6.縁結びの廃寺
車中で、素甘さんが関八州八百八狸の広報担当をしているという事について具体的に話してくれた。
その内容というのは、関八州以外の土地に暮らす化け狸やあやかしの存在を認識している人間たちに、自分たちの存在をより深く理解してもらう為の広報活動なのだそうで、パンフレットを作成したり、或いは深夜に微弱な電波を用いてラジオ放送をしたりというものらしい。
あやかしの存在を認識している人間というものは、基本的にあやかし達と一定の距離を置くものだし、八雲があやかしの存在を認識できるようになる以前のミコトも悩んでいたように、「あやかしを見る事ができる」という事は口外したところで馬鹿にさせるだけである為、他人に話せる事ではない。
そんなわけで、あやかしの存在を認識できる人間には化け狸達も殆ど警戒しておらず、寧ろ理解してもらおうと取り組んでいるそうな。
そんな話を一方的に聞かされていたミコト達だが、内容など右の耳から左の耳であった。
話に興味が無かった訳じゃないが、素甘さんのあまりにも乱暴かつ無謀な運転に、ミコトも八雲も戦々恐々とし、話どころではなかったのである。
住宅地を外れ、山道を走り屋のような速度で爆走し、山林の中に隠れるように敷かれた石階段の前でようやく停車した。
恐らく、ここまで制限速度をしっかりと守って走っていれば倍近い時間がかかっていたかもしれない。
「し、死ぬかと思った……」
車を降りたミコトはすっかり憔悴し切った様子で、両膝に手をつき、フルマラソンを完走した直後のように肩で息をしていた。
「ふむ……予定より早く着きましたが、まあ、問題無いでしょう。ここより先は、この階段を上がって頂きます」
(問題大ありだ!)
文句の一つでも言ってやりたい気分であったが、死の恐怖から解放された脱力で即座に言葉が出て来なかった。
素甘さんは言うだけ言って、ぐったりしている二人には目もくれず、さっさと階段を上がって行ってしまう。
こんな場所で置いてけぼりを食うわけにも行かないので、ミコト達も死んだ魚のような目、半開きの口といった顔のまま後に続いた。
急斜面に作られた石階段ではあったが、さほど長くもなく、三分ほど歩くと
ミコト達の眼前に姿を現したのは古い苔生した寺である。
屋根は全体が苔で覆われ、直ぐ傍らに生えている木が軒の一部を貫いて、高く高く伸びている。
長らく修繕もしていないのか、壁板も所々で穴が開いており、鬱蒼とした木々に覆われている事でロクに陽も当たらない所為か、薄気味悪い化け物屋敷といった有り様だ。
「ここって……?」
「廃寺です」
ミコトの質問に対して即座に答えるのは良いが……。
「それは見れば分かる!」
何だか鉄平と話しているようだ。
殆ど朽ち果てているに等しい寺なのだ。こんな場所に住職も何も無いだろう。
しかし、ミコトは廃寺と聞いて何か引っかかるものがあった。
(何だろう? どっかで聞いたような……)
思い出そうと首を捻るが、どうも記憶が朧げだ。
しかしまあ、考えてみれば人里離れた山奥だ。ミコトだってこの土地の生まれとはいえ、こんな場所に寺があった事など今の今まで知りもしなかった。廃れてしまって当然と言えるかもしれない。
「詳しい話は中で……。伊予お嬢様たちがお待ちの筈です」
「え? こんな今にも崩れそうなお寺の中で?」
八雲が戸惑うのも無理はない。ミコトだって入るのに躊躇いがある。
何も危なっかしい廃屋で話をする事も無いだろうに……とは思うのだが、やはりそこはあやかしの感覚なのだろう。
廃屋だろうが崩れていようが、彼らにとっては普通に棲み家であり、会合場所であり、休憩場所という認識なのだ。そこは人間の尺度で推し量れるものではない。
あまり気乗りはしないが、素甘さんに誘われるまま、ミコトは建て付けの悪くなってしまった格子戸を力任せに半分まで開き、中へと上り込む。
そして絶句……。
「ようおいでなさった」
野太い声がすぐ目の前からした。が、その声の主の姿にミコトは口をパクパクさせる。
後から入って来た八雲も目を丸くして、その場に固まってしまった。
「んん? どうなされた」
「し……し、し……」
でっぷりと肥えた身体。身の丈は二メートル以上はあろうか。
胡座をかいているので分からないが、人間でもここまでの巨漢は居ないだろう。
そして何よりも……。
「「信楽焼!」」
ミコトと八雲は揃って声を張り上げた。
そう……。目の前に座っていた化け狸は編笠を被り、つぶらな瞳でこちらを見下ろし、その姿はまさしく巨大な信楽焼の置物そっくりなのだ。
「ミ、ミコト先輩……!」
その隣りにちょこんと座っている伊予が焦りの色を見せて、大狸とミコトを交互に見やる。
ミコトと八雲の発言が失礼だったと言いたいのだろう。
が、大狸は唾を飛ばして高らかに笑い、
「確かに言われてみれば、あの置物にそっくりかもしれませんのう!」
と、まあ……気を悪くするどころか、さも楽しげである。
「申し遅れましたな。わしは善哉と申しまして、伊予お嬢の補佐役を務めております」
大狸はそう名乗った。
なるほど、ミコト達がキンツバという化け狸に襲撃されたという話は、この大狸から伊予に伝わったそうだが、伊予の補佐役となれば、実質的なリーダーはこの善哉という事になる。関八州の化け狸に関する情報は全て善哉に集まるという事だろう。
「まずはどうでしょう? ご本尊にお参りなされては?」
「ご本尊?」
善哉の後ろにはミコトがひと抱え出来るほどの大きさの厨子が須弥壇の上に安置されている。
堂内にはそれ以外には何も無く、須弥壇も手入れが殆どされていない為に、やっとやっとと言った様子で厨子を支えていた。
「この寺は讃岐にある
これには、またしてもミコトが血相を変えて、
「ちち、ち、ち、違うから! あたしと八雲はそんなんじゃないからな!」
と、うわずった声で否定する。
やはりと言うか、何と言うか……こういう時のミコトは、毎度、ゼンマイ仕掛けのオモチャのような動きで両手をブンブンと振り上げているから、これが普段は『狂犬』などと恐れられている娘とは思えなくなる。
側から見ていると滑稽な事この上ない。
八雲も照れ臭い……というのもあるが、ミコトが力一杯全否定しているので、複雑な顔をしていた。
「だから言ったじゃありやせんか、善哉の旦那。うら若い人間の色恋沙汰に口を挟むと、人間なんてぇのは決まって火がついたように怒り出すって」
いつの間に現れたのか、ミコトよりも頭一つ分くらい小さい化け狸が戸口に立っていた。こいつも身体は小さいが、善哉同様に編笠を被り、藍染の半纏を羽織っている。
この声には聞き覚えがあった。
先日、八雲を人質に取り、ミコトを脅迫した化け狸だ。
つまり、このチビ狸が伊予の言っていたキンツバちゃんであろう。
「先日はどうも」
キンツバはニッと悪びれる様子も無く笑って見せた。
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