第3節 覚醒中

「先生、先生? 大丈夫ですか?」

 どこからともなく月島の声が聞こえてくる。

 ゆっくりまぶたを開けると、覗き込んでくる月島の心配そうな顔があった。

「すごいうなされてました。怖い夢でも見たんですか?」

「……ああ」

 少しずつ現実感を取り戻していく。全身が寝汗で濡鼠ぬれねずみのようにぐっちょりとしていた。酷く不快だ。

「着替え、手伝いましょ――」

「いや、いい」

 私はあっさり月島を拒絶する。

「私だと嫌ですよね、やっぱり……」

 彼女はエプロンをぎゅっと握った。

 枕元に正座し、うつむきながら私を見ている。

「分かっているつもりです。あの話のことで先生に嘘をつきました。酷いこともいっぱいしました。だから先生に嫌われているって。でも、風邪だって聞いて、すごく心配で……」

 月島はかき消えそうな声でつぶやく。前髪が隠れて表情が見えない。

 後ろ手でエプロンを外しながら「ごめんなさい、やっぱり帰ります」と月島は立ちあがった。

「あ、いや」

 思うよりも早く、私は月島を呼び止めていた。

「疑って悪かった。そんなつもりじゃなかったんだ。その、着替えを見られたくなくて、つい……」

「だったら、よかった」

 私に背中を向けたまま、月島はぼそっと返事をした。「でも着替えはしないと。身体が冷えてしまいます」と振り向きながら話す。

 私は黙ってうなずき、着替えのある場所を教えた。

 彼女は、両手に着替えとタオルを抱えて枕元に戻ってくる。

「上体、起こせますか?」

「何とか」

 私はそう返事をして、ゆっくりと上体を起こした。

「失礼します」

 月島は布団のうえからまたがるように乗ってきた。

 寝間着のボタンに両手を伸ばし、1つずつ丁寧に外していく。月島は、ボタンを外してインナーを露わにさせると、襟周りを不器用そうに握って脱がせようとする。だが、寝汗で貼りついている寝間着はなかなか脱がせられない。

「ごめんなさい、寒いですよね」

 それでも彼女は一生懸命に引っ張りおろそうとする。

 間近にある月島の顔からは、その吐息や肌の温度が伝わってくる。ときおり触れてしまう柔らかい胸元。何も考えないようにするので精一杯だった。

 ようやく寝間着とインナーを脱ぎ終わると、月島はタオルに手を伸ばし、私の身体を拭き始めた。何度も擦れる指先。じんわりと月島の額に汗が浮き出る。彼女はついに汗を拭き終え、新しい寝間着を着せることに成功した。

「ありがとう月島」

「いえ」

 ふぅ、と達成感のこもった吐息をこぼす。「横になっててください」と、彼女が布団から降りようとしたときだった。

 月島はバランスを崩して、私のほうへと倒れてきた。彼女を受け止めきれずに共倒れになる。肋骨のあたりに重みを感じて見上げると、月島が覆いかぶさっていた。

「先生ごめんなさい。痛かったですか?」

 月島の黒髪が、私の頬をくすぐっている。

「いや、大丈夫だ……」

 さっきから心臓の音が大きくなる一方だった。この体勢はまずい。自分が何をしてしまうか分からない。どうにか月島から離れようとするものの、風邪にむしばまれた身体に力が入らない。


「月島、悪いが退いてくれ――」

「許してください。わざとなんです」

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