アライさんは今も昔も変わらない。

imi

アライさんは今も昔も変わらない。

          ●

 私はフェネック。

 昼間の砂漠は暑いので、大抵、明るい内はこうして眠って過ごしている。

 昼間は寝る。涼しくなったら活動を始める。お腹が空いたらジャパリまんを食べる。そんな日が今日も訪れると思って、私は眠りについた――はずだった。

 しかし、いつも通りは容易く壊れてしまう。

 こんな風に、仰向けで寝ていた私の鼻の穴に突如なにかが突っ込まれた、なんてことからでも。

「ふごっ!?」

「――!?」

 私の鼻の音に驚いたのか、住処に這入ってきた襲撃者は即座に私の鼻から何かを引き抜いて距離をとった。

 寝起きの私の頭はこの行動をこう判断する。

 まぁた、セルリアンが這入ってきちゃったかぁ、と。

 たまにあるのだ。こうやって、住処にフレンズの敵、セルリアンが這入ってくるということは。

 もっとも、鼻になにかを突っ込まれたなんてことは初めてではあったけれど。

「…………」

 これまでの経験に基づいて、私は音を立てないようにゆっくりと立ち上がる。

 ……この狭い住処ならセルリアンとすれ違うことはないしぃ、ここに這入ってこれるセルリアンの大きさなんて高が知れてるからねぇ。

 小型のセルリアンなら弱点が守られているということは少ない。言ってしまえばそこまで強くはないのだ。

 だから、私は特になにも気にすることもなく、襲撃者がいるであろう場所、暗闇に向けて構えてから一撃を放つ。

「それぇ、えいぃ! ……あれぇ?」

 だが、その攻撃は空を切る。

 襲撃者には当たらなかったのだ。当然、手になにかが当たった感触もしない。

 ドスンッ!

 しかし代わりに、襲撃者が少し後ろに後退したのが音で分かった。

 ――今の音のおかげで居場所が分かったのでぇ、次で決めますよぉ。

 私は二撃目をすぐに放てるようにしながら、襲撃者が移動していないかを耳を澄まして確認する。

「…………?」

 何かの音、というか、これはぁ……声?

 たしかに襲撃者はなにかを言っている。

 新種のセルリアンかとも思ったが、とりあえず、なにを言っているのかを聴いてからでも遅くはないだろうと、私はさらに耳を澄ましてみる。すると、

「――さんは美味しくないのだ。食べないでほしいのだ。アライさんは美味しくないのだ」

 私よりも低い位置で、ずっと同じことを繰り返し言い続けている声が聴こえた。

 ……えっとぉ、もしかして、這入ってきたのはセルリアンじゃなくてフレンズ?

 フレンズなら警戒している意味は無い。ましてや、命乞いまでしているのだ。命乞いをするセルリアンなんているだろうか。――いや、いないだろう。

 私は二撃目を放つ準備をやめ、同じくらいの目線に屈みこむ。

 それから、その声の主に向けて話しかけてみた。

「私はフェネックのフレンズだからぁ、あなたぁ、アライさんのことは食べないよぅ」

 と。


          ●●


「勝手に住処に這入っちゃったり、変な所に指を入れちゃったりしてごめんなさいなのだ」

 地面に敷いた大き目の葉っぱの上に座ると、アライさんは開口一番、そう謝罪した。

 それに対し私は、あれって指だったんだぁ、と今更ながら鼻を擦って傷ができていないことを確認する。どうやら、傷はできてはいないようである。

「気にしてないからいいよぉ。這入っちゃったものしょうがないしさぁ。それでアライさん、どうしたのぉ?」

 外でなにかあったから這入ってきたんだよねぇ? と私が尋ねると、アライさんはここまでの経緯の話を始めた。

 その話を私は黙って聞く。

「――というわけなのだ!」

 経緯の説明に慣れていないのか、アライさんの説明には起きてからなにを食べたかなど余分な部分が所々に見受けられた。なので色々と割愛すると要は、セルリアンに追いかけられて身を隠すためにこの住処に這入った、ということらしい。

