閑話:とあるナースの診療記録


夕方。

色々なお客さんを相手してフラフラな俺。

そしてそんな自分に、最近よく構ってくれる人が居る。


「ね、俺寝てる時音無と刑事さん以外誰か来た?」


「えっと……そうですね、貴方の妹様と神楽様、あとは先生が来られてました」

「へ、へぇ」

「嬉しそうですね。女の方ばっかりですね」

「……」


ジト目のナースさんを見ると、俺が悪いみたいになってて嫌だ。


「あーそういや名前なんて言うんですか?」

「っ! まさか私も口説くつもりで……」

「いやいやずっとナースさんって呼ぶのもアレでしょ、あと『も』って何?」

「……『笑美里えみり』です。えみちゃんって呼んでください」

「質問スルーかよ! というかいきなり下の名前教えるのかよ……」

「うるさいですね」


突っ込み所が多い、一応患者に何てカロリーを消費させるんだよこの人。


「でも、どうして俺にそんな構うんだ?」

「あら? 自意識過剰じゃないですか」

「……恥ずかしい男みたいに言うな! 統計見せてやろうか?」

「理詰めの男性は嫌われますよ」

「ええ……」


このナースさんだけ、他の人に比べてずっと話し掛けてくる。

そしてその要因は恐らく――


「えー、えみりさんは異能持ち?」

「!? 知ってたのですか」

「勘」

「あら」

「だから俺にここまで構うのかと」


少し面食らった様な顔をするえみりさん。

ちょっと心地が良い。


「……同じ異能持ちとして、羨ましかったのかもしれませんね」

「俺が?」

「私も過去に魔法学園の入学を切望していた時期がありました、結局諦めましたが」

「……そっか」

「異能のせいで魔力量は少ないし、回復魔法も下級のものしか扱えませんので。周りにはよく嫉妬しました」

「じゃあ、何で今の仕事を?」

「憧れた魔法使い様がここならよく現れ、看病も出来る――少しでもこの魔法世界の一員になりたかったんですよ」


彼女は話す。

これまでの毒舌が嘘のような、正直な言葉だった。

……何か似てるな、俺とこの人は。

そして自分は幸運だった。実際魔法学園への入学なんて、今の情勢や運、母親の力が無きゃ無理だったろうし。


「ここまで話するなんて思わなかったよ」

「ふふ、同じ異能持ちなんて中々現れませんからね。それに……」

「それに?」


「……気になってたんです。貴方に会う人物は全て魔力が溢れていて、強者の感覚があった」

「分かるもんなんだな」

「ええ。これまで何度も魔法使い様の患者を見てきましたから」

「へぇ」

「後はその、刑事さんの反応とか」


「もちろん聞く気はありませんでしたよ」と付け加え、彼女は俺に淡々と話した。


「以上です。乙女の告白を受けてどうですか」

「……。ああそうだ、えみりさんの異能は?」

「まだ満足せず私の秘密を探ろうと……」

「いやいや違う違う! 気になっただけだって!」


この人は気を抜いたら駄目だな。


「良いですよ貴方になら。久しぶりにやりましょうか……ほら、こっち向いて下さい」

「え? ああ……」


そのまま、彼女の両手が俺の頬へ。

そして目を合わせ――数秒経つ。これが発動条件なのだろう。


「はーい、リラックスリラックス」

「……」

「はい、『笑って』」


瞬間。


《――「ねぇ優生くん! 一緒に帰ろ~!」――》

《――「碧、明日遊びに行こうぜ」――》

《――「私の魔法特訓、付き合ってよ優生!」――》


頭の中で湧き上がる、相野市、転校前の風景。

ああ、楽しかったなあの時は……


あれ? なんで俺今こんな事を?



