本当に必要なのは

空日記

お宝

温泉を堪能し、ゆきやまちほーを後にした二人は、帽子ドロボーの行方を追って、次はロッジへと向かっていた。



「あぁー!」

ゆきやまちほーを抜けた所で、アライさんが突然大声を上げた。

「どうしたのさー? アライさーん」

「あそこに、何か落ちてるのだ!」

そう言うや否や、アライさんは茂みに向け一目散に走り出した。

「――アラーイさーん。急ぐと危ないよー」

「ふははー! あれはお宝に違いないのだ!アライさんが手に入れ――うわぁ!?」

フェネックが注意したにも関わらず走り続けた結果、茂みに辿り着く直前で、小石に足をとられて転んでしまった。

「だから言ったじゃないかー。アラーイさーん、気を付けてよー」

「うぅ、痛いのだ……あっ! お宝は!?」

転んでしまい一瞬だけ意気消沈としていたが、すぐに立ち上がって茂みへと駆け寄った。そんなアライさんの行動力に少し驚きながらもフェネックも後に続く。



「――獲ったのだ!」

「おぉー! すごいよー。アライさーん」

「ふははー! ……それでフェネック、これは……何なのだ?」

茂みに落ちていたのは長方形の形をした灰色の箱だった。箱の表面には四角い画面と十字のボタン、それと丸いボタンが二つ付いていた。

「何だろうねー? 食べ物ではないし……うーん」

箱を下に置いて、じっくり眺めながら考えるが、何も思いつかない。

「ぐぬぬ……だあぁ! アライさんにお任せなのだ!」

考えてる途中で、アライさんが痺れを切らしてしまい、箱を手に取って触り始めてしまう。

「アライさーん。乱暴にしちゃダメだよー?」

「任せるのだ! ……ここを押したら――うわぁ!?」

側面に付いていたボタンに触れた瞬間、箱から聞いたこともない音と共に画面から眩い光を放ち始めた。画面には様々な形をしたブロックが積み重ねられ、消えてゆく光景が映っていた。

「おぉー、これはゲームだよー。アライさーん」

「ゲーム? ゲームって、さっきキタキツネが遊んでたやつのことか?」

「そうだよー。キタキツネさんが遊んでいたものとは違う種類みたいだけどねー」

先ほどの温泉で、キタキツネがゲームで遊んでいる姿を二人とも見ていたので、ゲームには興味が湧いていた。

「よーし! アライさんも遊ぶのだー!」

箱の正体がゲームだと分かり、アライさんは目をキラキラと輝かせていた。

しかし。

「あれ、あれれ……なのだ」

威勢よく始めたものの、アライさんが積み上げていったブロックは全く消えることなく、あっという間に天井まで積み重なってしまい、画面には虚しく『GAME OVER』と表示され終わってしまった。

