3.それぞれの行方

 授業が終わり、休み時間に入るとミコトは早速、教室を出て中等部の校舎に向かった。

 本来ならば瑞木の行方を探したいところなのだが、彼女は授業中に行く先も告げずに教室を抜けたっきり戻って来てはおらず、足取りも不明である。瑞木を探したところで時間の無駄であろう。

 願わくば、雲辺寺花蓮の失踪と全く無関係であれば良いのだが、あのタイミング、あの様子から察するに、全くの無関係とは思えない。

 ならば現時点で雲辺寺花蓮と最も関係が深く、事情も知っていそうな人物と言えば、妹の雲辺寺伊予となる。彼女に話を聞く事が出来れば、何か手掛かりを得られるかもしれないと踏んだのだ。


「あまり時間がないからな……」


 授業と授業の合間にある短い休み時間であるから、次の授業が始まってしまう前に伊予と話がしたい。授業が始まってしまってからでは、中等部それぞれの教室にも担当の教師が来てしまうだろう。そうなってしまってからでは、表向きは全くの部外者であるミコトが伊予に話を聞く理由を説明するのに面倒だ。

 廊下をひた走り高等部校舎を出て、一階の渡り廊下を抜け、中等部校舎へと駆け込む。

 ミコトの『狂犬』としての噂は学園中に知れ渡っているため、学生からとやかく言われる事は、雲辺寺花蓮などの一部例外を除けば心配は無いが、廊下を走っていれば教師などから注意を受ける事はある。

 まして、こんなところをこの学校の教師である母、静江に見られでもしたら何を言われるか分かったものではない。

 現にタタリモッケ騒動の際は母に捕まって叱られたという前例があった。

 

(こういう時だけは学生の身分って窮屈になるなぁ)


 とにかく母にだけは鉢合わせしない事を心の中で祈りつつ、何とか伊予のクラスがある一年生の区画まではやって来た。

 そんな中、意外な人物とミコトは遭遇する事となった。


「あれ? ミコト姉ちゃん?」

 

 弟のリュウトである。

 まあ、考えてみればリュウトも伊予と同じクラスなのだから、ここで鉢合わせする事があっても不思議ではない。

 むしろ、伊予のクラスメイトであるリュウトに出会えた事は好都合だったかもしれない。


「リュウト。伊予はいないか?」

「え? 雲辺寺さん?」


 リュウトは不思議そうな顔をしている。

 恐らく彼はミコトと伊予の繋がりなど知らない筈だ。自分の姉が伊予に何の用があるのか不思議に思われても仕方のない事だが、今は急を要するのだ。自分以上に鈍感なリュウトにもたもたされても困るというもので、


「理由は訊くな! とにかく急ぎの用事があるんだ!」

 

 と、苛立ちを見せて急かした。


「今は……どこか行っちゃったみたいで、教室にはいないよ?」

「伊予もなのか……。参ったな……」

 

 ミコトは悔しそうに舌打ちする。

 花蓮が失踪したと聞いて何となく想像はしていたが、こうなってしまっては手掛かりになりそうなものが一切無くなってしまったに等しい。

 しかし、諦めかけたその時である。


「でも、雲辺寺さんから姉ちゃんにって手紙は受け取ってるよ?」

「な、なにぃ!?」


 リュウトはのそのそした動きでポケットから小さく折りたたまれたノートの切れ端らしきものを取り出すと、小さいけど怖い姉におずおずと差し出す。


「先にそれを言え! うすらトンカチ!」


 ポカリとリュウトの脳天にゲンコツを見舞うと、その手紙をふんだくった。

 綺麗に折りたたまれたそれを開くと、そこには伊予らしい弱々しい文字で短くひと言。


〈善哉さんに話を聞いてきます〉


 それだけ書かれていた。

 

「伊予は他に何か言ってなかったか?」

「え? ううん……何も……。でも、何か焦ってるみたいだったよ?」


 焦っている……という事は、やはり花蓮絡みの事だろう。

 伊予は花蓮の身に何が起こったのか知っている……或いは、ミコトと同様に花蓮の失踪に化け狸が関わっていると睨んでいる。それ故、今日の授業も終わらないうちに学校を抜け出し、直接、善哉に話を聞きに行ったという事なのだろう。

 ミコトにわざわざこのようなメッセージを残して行ったのも、ミコトの行動を既に予測していたという事だ。


「ヨワヨワしてるくせに結構頭の回転は速いじゃないか」


 ミコトはその手紙をギュッと握り締め、キラリと光る八重歯を見せてニッ笑った。

 頼りないように見えて、なかなかしっかりしている。伊予を少し見直した。


「ミコト!」


 丁度そこへ息を切らせて八雲がやって来た。

 どうやら八雲も瑞木の様子がおかしかった事に気づいていたようで、授業の後、ミコトが教室を抜け出したので追いかけて来たようだ。


「やっぱり探しに行くの?」

「うん……」


 ミコトはリュウトに目配せして教室に戻るよう促した。

 訳が分からず首を傾げているが、おっかない姉に追い立てられては引き下がるより他にないとばかりに、リュウトはのんびりした足取りで自分の教室に戻って行く。

 関係の無い弟が会話の聞こえない場所まで行った事を確認すると、ミコトは話を続けた。


「伊予も化け狸連中のところへ話を聞きに行ったみたい。あたしもこれから伊予を追いかけるよ」

「だったら僕も行くよ」


 正直に言えば八雲の提案はこれ以上無いくらい嬉しい。今のミコトにとって八雲は掛け替えのない存在であるし、何よりクズの反応が無い現状では八雲の存在ほど心強いものは無い。

 けれど、ミコトは断腸の思いで首を横に振った。


「もしかしたら危険が伴うかもしれない。あたし……八雲を危ない目に遭わせたくないよ」


 化け狸も善哉のような話のわかる連中だけならば良いのだが、善哉やキンツバの言っていたように、関八州八百八狸は一枚岩ではない。中には伊予の存在も認めていない者がいるらしいのだ。

 彼らも所詮はあやかし。場合によっては強硬派の化け狸たちに襲われるとも限らない。

 そうなれば、ただあやかしの姿を認識できるというだけで、ミコトのように身を守る術を持たない八雲がこれ以上関わるのは危険極まりないのだ。

 しかし、それでも八雲は戻ろうとはしなかった。


「自分の身くらい何とでもなるよ。僕に何が出来るかは分からないけど……でも、自分の彼女一人を危険な目に遭わせるわけにはいかないだろ? 少しは格好つけさせてよ」

「うふっ……」


 ミコトは思わず吹き出す。

 勝手なうえにガラにもなく彼氏づらしている八雲が何だかおかしかった。


「八雲にそんな台詞、似合わないよ」

「ええ〜? ヒドイなぁ……」


 それでも言葉には出さないが、嬉しくて八雲の胸に飛び込みたい気分だった。

 いつの間に、こんなに頼もしくなったのだろう? 本当にあのタタリモッケの一件以来、八雲は変わったと思う。

 かつて「おまえの事は、あたしが守る!」と八雲の前で息巻いたミコトであったが、立ち場が逆転してしまった……いや、幼かったあの頃に戻ったような気分であった。

 ならば、もう断る理由などミコトには無い。

 腕っぷしなら負けないけれど、心の支えとしてこれほど頼もしいパートナーは居ないのだから……。

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