【黒ヤギさんは歪んでる 回送列車】

恋和主 メリー

<回送1>

 久々だった。カレの香り。昔と変わらない煙草の香り。

「煙草、変えてないんだ」と嫌みのように言った私に対してカレは「やっぱり自分でも好きだし、お前が好きだって言ってから」とはにかんだ。

 私の家はもちろん禁煙だ。煙草の匂いが家に付くと怒られる。でも、許したのは少しでもカレがここに居た証拠が欲しかったから。

 短時間のはずなのに、体に、服に、髪にカレの香りが、煙草の香りが染みつく。

 本当ならお風呂になんて入りたくなかった。でも、人である以上義務ともいえるような行動。頭に水を掛けるとポタポタと落ちる水滴と共にカレの香りが剥がされていく気がした。

 足元にポタリ、ポタリと落ちていく水が本当に疎ましく愛おしかった。その一滴一滴が光に煌めき、宝石の様で、でも手で受け止めても何の形にもならず消えていく。香りと水は本当に似ている。長い時間頭を見ずにさらしていると自分に残されたカレの香りが消えていくのが手に取ってわかったでも人間の皮を被らなければいけない限りやらざるおえない。 嫌いな人間と接触したときは、この行為が本当に幸せだと感じる。でも、好きな香り、大切な香りのときはとても疎ましくて、疎ましい。

 自分の頬を伝い落ちるのがカレの香りなのか、それとも自分の涙なのか、はたまたその双方なのか私にはわからない。ただ、やはりこの状況になる度に考えてしまう。カレと同じ煙草を吸えば幸せになるのかと……けれど、カレは幾度も当時から私に煙草を吸うことを禁じる。だからその一線を越えられずにいる。

 脱色の為のブリーチを片手に私の顔からはポタポタと香りが落ちる。本当に残酷だ。

 もう少しで良いから、いや、本当はずっとカレの香りに包まれていたい――そんな些細な願いも私には許されないのだ。

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