パラノイド・ミステロイド ~JKは何かと忙しい
空っ手
01 In Limbo
獅子頭を思わせる
「階下での殺人に誰も全く気づかないとは……いやはや、昨晩は皆さん、随分と熟睡なされていたご様子ですな」
皮肉っぽくそう言い、応接間に集った一同の浮かない顔を無遠慮に眺め渡した。
黒っぽい木材のテーブルに身を落ち着けた関係者のうち、一番警部補の遠くに座っていた
レースのカーテン越しに幾つもの採光窓が設置された応接室はなかなかの広さで、手入れの行き届いた調度や床に朝の日光が乱反射している。事情聴取の現場にしては、やけに
肩を
向かって右手の席に、
その隣で戸口の方向を眩しそうに見やっている玖珠も、那珂ほどではないにせよ、全身の力が抜けてしまったように背
一方、脱色したストレートの長髪を胸元に垂らした
中央のテーブルには、玖珠が警察の許可を得て用意した人数分のインスタントコーヒーが置かれていた。が、江奈以外に口を付ける者はおらず、なんとなく後ろめたい思いに捉われた江奈も、やがてカップに手を伸ばさなくなった。
独特の香ばしい香りが、そんな寝間着姿のままの四人の周辺を甲斐甲斐しく漂い巡る。普段着に着替える精神的ゆとりもないのだろう。玖珠と茅夜が重苦しい溜め息を同時に放った。一人の人間が場に姿を見せなくなっただけで、これほどまでに空気の質は変わってしまうものなのか。
「皆さんのご両親への連絡がつきました。すぐにこちらに向かうそうです」
四人の許へ引き返してきた警部補が、事務的な口調でそう告げ、
「勿論、
と付け足した。
那珂が大袈裟に
「……紗乃ちゃん……どおして……」
何度もしゃくり上げる那珂の背を、玖珠が優しい手つきで撫で擦る。
リビングのほうで、何人かが小声で話し合っているのが聞き取れた。現場検証に当たっている捜査官たちの声だ。
そう……この忌まわしい事件は、今では臨時の取調室となっている応接間の、すぐ先の空間で起こったのだ。
愁嘆場を演じる二人を含め、席に着く四人全員を注意深く見回したのち、警部補は頃合を見計らって口を切った。
「死体発見までの経緯について、もう一度確認させて貰いますよ」
机に両肘を突いていた茅夜が、器用に手帳を繰る生籟警部補のごつい顔に非難がましい視線を向けたが、警部補は一向意に介さず、
「本日午前六時十五分頃、この永野邸に泊まっていた同じ高校のクラスメイト四名のうちの一人、
那珂の背後に手を掛けたまま、玖珠は反感を露に警部補を見上げたが、何かに疲れたように
「それから……君は慌てて二階に戻ってそれぞれ部屋で眠っていたこちらの三人を起こし、紗乃さんの異状を報せ、そして警察に通報した。その間、彼女の倒れていた現場には一切手を付けていないという話ですが」
「……はい」
「本当に? 彼女の死体……いや倒れている彼女を動かしたりはしなかったんですか」
テーブルを叩くドン、という強い音に、面を伏せた那珂がビクッと
「ええと……君は、
「当然よ」
きつく握った拳をテーブル表面から離すと、茅夜は再び腕を組んで
「紗乃を……紗乃を殺したのは、あたしたちじゃないわ。あたしたち、こうやってあのコの家に泊まりに来るくらい、お互い仲が好かったのよ。なのに、なんであたしたちだけ疑われなきゃなんないの」
吐き出すように茅夜は言ったが、警部補は僅かばかりの感興を催すこともなかった。岩のような顔面に一片の同情すら浮かべず、冷厳な口調になって、
「我々はこの邸宅の状況を入念に調査し、その結果を綜合的に解釈したに過ぎないんですよ。外部犯による犯行の可能性は極めて低い。ま、ゼロとは言いませんがね。とにかく、侵入者が邸内に踏み入った跡が何処にもないとなると、我々としても……」
「わたしたちを疑わざるを得ない、ということですか」
諦めたように玖珠が
カップから立ち昇るコーヒーの匂いに、吹き出物の浮き出た団子鼻をひくつかせながら、警部補は肩を
「形式的な質問だと思って下さい。ものの十分で終わりますよ。もしかしたら、署のほうで詳しく聞かせて貰うことになるかも知れませんが」
そう宣う警部補の
「と、その前に……被害者、もとい永野紗乃さんの死亡原因その他について判明した事実を、皆さんにも伝えておきましょう」
「そんな話聞きたくないわ」
「そうですか。なら聞かなくて結構。こちらで勝手に喋らせてもらいます。聞きたくない方は、まあ耳でも塞いでて下さい」
関係者らの良からぬ感情を鼻であしらい、警部補は煙たげに手帳に顔を寄せた。
「死因は左頚動脈切断による失血死。外傷はその一箇所のみ。凶器の出刃包丁は台所下の戸棚にあったもので、キッチンに出入りした者なら、誰でも簡単に持ち出すことが出来たでしょうな。死亡推定時刻は今から約四時間前の、深夜三時。格闘の形跡はないようですが、全く無抵抗だったわけでもない。彼女の死に顔を見た方がいるなら、その点納得して頂けると思いますが」
那珂の嗚咽が強くなった。
「大丈夫よ」
言いながら玖珠は、顔を覆い伏した那珂の背筋を
清潔そうな、それでいて暖かみのある乳白色の絨毯を血色に染め、横向きに倒れていた紗乃の姿は、江奈もはっきりとその眼中に収めた。そしてその光景は、今や瞼の裏側に完璧なまでに灼き付いてしまっている。
……紗乃……。
見えない糸を
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