の内容は言われずとも、おおよその察しはつくがのう」


 そう言ってカラカラと笑う。

 ミコトは真っ赤になって押し黙ってしまった。


「まあ、照れる事もあるまい? 人と人との繋がりというものは、そうして脈々と受け継がれて来たのじゃ。これまでも……これからも……。おぬしはそうして人との繋がりによって成長して行く。ワシとしては喜ばしい事じゃがの」

「うっさい! うっさぁぁぁい! 良いこと言って誤魔化そうとしたってダメだぞ! おまえの事だ。どうせ上辺だけそんなこと言って、内ではあたしのこと嘲笑ってるんだろ!」


 酷い言いがかりというか、被害妄想というか……。

 隣りでミコトの声だけを聞いていた八雲もさすがに苦笑いを隠せないでいる。


「さぁて……どうじゃろうのう? 確かにおぬしを見ているのは愉快じゃからな」

「やっぱりおまえは出てけ! 必ずあたしの体から追い出してやるぅぅ!」


 両手を振り上げて叫ぶミコトにクズはクスクスと笑う。

 この奥手な娘の成長して行く姿が心の底から愉快である……とでも言うように……。



 完

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