てるまえちほー
奈浪 うるか
てるまえちほー
あれだけこもったのにいまだに知らない部屋が見つかるとは、やはり遺跡は広大だ。
音をたてるとこだまが返る不思議な部屋は、半分くらいが一段深くなっていて、そこにはたくさんの水が溜まっていた。ツチノコはちゃぷりと足を踏み入れる。膝の上までつかった。水の底はつるっとした固い板が敷き詰められている。水が漏れないようにかな。
「水飲み場ではなさそうだ。これはいったい……」
奥の壁にはライオンてきなけものが口を開けたかなり大きな置物がある。ツチノコはそれをそろりと触ってみた。とたん、
どざあああああああああ!
突然、ライオンの口から大雨かと思うような水が吹き出した。
「うわゎゎゎゎゎゎゎ! なんだー」
ツチノコは仰向けにひっくり返り、あろうことかひざ上までしかないはずの水にゴボゴボと沈んでいった。必死で浮かび上がろうとしたが、流れは岩山の滝のように激しく、ツチノコは水たまりの底からさらに深く沈み込み、どこかへと流されてしまった。
〓〓〓
「温泉でヘビが死んでる」
「キタキツネ、あなたちゃんと見た? またヒモとかツタとかじゃないの? あら…」
「ヴアアアアアアアアアアアアアア!」
気がつくと目の前にキツネがいた。二匹。ツチノコは首まで湯の中に座り込んだままで器用に後ずさった。
「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙! なんだお前ら!」
「わたしはギンギツネ、こっちの子はキタキツネ」
「ここは温泉。おまえこそなに?」
温泉? あー、知ってるぞ。火山活動などでだな、天然に暖められたお湯を使った風呂だ。キツネが言うにはここはゆきやまちほーの温泉らしい。さっきの水たまりと違ってあたたかい。でも、どうして遺跡の底がゆきやまちほーとつながっているんだろう?
「ヘビは温泉知らないのか?」
「シャアアアア! 知ってるわあ! 温泉と言えばだな、ユカタを着て、お盆で酒を浮かべて、スマートボールとタッキュウをするところだ!」
「……そんな温泉知らない」
「お前の頭は飾りか! 温泉はだな、こういった行事をこなした後にフルーツ牛乳を飲むのが決まりなのだ! こうやってな、腰に手をあててだな」
と言ってみたけどツチノコも飲んだことはない。
「ヘビの腰、どこ?」
「こーこだよ! ここ! ちゃんとくびれてるだろ!」
「でもわたしもフルーツ牛乳は知らないわ」
「フルーツ牛乳なくして温泉を語るなー」
しつこいようだが飲んだことはない。
「フルーツ牛乳はミルクとフルーツがあればつくれる至高の温泉飲料だ。無いなら作れ! でないと温泉とはみとめん!」
勢いで温泉について知ってることを並べ立てたツチノコだったが、あれこれ言ってるうちに温泉に来たからには以前どこかで聞いたフルーツ牛乳が飲みたい気分になってきた。
「それって作れるの?」
「材料があればだな、簡単だっ! ……フルーツはあるのか?」
「ちょうど都合よくあるわ」
カゴに山盛りのオレンジがあった。
「おおー、いっぱいあるではないか」
「あれはにがいからやだー」
「そういう場合はだな、熱してやると苦味がぬける……ん?」
皮のままのオレンジに可愛らしい牙のあとがついていて、ごっそりと皮だけがはがれていた。
「こっちのはとげとげしてて口が痛いわ」
パイナップルにも野性的な歯型がついている。
「か・わ・
ツチノコはぜえぜえと肩で息をしながらフルーツをチェックした。
「オレンジにパイナップルに桃まであるじゃないか。あとはミルクがあれば切って混ぜて冷やすだけだ」
「ミルクってなんだ?」
「ミルクとはだな、乳だな。けものの」
「じゃあ出して」
「なんでオレがだすんだよ!」
「小さくて無理かー」
「ちげーよ! 爬虫類だよ! ヘビだからだよ! おまえら哺乳類だろ! おまえらなんとかしろよ! ヴォレェェェェェー」
「ちょうど都合のよくうしのフレンズが近くにいるのでたのんでくるわ」
ギンギツネはすぐ戻ると言って、水差しを持って出ていった。
「おまえは皮を剥くのを手伝え」
「えー、めんどくさいー」
「めんどくさがるな。こうして丁寧に皮を剥いてだな、小さく切ったらしぼって混ぜるのだ」
「こっちのもいれていいー?」
「いろいろいれたほうがうまいぞ。味のハーモニーと言ってな……こらー! ジャパリまんを入れるな!」
キタキツネの妨害にもかかわらず果汁が壺になみなみと、甘い匂いを漂わせてきた。ギンギツネが手に入れたミルクと混ぜると、絶対においしい色になった。
「あとは冷やすのだがな、心配しなくていいぞ。ここは雪山だからな、雪に埋めとけばすーぐに冷えるんだ」
「冷蔵庫ある」
「先に言えよ!キッキッシャー」
〓〓〓
「よし。これであとは冷えるのを待つだけだな。では、温泉にはいるぞ」
「えー、早く飲みたいー」
「フルーツ牛乳は湯上がりに飲むことに決まっているのだ! 湯上がりに飲むためにまず温泉に入るのだ!」
初温泉のくせにやたらこだわるツチノコ。
「おい、なにをしている」
ふと見ると、ギンギツネは毛皮、というか服を脱ぎ始めていた。
「温泉にはいるときは服を脱ぐのよ」
キタキツネはすでに裸で湯船に飛び込もうとしている。
「カバン式だよー」
どぼん。
ツチノコは自分のフードを引っ張った。
「これ、とれるのか!」
皮にしては一体感がないなとは思っていたが脱げるとは知らなかった。脱いでみると体も顔と同じ色でツルッとしている。ツチノコはなぜかわからないけと真っ赤になって、そろそろと湯船につかり顔の下半分までお湯に浸けた。
だいたいがまともに顔をあわせてしゃべるのは得意ではないのだが、この、服を脱ぐとますます落ち着かない。追い打ちをかけるようにキタキツネがまじまじとツチノコを見ている。
「シャアアアー! 何を見ているー」
半身をよじって岩陰に隠れるようにしながらいっそう湯船に身を沈めた瞬間、湯船の底の硬い感触がぐにゃっと沈み込み、ツチノコの体は水中に落ち込んだ。
「まーた流されるのかよ! いいかげんにしぼがばごぼぐぼ……」
キツネたちがあわててツチノコに手を伸ばしたが、すでに水面は静かに凪ぎ、わずかな波紋がゆっくりと広がっていくだけだった。
〓〓〓
はっ
気がつくとキツネたちの姿はなく、遺跡の水たまりの部屋にいた。水が冷たい。
ここはやっぱり遺跡の温泉だ。かつて遺跡の住人達は温泉に入ってたのだ。見回すと暗い部屋の壁や天井にはいろんな色の模様が描かれている。
きっとユカタやスマートボールやタッキュウもあったに違いない。どんなものかは知らないけど。そして酒を浮かべて、フルーツ牛乳を……あ
フルーツ牛乳飲みそこねたー!
っていうか……
服ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!
「ア゚ア゚ア゚ア゚ア゚ア゚ア゚ア゚ア゚ア゚ア゚ア゚ア゚ア゚ア゚ア゚ア゚ア゚ア゚ア゚ア゚ア゚ア゚!!!!!!!!!」
二匹のキツネがツチノコの服を届けに来るのはまた別のお話。
てるまえちほー 奈浪 うるか @nanamiuruka
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