Ⅱ ②

 翌日。第三小演習室

 徐々に日が傾いてきた自放課後の時間。309小隊のメンバーは部屋に集まっていた。

 昨日の第六演習室とは違い、この部屋は小隊単位で使用されることが前提となっている。そのため、段違いに室内は狭いが設備は最新のものが揃っている。

 ここに集まった理由としては武現化の練習だ。試験まで約二ヶ月あるが、一日も無駄にできないと佐久間が召集をかけたのだ。

 昨日と同じように円となり、俺が中心に立つ。

 目を閉じて、両手を伸ばす。これも昨日と同じだ。違うところ言えば、メンバーが徐々に上達してきたというところだ。


「お、今の良い感じじゃね?」


 大和の腕から球状の光が霧散する。


「ああ、あとはもっと自分の能力を強くイメージするだけだな」

「おうよ! ただなぁ……能力のイメージと言ったってそれが難しいんだよ」


 腕を組み考え始める。

 他のメンバーもほとんどは大和と同様に光が出るという段階まできている。それは、自分の能力のイメージが固まってきたということだ。


「そうだな……大和の能力は『陥没』なんだろ? だったら、物をへこますというイメージだけじゃなくて、へこます以外の使い道を考えた方が良いかもしれない」

「そうか……けどよ、俺の能力にそれ以外の使い道なんかあるか?」

「うーん……それ以外となると難しいかもしれないが……俺の場合は『鋭く』というイメージを持っていた。だから、日本刀が武現具なんだと思う。だから、大和が自分の『陥没』という能力をどう使いたいかをイメージした方が良いかもしれない」

「どう使いたいか、か……」


 うーんと唸りながら首を横にしたりして、あっちこっちに振り回している。

 あとは大和自身の問題だから、きちんと考えれば問題ない。

 他のメンバーを見て回る。

 大和の隣にいる茜は目を閉じながら何かを考えている。


「なにやってんのお前?」


 考えるのは良いことだと思うが、なぜか地べたにあぐらをかいて座っていた。


「何って禅よ。行き詰まったからちょっと落ち着こうと思って」

「ああ……そうか」


 こいつは昔から行き詰まると落ち着くためとか言って奇怪な行動を取っていたな。前は中学の頃、テスト勉強に行き詰まったからといって一日帰って来なかった。心配した園長と施設の職員総出で捜索するという事態になった。

 結局、隣町で保護されたのだが、何をしていたのかを聞くと走っていたら迷って帰れなくなったのだという。

 以来、園長は茜に対して行き詰まった時に外出するのは禁止と言い渡した。そのため、部屋で解消するしかなくなったわけだが、まさか禅をするとは思わなかった。


「で、何か閃いたか?」

「ちょっと黙って。集中しているから気が散るわ」

「はいはい……」


 こうなった茜はもう何も聞かない。自分の気がすむまで一人で禅をするだろう。

 とりあえず放置しておく。なんだかんだで自分でやり遂げるだろう。どうしようもなかったら頼ってくるだろうし。

 茜の隣は佐久間だった。

 佐久間はさっきから光は出る。しかしそれが無数の球状にならない。さっきから苦戦しているのが目に見えてわかった。


「どうだ、調子は?」


 フゥと一息つく。


「なかなかだな。しかし、武現化がこれほどまでに難しいとは思わなかった」

「まあな。最初はこれで苦戦すると思う。けど、これができなかったら話にならないだろうしな」


 だが、一日でここまでできるのは本当にすごいと思う。普通ならこの段階にくるまで最低でも一週間はかかる。

 昨日の久遠といい、この小隊は案外できるメンバーが集まっているみたいだ。


「なあ、上瀬。さっき言っていたことだが」


 唐突の佐久間からの発言。なんだか、すごくバツの悪そうな顔をしているが。


「さっき?」

「ああ。大和に言っていたことだ」

「あれか。自分の能力をどう使いたいか。という話か?」

「それだ。俺は今まであまり能力について考えたことがない。実際、『魔術』という能力を使ったのも片手で数えるぐらいだ。だから、自分の能力がどのようなものかいまいち把握できていないんだ」

