第7章 Fade & Strike out

 ようやく風邪から回復した私は、苫田高校へと車を走らせながら、あの日ことを思い返していた。

 あの日以来、月島から一切の連絡がない。アパートに来ることもなければ、メールが届くことも。この沈黙の期間はあまりにも不気味だった。

 ――花本先生なら来ませんよ――

 月島の言葉通り、あのあと花本先生がお見舞いにくることはなかった。こちらから何度か電話してみても応答はない。

『門田さんに捕まり、そちらに行けなくなりました』

 あったのは、このメールだけ。

 まあ本人から聞けばいい。今日は学校に行くのだし。

 のんびり構えてハンドルを切ると、苫田高校の生徒の姿が見えてきた。記憶に新しい。吹奏楽部で反撃の狼煙のろしをあげていた子だ。

 ウィンドウを下げながら速度を落として近づく。

「おはよう」

 と挨拶あいさつをした。

「…………」

 しかし返事はない。それどころか表情を凍らせている。視線はあちらこちらへ動き、一点に定まらない。すると、私を置いて、逃げるように走っていった。


「おはようございます」

 私は職員室の扉を開け、元気よく挨拶をした。

「しばらくご迷惑をかけしましたが、本日からあらためまして、よろしくお願いします」

 入口で深々と頭を下げる。

「…………」「…………」「…………」

 だがここでも反応がない。

 いや、反応はあるのだけれど、返事や挨拶をしないように抑えているとでも言えばいいのだろうか。私を避けている。そんな雰囲気だ。

「香川先生、お久しぶりです」

 気のせいであって欲しい。私は入口周辺で忙しくしている香川先生に声をかけた。

「国立先生は生徒運が悪い」

 先生はこちらを一瞥いちべつして独り言のようにつぶやく。そして、それっきり私を見ることはなかった。

 一体、何が起きたのか。私が不在のときに、2年2組や男子バレー部の連中が問題でも起こしたのだろうか。

 そういえば心当たりがある。今朝、学校に電話したときも、事務の対応がやけに冷たかった。忙しい時間帯に電話をしたからだろうと、そのときは気にも留めなったのだが。

 誰もが幽霊でも見たかのように驚き、私から立ち去っていく。

 何にせよ、関係者の不始末なら、私が甘んじて引き受けるしかない。それに未消化の仕事は山積中だ。こうして落ち込んでいる場合でもないだろう。

 痛いほどに突き刺さってくる冷ややかな視線を浴びながら、私はデスクへと向かっていった。

「おはようございます」

 忙しそうに書類を繰っている花本先生に挨拶をしてみた。

 先生も私から逃げるのだろうか。いや、そんなはずがない。だって彼女は、私と……。

「…………」

 先生はちらりと認識すると、口を一文字に閉じる。

「花本先生、あの――」

「そろそろHRですから。失礼します」

 ゆっくりと席を立ちあがって、職員室を出ていった。

 私はその場に立ちつくす。動揺を理性で抑え込もうと必死だった。

「国立先生、よろしいですか」

 懊悩おうのうするばかりの私に、誰かが感じのよい声で話しかけてきた。

 よれよれネクタイの多崎校長が、神妙な面持ちで立っている。いつものようにへらへらした態度が微塵みじんもない。

「校長先生、これは……」

「詳しいことは校長室で話しましょう」

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