きっと私が目を閉じたとき世界は色を失い、私が目を開けたときに世界は輝きだす。

星永静流@ホシ

第1話 きっと私が目を閉じたとき世界は色を失い、私が目を開けたときに世界は輝きだす。

 きっと私が目を閉じたとき世界は色を失い、私が目を開けたときに世界は輝きだす。

the134340th


目を閉じる度、そこの世界は色を無くして、目を開く度、世界は輝きを取り戻した。

「全部夢だよ」って、紫色の空がまた答える。

 私は目をつぶる。

そこには好きだった小説のカバーも見えなければ、私の好きな人だって映りはしない。

今まであの童話みたいに、パンの耳を少しずつちぎって、歩いてきたわけじゃない。

だからどうやってここまで生きてきたかも、今では夢の中みたいに曖昧で、自分のことが理解できない。

目を開けるとそこには大勢の人間が何かを焦るように早歩きをしながら駅の改札を通っていく。

私はまた目を閉じる。

まるで眠っているお姫様が、王子様のキスで目覚めるのを待つように。


明日の難しいことを考えて回れ右をした。みんなはいろいろ忙しいみたいだけれど、バイトも部活も、宿題も、今の私にはそんな熱、高校受験で全て燃え尽きてしまって、灰色の塵すら残っていない。

 それはきっと君のせい。

きっと私が君と同じ高校に行くことになったのなら、私は犬の尻尾のようにぶんぶん振りかぶるだろう。でも結局その尻尾を振ることは叶わなかった。

明日食べたいお弁当のお昼ご飯を女子力を上げるために何を作ろうか迷っているところにそのニュースは飛び込んできた。

私の学校には五月に文化祭がある。特殊かどうかはわからない。でも早い方だと思う。

一般的には十月とか、たぶんそれぐらい。

先生の話によるとクラスの仲を高めるためらしいけど。

そういう気づかいは、ありがたいようで、鬱陶しいようで。

きっと友達が出来る人ならクラスの新田みたいに仲のいい子を見つけて、すでにカラオケにでも行くだろう。

きっと友達が出来にくい子には田島みたいに一人で準備するから、余計にこんな行事は面倒くさがるだろう。

私は別に友達が出来にくい方ってわけではないと思うし、友達が出来やすいって方でもないと思う。

少しずつ自然とできた友達を大切にしているだけだ。

下校まじかの教室でホームルームが開かれる。

廊下側の席で私は窓の外を見た。でも隣の男の子を見つめてるみたいで、恥ずかしくなって、私は一瞬で視線を黒板に戻す。

文化祭で私たちのクラスは劇をすることになったようだ。それも白雪姫という声が上がっている。

売店と違って文化祭が終わるまで働く必要がないからみたい。

私は別になんでもいいけど。きっと私には決定権がないし。

でも昔みたいにお姫様をやりたいなんて、そんな出しゃばったような真似はもうしない。

そう、私にもお姫様を演じたいな、なんて過去があったのだ。

それはもうだいぶ昔の、私が幼稚園生だったころの話。

私がお姫様をやると言ってるのに彼は木の役を演じるというのだ。他の男の子が王子様をやるなんて絶対嫌だし、それでは私がお姫様役をする必要なんてまったくない。

私はお姫様役を演じたわけだけれど、結局彼は木の役を演じきってしまった。私はそれがショックで三日間食べることも寝ることもままならなかった事を今でも覚えている。

きっと君は昨日のご飯のように思い出せるかもしれないし、思い出せるのかもわからないけれど、味みたいにその日の感情を丸々覚えているはずがない。それは私も一緒だった。

そんなこともあったなあなんて、今さら思い出して、少しだけ顔をくしゃっとして笑う。

お姫様かぁ、いいなぁ。


それは都合のいい話だった。中学頃お世話になった先生が離任するというのだ。

その話で私は彼にメールをする言い訳ができた。

「明日川本先生が離任式するんだって。一緒に送らない?」

 なんてメールをして返信を待つ。

お風呂に入ってドライヤーで髪の毛を乾かせて、明日の夕飯はなんだろうなんてどうでもいい数え事をひとつして、灯り一つ付いてない部屋のベットに潜り込み、携帯の光で薄っすら顔が青白くなる。