「なるほどな……なあ、ちなみにいつから保有者だと分かったんだ」

「中学二年だ。定期検診のときに発覚した」


 ということは能力に目覚めてからあまり時間が経っていないということか。

 能力の使用には様々な制限がついている。いろんな制約の中の一つに「高校以下の年齢で保有者となった者に対する能力の制限」という項目がある。 

 そこには、市街地での能力使用の禁止や特定の条件を満たさない限り能力の使用は認めないということが書かれている。そのため、遅い時期に能力が発覚すると、使う機会が限られてくるのだ。

 おそらく、佐久間もそうなのだろう。いまいち、自分の能力というものがどのようなものかわかっていないのだ。だから、能力のイメージと言われても、そのイメージするものがわからなかったら武現化はなかなか難しいだろう。おまけに佐久間の能力は『魔術』だ。あまりに漠然としているのも難しいと思われる一つの理由だろう。


「なあ、佐久間は自分の能力をどう思っているんだ?」

「どうって……それがわからないから困っているんだが……」

「じゃあ、これは佐久間の思うもので良い。『魔術』と聞いたらなにが思い浮かぶ?」

「なにと言われてもな……」


 顎を手においてしばらく黙る。

 わからないなら、自分で自分の能力をどういうものにしたいかを考えれば良い。たぶん、佐久間の場合はそっちの方が良いと思う。


「……黒魔術とか?」


 少し考えたあとに出た発言。

 魔術というものにどういうイメージを持っているのかはわからないが。それが思い浮かぶのか。


「だったら、その方向で固めてみたらどうだ? 今はあれこれ考えても仕方ないだろ」

「確かにそうだな……わかった、その方向でやってみよう」


 再び、目を閉じて集中し始める。

 光が現れ、無数の球状へと変化する。それが佐久間の腕に絡みつこうとした瞬間、霧散した。


「やはり、方向が固まっただけでは難しいか」

「いや、良い感じだと思う。あとは、もっとイメージを固めていけば自然に武現化はできると思うぞ」

「ああ。とにかく方向性は決まった。あとは俺の努力しだいというわけだな」

「そうだな。でも、佐久間ならすぐにできると思う」


 実際に、短時間の間でだいぶ進歩した。この調子なら一ヶ月とかからないかもしれない。


「そうだといいがな。その上瀬、ありが―――――」

「できたぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 すべての会話をぶった切るような一際、大きい声。

