レトロスペクション3
孤独な少女
「ごめんね……ごめんね……」
誰かは知らない。
一人の女性がこちらを見下ろして、しきりに謝っている。
顔は……まるで霞がかかっているかのようで、輪郭さえも分からない。
わたしはその女性に抱えられている。けれど、すぐに別の女性の手へと渡った。
これがわたしの中にある最も古い記憶。
ひょっとしたら、あれがわたしの本当のお母さんなのかなぁ……。
でも……わたしの預けられた施設の園長先生は、わたしは生まれて間も無い頃にこの施設に預けられたのだと仰ってた。
そんな生まれて間もない頃の記憶なんて有るのかしら?
何度か園長先生にも、そんな話をした事がある。
けれど、いつも園長先生は曖昧に答えるだけだった。
園長先生には特別な力があった。
それは『あやかし』と呼ばれる、言い換えれば妖怪というモノの存在を認識していること。
わたしの本当の親から聞いたのか、わたしが化け狸と人間のハーフである事も、ご先祖様に太三郎狸という有名な化け狸がいるという事も園長先生から知らされた。
でも、園長先生はわたしにこうも仰った。
「良いですか? 伊予……。貴女は確かに化け狸の子で、うっかりするとすぐに尻尾を出してしまうけど、他の人に自分が化け狸だという事を決して話してはいけませんよ?」
「どうしてですか?」
幼いわたしには化け狸やあやかしというモノが誰にでも認識できるものだと思っていたし、それが当たり前なのだと思っていた。
けれど、わたしの常識は飽くまでわたしの中にしか無い常識であって、世間では非常識なのだと知らされた。
それからというもの、わたしは積極的に他の子と関わる事を止めた。
自分が異質な存在である事を知られてしまったら、きっと自分の居場所はどこにも無くなってしまう。そう思えたから……。
でも、異質な存在である以上、わたしに居場所なんて初めから無かったのかもしれない。
居場所があるふりをして、社会から捨てられないようにしがみついていただけ。
「あら? 伊予ちゃん、また一人でお絵描き? お絵描きが好きなのねぇ」
園内の庭で棒切れを使って黙々と地面に絵を描いているわたしに施設の先生が微笑みかける。
けれど、わたしは別にお絵描きが好きな訳じゃなかった……。
他の子の輪に入れず、ただこうやって居場所が無い事を否定しているだけ。こうしていれば、孤独である事を忘れられるため……。
こうしていれば誰からも否定されないし、拒絶される事もない。だって、ここには自分の世界しか無いのだから……。
それでも……そう自分に言い聞かせても、心が満たされる事はなかった。
いつからだろう?
夜になると静まり返った園庭に何かがやって来るようになった。
辺りを警戒しながら、わたしが寝ている部屋の前までやって来ると、窓からジッとこちらを見ている。
最初は怖いと思っていたけれど、ある時、その影と目が合って、わたしは何だかとても懐かしい思いがした。
それは狸……それも半獣と呼ばれる狸の置物みたいな姿の子。
目が合うと、その狸はわたしにおいでおいでをしていた。
わたしも誘われるまま、こっそり部屋を抜け出しパジャマ姿のまま、月明りの下でその子と顔を合わせた。
「はじめまして。あっしはキンツバって申しやす。以後、お見知り置きを」
「え……あ……は、はじめまして。わたし、伊予って言います」
わたしより少しだけ背の大きな狸は、すぐに化け狸なのだと分かった。
それがわたしにとって純粋な化け狸との初めての出会いだった。
何だか昔の人みたいな喋り方をする子だったけど、わたしにとても良くしてくれて、わたしも今までに感じた事のない温かさをキンツバちゃんから感じていた。
——これが家族の温かさなのかもしれない……。
そんなふうに考えるようになっていた。
それからというもの、わたしの元には他の化け狸も少しずつ訪れるようになって行き、わたしも時々、園を抜け出しては彼らの元へ遊びに行くようになっていた。
これがわたしの居場所なのだろう。
人の世界に居場所が無くても、わたしには彼らが居てくれる……。
そんなわたしの境遇が一変したのは、それから二年ほどの後だった。
園長先生の知人で雲辺寺さんという年配の男性が現れてから……。
わたしは本当の家族を得た……。
それなのに……。
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