第2話 犬猿の仲
1.風紀委員の権力者
雲辺寺伊予に関して何者かを知らされた翌朝の事である。
昨日は夕方も茜色の空を拝む事が出来たこともあって、朝から快晴である。
しかし、そんな晴れ晴れとした青空にとは裏腹にミコトは家を出る前から妙に顔が強張っていた。
「今朝は随分とご機嫌斜めじゃな」
クズにはそう見えるらしい。
「別に機嫌が悪いわけじゃないんだ。今朝はその……嫌ぁ〜な事が待ち構えてるからさ……」
そう……単に憂鬱なのだ。
伊予の雲辺寺という苗字とも少なからず関係のある事……。
昨日、八雲経由で京華から言われた事で思い出した。
「朝っぱらから、そんな不景気ヅラしておるから生理なのかと思ったわい」
「アホか! 大体、あたしの体に取り憑いてるんだから、あたしの体の事くらい分かってるだろ……白々しい……」
冗談も時と場合を考えて欲しいものだ。
どうもクズは神に近い存在である為か、人間と感覚がズレている。
(そもそも生理痛で機嫌が悪くなるなんて、コイツ本当に知ってるのか?)
もしかするとクズはクズなりに気を遣ったのかもしれないが、現状、ミコトの憂慮している事はそういった冗談で切り抜けられるような話ではない。
「いったい何だと言うのじゃ?」
「う〜ん……多分、学校に着けば分かる」
もはや考えるのも嫌だった。
おまけにこういう日に限って、登校中に八雲や京華、瑞木といった親友たちと出会わないと来ている。
ミコトにしてみれば、こういう日こそ誰か仲の良い友が一緒に居て欲しかった。
学校の正門が近づくにつれ、ミコトの顔は一層険しくなった。
校門の前で二人の女子生徒が通り過ぎる学生達に目を光らせている。
彼女たちの左上腕には『風紀委員』の腕章が着いていた。
「あら? 筑波ミコトさん、ちょっと待ってくれる?」
そのうちの一人がミコトを呼び止める。
長い黒髪をまるで戦国武士の娘よろしく垂らし、背中の辺りで水引を用いて束ねている。背丈は京華よりやや高いくらいで、もともと同年代の女子の中でもひときわ小柄なミコトと比べると頭一つ分近くの差がある。
その風紀委員に声をかけられたミコトは立ち止まりはしたものの、一切目を合わせようとしない。
ただひと言、
「何か?」
まるで感情を込めず事務的に答えた。
「昨日、貴女は届け出もなく遅くまで学校に残っていたようだけど? 部活や委員会に所属していないのなら、居残りに届け出が必要だって事は貴女も知ってるんじゃなくて?」
目もとの涼やかな女で、ミコトと違って品があるが……その言葉はどこか刺々しい。
腕組みをしながら、ゆっくりとした歩調でミコトの周囲をぐるりと周る様子は、ミコトとは違った尊大さがある。
「昨日は体育の授業中に脳震盪起こして保健室に運ばれてた。それで十分な理由にはなるだろ?」
ミコトは飽くまで無感情。言い方もカンペでも見ているかのように棒読みだ。
「なるほど……理由は分かったわ。でも、それはそれ。これはこれ。事後報告でも良いから、その日のうちに届け出るのが鉄則よ。例外は認められない」
「はぁ?」
俄かに殺気立つミコトに、その風紀委員は氷のように冷たい視線を向ける。
その脇を通り過ぎて行く学生たちは暴力団の抗争にでも出くわしたかの様な顔でおずおずと、しかし足早に去っていった。
大半の学生が「またか……」という顔でもある。
「
——ピキッ……!
「へへぇ……?」
雲辺寺花蓮と呼ばれた風紀委員のこめかみに青筋が浮かぶ。口もとを歪めて微笑するも、目は凍てつくほどに冷ややかだ。
「普段から綱紀粛正などと宣っている貴女の言葉とは思えないわね……筑波ミコト。規則というものは守る為にある。それが秩序を維持するという事であって、そこに綻びが生まれれば有象無象が跋扈する無秩序な環境となるわ。平穏かつ健全な学校生活には厳格で犯し難い規律こそが重要なのよ?」
「はんっ! 分かってないな……雲辺寺花蓮」
ミコトも口振りは冷静だが、花蓮同様に青筋を浮かべている。
この女に対してはミコトも譲るつもりは無かった。
「確かに秩序を維持するには規則が大事だろう。けどな……おまえのやってる事は不必要に縛りを強めて雁字搦めにしてるだけだ。縛りを強め過ぎるとどうなるか……過去の歴史を振り返ってみれば分かるだろう。アメリカの禁酒法の様に全てを禁じてしまった結果、守ろうとする意識は薄れ、それどころかマフィアの金づるとなって犯罪が横行した例もある。人なんてものは縛られ過ぎれば守る者も減るものなんだ」
「何を言い出すかと思えば……ならば、さしずめ貴女はアル・カポネがお似合いかしら? 禁酒法の煽りを受けた悪酒の密造と居残りの届け出不提出を同等に考えないで欲しいわ。貴女、どこまで極端な頭してるのかしら? 的はずれも甚だしいわね。頭の中にある弓張り直した方が良いんじゃなくて? 筑波ミコト」
あとはただの睨み合い。
お互いに額と額がぶつかりそうな程に顔を接近させて、
「うぬぬぅ……」
「ぐぎぎ……」
などと猛犬が如く唸り声をあげている。
雲辺寺花蓮……ミコトと同学年でありながら風紀委員の委員長を務めているミコトにとって天敵とも言うべき存在であった。
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