 声の主は、すぐわかった。大和しかいない。その本人はガッツポーズをしながら本当に嬉しそうだった。

 その声で集中力が切れたのか、他のメンバーが練習を中断して、大和の方へ集まってくる。


「いきなりどうしたんだよ……」


 叫ぶだけ叫んで、一人で喜んでいるだけで、一向になにも説明してこない。


「お、悠一か! 聞いてくれ! できたんだよ!」


 両肩をガシッとつかみながら、喜びに満ちた顔を寄せてくる。

 人生で初めて男にこれほど顔を近づけられたことはないが、二度とゴメンだと思った。息もかかってくるし気色が悪いとしか言いようがない。

 目でチラリと横を見ると、舞がなぜか顔を真っ赤にしていた。久遠は相変わらず無表情だったが。


「で、大和。お前、何をそんなに喜んでいるんだ?」


 佐久間が呆れ顔で尋ねる。


「おう、玲二! できたんだよ武現化が!」

「ほう、それはけっこうなことだ。良かっ……え?」


 つい、流しそうになったが、ものすごく重要なことを言っていた。

 聞いていた佐久間本人も途中まではどうでも良いと思っていたのだろう。今は信じられないという顔を浮かべているが。


「え……本当なのか、大和?」


 恐る恐る佐久間が訊く。


「おうよ。いやぁ、本当に苦労したぜ」


 見るからに佐久間は動揺していた。他のメンバーも久遠以外は信じていないようだった。

 それはそうだろう。あんな短期間で、しかも少しのアドバイスでできたとなれば、驚くのも無理はない。俺自身もこれ以上にないほど驚いている。

 とりあえず一旦、落ち着こうか。





「じゃあ……行くぜ!」


 大和が片手を突き出して構えている。

 その大和を、俺を含めた309小隊全員で見ている。

 本人の申告だけでは、どうも真実かわからないため、だったらみんなの前でやってみようということになった。


「ふん!」


 力むとともに、光が現れた。そして無数の球状へと変化する。ここまではさっきと同じだ。

 その光が大和の両腕にまとわりつく。そして、その光が次々とへこんでいるように見えた。

 そして強い輝き。そのあとに残されたのは両腕に装着された大和の武現具だった。


「これは……篭手か?」


 深淵の青と言っても過言ではないほどの深い青色をした篭手が肘まで装着してあった。所々、禍々しい部分が見受けられるが、それでも立派な武現具と言えるものだった。


「どうよ! これが俺の武現具だ! かっこ良いだろ!」


 腕を前にしてその篭手を見せてくる。本人はものすごく満足していた。

 隣の佐久間はあり得ん、この馬鹿に先をこされるなんて。と言いながらものすごくショックを受けていた。


「すごいよ! 大和くん!」


 舞は純粋に喜んでいるようだった。自分のことのように嬉しそうにしている。


「ありがとよ! 舞もすぐにできるようになるって!」

「あ……うん。そうだと良いな……」

「ていうか、まぐれなんじゃないの?」


 茜が唐突に口を挟む。心なしか不機嫌全開に見えるのは俺の気のせいだろうか?


「おいおい、茜ちゃん。それは酷いぜ。今の見たろ? 100%俺の実力だ!」

「ものすごく信じられないんだけど……」


 茜は眉をひそめていた。

 こいつは負けず嫌いなところがあるから、自分より先に武現化ができたことがすどく悔しいのだろう。

 それが原動力につながってくれるとありがたいんだが。

 ちなみに不機嫌そうにしているのは茜だけではない。さっきからなにも喋らないが久遠も相当なものだと思う。さっきから、大和の方をずっと見ていては、だんだんと目が怖くなっていたからだ。

 昨日はものすごく良いところまでいっていたのだから余計にだろう。だが、久遠ももう少しだと思うからすぐにできると思うのだけどな。

 そんな二人のことは露知らず。大和本人は舞の前で武現具をつけた状態で様々なポーズを決めている。さすがに浮かれすぎなような気もするが、嬉しさは本当にわかるから注意しづらい。


「そうだ。なあ、武現具を付けた状態だと、能力自体も上がるんだよな?」

「ああ……そのはずだが」

「そうか……よし」


 次の瞬間、大和は腰を低くしてなぜか構えていた。


「おい、なにする気だ……?」


 いや、聞かなくてもわかるが。


「なにって……どれくらい能力が上がったか確かめたいんだよ。やっぱ、実際に確かめてみないとな」

「な……バカ! よせって!」


 武現具を装着したばかりでの能力の使用は極力控えるようにされている。なぜなら、急激に向上した能力を制御できないからだ。

 だから、通常は武現具を装着しながら徐々に制御できるようにしなければならない。そうしないとなにがおきるかわからないからだ。今、武現具を出せるようになった大和ではどうなるかわからない。