眠ろうとしていた時、携帯が震えるのを見た私は、彼から返信がきたのだと気が付いた。

事はOKらしい。

「明日学校が終わったら駅前ね」

と送っておいた。それから彼からの返信は来ない。

もっとメールがしたいという欲求を堪え、明日に備えて眠りについた。

それはケーキが食べたいけれど、太ってしまう、なんていう欲求に似ている気がしたけど、そんなことは夢の中で忘れてしまった。


最後のホームルームが終わってチャイムが鳴る。私は教科書をロッカーに放り込んで教室を出た。

電車の中の窓に自分の姿を映しながら、私は髪の毛に櫛で梳かした。リボンもきっちりつけて、スカートを少し短くして。

駅で彼をしばらく待っていると、五分程度遅れて彼は来た。たわいのない挨拶から始め、私たちは久しぶりに言葉を交わす。

私たちは駅からそこまで遠くない中学校まで歩いて向かう。

彼はまた少し大きくなった。歩く歩幅が不揃いになって、少しだけ速足にならないと追いつかない。

中学校について職員室の扉をコンコンと叩く。

本当はアポも取ってないから、今いるのかどうかも、私はわからなかったけれど、無事先生はいたようだ。

先生、次はどこの学校で先生をやるんですか? また英語の授業聞きたいです。次の学校でも頑張ってくださいね。

なんてありふれたお世辞を言って、私は一つの賭けに出た。

「先生、三年生の頃の教室に行ってみてもいいですか?」

 思い出に浸るためじゃない。

 先生の「あぁ、いいよ」と言う言葉を聞いて、私は彼の手を引きながら

「一緒にいこ」と言って強引に連れ出した。

 これで私は彼と二人っきりになる。


卒業した教室は閑静で真っ暗で、不揃いな机と学級目標が書かれた黒板がある。

彼が電気をつけて、一気にまぶしくなる。

「懐かしいね」

 アナログの時計がカチっと進む音がした。

私は切り出す。

「ねえ、私の学校の文化祭来てよ。五月にあるの」

 彼は黙ったまま肯いた。OKということなのだろうか。ベランダ側にいくと、少しだけ体育館から光が漏れて部活をやっているのか、男子の声が聞こえた。

私は言葉を続ける。

「一人で来てね。誰か連れてきちゃだめだよ」

 彼は少し困った顔をして、少しの間を置いてまた肯いた。

彼の近くまで行って、手を握る。

「絶対だよ」

 彼は私から目をそらす。でも肯く。

「ねえ」

 最後に。

「キスして」

 恋ってなんだろう。愛ってなんだろう。

それは一過性の感情かもしれないし、それは死んだ後にも続く思いかもしれない。

一緒にいないから思う感情かもしれないし、一緒に居たら嫌になる感情かもしれない。

君は白馬にまたがって迎えには来てくれないし、きっと私もかぼちゃの馬車で君に会いにいけない。

でも約束するよ。

君の嫌なところが十個あっても、君のいいところ百個数えるから。

彼は少し戸惑ったのか、慌てふためいていたけれど、そんなの関係ない。

私は彼の手を両手で強く握って、目を閉じた。

彼も目をつぶって少し震えるのが、目を閉じていても肌から感じた。

彼は私の肩を両手で押さえる。

あぁ、目を閉じたら君がいなくなってしまう。世界は静まりかえる。でも大丈夫。私はお姫様であなたは王子様なんだから。王子様にキスをされるってことは、目が醒めるってことなんだから。だからきっと目を開けたとき、世界は輝きだす。

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