「ぐぬぬ……! もう一回なのだ!」

それから何度も挑戦したものの、ブロックはすぐに天井に届いてしまい、長続きすることなくゲームは終わってしまう。

「ぐぬぬ……ぐぬぬぬ……!」

何度繰り返してもすぐに終わってしまい、悔しさからアライさんの目には涙が浮かんでいた。

「アライさーん。私にも少しやらせてよー」

ゲームを受け取り、今度はフェネックが挑戦する。

「…………なるほどねー」

降ってくる様々な形のブロックを見極め、ボタンで向きを変えて隙間に埋めていく。

すると。

「あっ! ブロックが消えたのだ!」

積まれたブロックの一部が消え、重なっていたブロックが天井から少し遠ざかった。

「これは色々なブロックの向きを揃えて、少しずつ消していくゲームみたいだねー」

「凄いのだフェネック! もう一回アライさんもやるのだ!」

ゲームを受け取り、フェネックに教えてもらいながら再び挑戦した。

すると今度は。

「……やったのだ! アライさんも出来たのだ! フェネックありがとうなのだ!」

ブロックを消せた事に喜びを隠せず、興奮気味に尻尾をブンブンと振った。

「楽しいのだ! もっとやるのだ!」

「ほどほどにねー」

最初はぎこちなかったが、回数を重ねていく内にコツを掴んだらしく、ゲームが長続きするようになっていた。



しばらくして。

「……アラーイさーん。そろそろ出発しようよー」

「ま、待つのだ! もう少し、もう少しだけなのだ!」

「それさっきも聞いたよー」

空高く昇っていた太陽がもう西の空へ傾いており、辺りは薄暗くなっている。

「アライさーん。ドロボーに逃げられちゃうよー?」

「まだ大丈夫なのだ!」

そう言ったアライさんの視線は、まだゲームに向いたままである。

「……もう。アライさーん。先に行っちゃうからねー」

フェネックにそう言われてもアライさんの視線が動くことはなかった。



「――お待たせなのだ! フェネ……ク?」

あれからしばらく経ち、ようやくひと段落し辺りを見渡したが、そこにフェネックの姿はなかった。

「ど、どこにいるのだフェネック!?」

日は既に落ちており、辺りは真っ暗になっていた。


「フェネックー!!」


大声で名前を呼ぶが返事は返ってこない。


ガサガサ……ギャーギャー!


「――っ!?」

周りには高い木々が生い茂っており、不安と恐怖がアライさんを襲う。

「うぅ……怖いのだ……返事をして欲しいのだフェネック……!」

怯えながらも夜道を進む。進んだ先にフェネックが待っていると信じて。

「……フェネック! フェネックー! ――っ!! …………痛いのだ」

暗闇の中で足元をよく見ずに歩いていた為、木の根に足を躓かせてしまった。普段なら相棒が駆け寄ってくれるが、今は周りに誰もおらず、転んだアライさんが一人いるだけだった。

「うぅ、フェネック……!」

耐えられない程の不安と恐怖、そこに痛みや孤独感も加わってもう限界だった。

「ぐすっ……! ごめん……ごめんなさいなのだ。もう、ほったらかしになんてしないのだ。だから、だから帰ってきてほしいのだ……フェネック!」

暗闇の中、ボロボロと涙を流しながら大声で叫んだ。


「――やっと言ってくれたねー。アライさーん」


「っ!?」

背後から探し求めていた声が聞こえ、おそるおそる後ろを振り返り――


「ごめんなさいなのだ! ――フェネック!」


一目散に飛びついた。

「アライさーん。ちゃんと反省したー?」

「……反省したのだ。もうしないのだ」

やっと見つけた相棒のぬくもりを感じると、今まで纏わりついていた不安や恐怖などは霧のように散り去った。

「いくらゲームが楽しいからって、他の子を放っておくのはダメだよー」

未だに震えているアライさんを優しく抱きしめ、頭をゆっくり撫でた。

「ぐすっ……本当に悪かったのだ……」

「もうやっちゃダメだからねー。約束だよー」

「約束するのだ!」

仲直りした二人は笑顔で約束の握手を交わした。



「そういえばフェネック、今までどこに居たのだ?」

「んー? ずっとアライさんの傍にいたよー」

「えぇー!?」

「まあー、木の後ろとかに隠れてたからねー」

「フェネックはイジワルなのだ!」

「まあまあ。それよりアライさーん。ゲームはどうしたの?」

「あれは……もう要らないのだ!」

「……え?」

「ゲームよりも、大好きなフェネックと一緒にいた方がすごく楽しいのだ! だから、アライさんにはもう必要ないのだ!」

「――っ!!」

「あれ、どうして顔が赤いのだフェネック?」

「な、何でもないよ!」

「そうなのか? それじゃあ、帽子ドロボーを捕まえに出発なのだ! 行くぞフェネック!」

二人は仲良く手を繋ぎながら歩き出した。暗い夜道だが、不思議と不安などは感じなかった。 そう、今度は大好きな人がちゃんと隣にいるから。



「……やっぱり、アライさんにはかなわないなー」


誰にも聞こえないくらいの小さな呟きが、森の奥へ静かに消えていった。

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本当に必要なのは 空日記 @air_diary

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