「それは大変だったねぇ、アライさん。そういうことならいいよぉ、ここにいてもぉ」

「ありがとうなのだ、フェネック!」

 暗闇だから分からないが、雰囲気から察するとアライさんはパアッとした笑顔なのだろう。そんな感じの声が聞こえた。

「そういえば、フェネック。ここは真っ暗だけど、大丈夫なのか?」

「というとぉ?」

「どこが寝床か、とかは分かるのか?」

「んーまぁ」

 あまり気にしたことはなかった。

 置いてあるものといえば、ジャパリまんと寝床くらいしかなかったからだ。それに、

「ここは自分で作った住処だからねぇ。どこに寝床があるぅとかはある程度は分かるかなぁ」

 私が言った事に対し、へえーと素直に驚きの声を出すアライさん。

「フェネックがこの住処を作ったのか。すごいな」

「アライさんは自分で作ったりしないのぉ?」

「アライさんは住処にできそうだなって場所を住処にするのだ。だから、フェネックはすごいと思うのだ! ……ううー、なんかさっきよりも段々暑くなってきた気がするのだ……。フェネックはよくこんな暑い所に住処を作ったな」

「私は砂漠に住んでいた動物のフレンズだからねぇ。暑さには強いし、熱い砂の上でも歩けるようにできているんだよぉ。ほらぁ、手の所にも毛があるでしょぉ」

 私は暗闇に手を差し出し、手を叩いて手の場所を教える。すると、その手をアライさんが恐る恐る触れてくる。

「ほ、本当なのだ! アライさんとは違うのだ! なんかすっごいモフモフなのだ!」

「フフッやめてよ、アライさーん、そんなに触られるとくすぐったいよぉ」

「ご、ごめんなのだ」

 強く言ったわけではないのだが、アライさんは律義に謝ってから手を離した。

「あー、そうだ。フェネックは喉は渇かないのか?」

「そりゃぁ乾くよぉ。うん? もしかしてアライさん、喉乾いたのぉ?」

 尋ねるとアライさんは小さく、うん、と言った。

「私はあんまり喉が渇かないからなぁ。ジャパリまんならあるけど食べるぅ?」

「喉が渇いているときにそれはないのだ、フェネック」

 私が言った冗談に、的確に突っ込みを入れてくれるアライさん。

 初対面のはずなのにこんなやりとりができるのが楽しくて私はフフッと微笑を漏らした。

「?」

「なんでもないよぉ、アライさん。それより水だよねぇ。そうだなぁ……。そろそろ、セルリアンもアライさんのことを諦めてるだろうしぃ、水飲み場が近くにあるからそこ行くぅ?」

 提案すると、アライさんはううぅっと悩むような小さく唸るような声を出した。

「まだいるかもと考えると怖い……けど、喉の渇きには勝てない、のだ。フェネック、そこに行こう! 水飲み場に行くのだ!」

 アライさんは暗闇の中、立ち上がる。

 それから、早く行くのだ! 早く行くのだ! と、這入ってきた道をアライさんは歩いていく。

 ……よっぽど喉が渇いていたんだねぇ、アライさん。

「はいはぁーい、今行きますよぉー」

 私も立ち上がり、アライさんの後ろをついて行くように歩き出す。

 住処の出口に向かって歩いていくと、段々と太陽の光が見えてくる。

「うぅー……」

 普段はこんなに明るい内に外に出ないから太陽の光の下に出るとすごく外が眩しく感じる。

「……!」

 太陽の光に目が慣れてきたおかげで段々と砂が、それについた足跡が見えてくる。

 その足跡の先を追って見ると、そこには薄紫の見た目にフワフワの首周り、灰色の髪をしたフレンズがこちらに手を振っていた。

 そんな彼女に、私は嘆息してから声を掛ける。

「アラーイさーん、そっちは砂しかないよぉー」

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