「まさか」

「良い笑顔でしたね。これが私の異能ですよ」

「ま、マジか」

「……どうです? 何の戦闘能力も無い、ただ人を笑わせるだけですよ。泣きじゃくっている子供に困る母親を助けられるぐらいですかね」


少しだけ悲しそうに話す彼女。

そりゃ、戦闘方面じゃ駄目だろうけど。


「凄いなこれ」

「!」

「自分ならこんな事出来ないし、魔法でもきっと難しい。初めてだよこんなのは」

「もう…これ以上私を口説くのは――」

「――口説きじゃねえよ! 本当に良いモノだと思う……きっとコレを持つことで、沢山の人を助ける事になる」


はぐらかす彼女には、せめてこれだけは伝えたかった。

俺の異能なんか比べ物にならない程に人の為になるはずだ。

いつか必ず、それの価値は認められると確信した。


「……」

「あ。ごめんなさい熱くなった」

「……いいえ」

「怒った?」

「まさか。逆ですよ」

「逆?」

「……それでは」


そのまま、彼女は出て行ってしまう。

俺の顔は凝視した癖に、帰る時は全く顔を見せなかった。


……ま、怒ってないなら良いか!










思えば不思議な患者だった。

魔法によって傷だらけになった身体で、一人の少女をこの病院まで運んで……力尽きる様に倒れた。


《――「お兄ちゃん……」――》


《――「ったく。アタシ以外のヤツにやられんじゃねぇよ……」――》


《――「優生、本当に君はトラブルメーカーだな……」――》

《――「松下先生、すぐに帰りますよ~」――》


そして彼の様子を見に来た人は、明らかに魔力量が多く――何よりオーラがあった。特に妹様とやんちゃっぽい女の子。

最後には魔法警察の刑事まで。


「異能持ちなのに、魔法学園の生徒……」


私は異能持ちで、魔力量も魔法適正も低かった。だから入学出来なかった。


正直、ちょっと嫉妬していたのかもしれない。星丘は近年、魔法学園の名を持ちながらも異能持ちの生徒を取り入れている。

彼もきっとその恩恵に預かって入学出来たのだろう。


当然訪れる人達を見たら分かった、彼自身に実力があることは。それでも――黒い感情は私に降ってくる。

それに、あの奏ちゃんっていう可愛い女の子も居るのに! 彼は一体何人女性を呼び寄せるんですか!


……そういう訳で、私が碧優生に抱いた感想は良いものでは無かったのだ。



……はず、だったのに。

どうして今――私は、寝ている彼の両頬を両手で包み込んでいるのか?


「……ごめん、母さん……ごめん……」

「……俺は、もう、生きてく意味が……」

「だから……死なせ――」


「わ……『笑って』!」


「……」


……正直、異能を使うとドッと疲れるから嫌いだった。具体的に言うと三時間ぐらい一気に働いた感じですかね。


でも見回り中、彼の苦しそうな寝言を聞いてしまって我慢出来なかったんです。

起きている時の脳天気な彼とは違った、その苦しそうな顔に。

その――胸が締め付けられる様な表情に。


「……」

「あ……もう……仕方ないですね……」


そして彼のこの笑顔。そして私が頬に置いている手を彼は離さないよう両手で掴むんです。その、母性を刺激されるというか。


ただそれだけじゃこんなに彼の事を気に掛けません。


《――「口説きじゃねえよ!」――》


《――「きっとコレを持つことで、沢山の人を助ける事になる」――》


あんな事言われたら、ね。

本当に嬉しかった。

そして彼をこうして助けられる事に、今喜びを感じていて。

というか彼と話すのが楽しみになっていて。

休日にまでココに来ている始末。


……もしかしたら。

もう、私は彼に――


「……」

「あっ奏ちゃん!」


カーテンからこっそりと覗く彼女に気付き、慌てて手を離す。時間は八時前。彼らは学校の準備をする時間ですね。


「……あ、碧くん元気ですか?」

「ええ。この通り」


静かに笑う彼女。可愛いですね。

その風貌とは反対に、魔力量はこれまでの来客の中でも恐らく一番ですが。


「……あの、奏ちゃん」

「?」

「この方、凄まじい『女たらし』かもしれませんのでご注意を」

「……!」


カーテンの向こうで動揺しているのが分かります。


でもこれ。

一体誰に向けての注意なんだか。



「――っ!! って夢かよ……」



そして目覚める彼。もう時間も無いっていうのに。




「どうぞ、気を付けて帰ってくるんですよ」


「はーい」


やがて彼は行ってしまう。

寂しい。

というかいつか退院はしてしまうんですよね。

……はぁ。

私も、学生に戻りたくなってしまいます。

なんて。もうすぐアラサーなのに何を思っているんだか。


「さ――今日も頑張りましょうか」

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