「大丈夫だって、加減はするから」


 それは完全になにかをやらかすフラグだ。


「やめろっ―――――」


 制止の声は虚しくも聞こえず、大和は拳を前に出して正拳突きをした。

 ブォンという音とともに何かが横切るのがわかった。

 次の瞬間、ベキッというものすごい音が聞こえる。

 恐る恐る後ろを振り返る。見ると俺たちの後ろに壁は見事にへこんでいた。それも隠せるレベルのものではなく、直径がメートル単位での円で。


「あー……」


 やらした本人は申し訳なさそうに、頭をかきながら力のない笑みを浮かべていた。


「とりあえず……黒木先生に報告するか……」


 佐久間が肩を下げながら言う。


「そうだな……」


 先生がなにをするか。今からそれを考えただけでこの場から逃げ出したい一心だった。




 それから俺たち309小隊のメンバー全員は職員室のど真ん中で怒鳴られた。壁をへこませた張本人である大和は頬に痣が残るほどの鉄拳制裁を受け、以降、教師の許可がでないと武現化ができない上に二十もある小演習室の掃除を一ヶ月言い渡されたのだった。




 翌朝。

 時計がけたたましく鳴り響く。布団の中から手を出し探りながら止める。

 時刻は朝の7時30分。学校から近いとは言え、一人暮らしなので朝はいろいろしなければならない。

 まだ、少し眠いがベッドから上体を起こし、伸ばす。それだけで幾分か眠気は取れた。制服をクローゼットから出し、着替える。今日の朝食は何にしようか、迷っているところに、また音が鳴った。時計をきちんと止めていなかったと思ったが、携帯の着信音だった。

 ディスプレイには知らない番号が表示されていた。一瞬、出るか出ないか迷った。こういうタイミングで電話をしてくるのは知り合いの中で一人いるが、そいつの電話番号はつい最近、着信拒否にしたからかけてこれないはずだ。

 なら、誰だろうと考える。しかし、いくら思い浮かべても該当する人物がいない。


「まあ、良いか」


 考えるのが面倒になって、応答のボタンをタッチする。


「もしもし?」

『もしもし? えーっと、悠一くんで良いのかな?』


 聞き覚えのある明るい声。


「そうだけど……もしかして舞なのか?」

『うん、そうだよ。朝早くにごめんね。どうしてもちょっと話がしたいことがあるから、かけてきちゃった』

「それは別に良いけど……俺、電話番号なんか教えたっけ?」

『あ、それは昨日、茜ちゃんから教えてもらったんだ。勝手に聞いてごめんね』

「いや、それは良いけど……」


 というか、いつの間にあの茜とそんな仲になっていたんだ?

 これも舞の明るさの成せる技なのだろうか。


「それで、どうしたんだ? こんな時間かけてくるってことはけっこう重要な話なんじゃないのか?」

『あー……うん。そうなんだけど』


 急に歯切れが悪くなる。

 こんな朝早くに電話をかけてきたことを申し訳なく思っているのだろうか、それとも何か別の理由があるのだろうか。


『実は……ちょっと電話で話しづらいから直接会いたいんだけど良いかな?』

「ああ、別にいいぜ。何時ぐらいに学校に行けば良いんだ?」

『えーっと……その……すごく迷惑だと思うんだけど……』


 また、歯切れが悪くなる。今日の舞はどうしたんだろうか。もしかして、昨日の先生の説教が影響しているのだろうか。


『あのね。その……怒らないでほしいんだけど……』

「ああ……」


 なぜだか、ものすごく緊張する。別に何か重大なことを言われているわけでもないのだが。


『その……実は悠一くんの家のドアの前にいるんだ……』

「え……はぁ?」


 思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。

 とりあえず寝室を出て、玄関へと走る。そしてドアの小さな窓から外を見るとそこには舞がいた。

 耳に携帯を当てながらものすごく恥ずかしそうに顔を赤らめている。いかにも、何か誤解を生みそうな構図だ。


「待ってろ。今、開け……」


 言いかけながら鍵を開けようとして、自分の服装を確認する。下は寝巻きのままで、上に来ているのはカッターシャツだがボタンが全開のままだった。


「ごめん……少しだけ待っていてくれないか……」


『うん……』


 そこで通話を切る。さすがにこの服装で女の子の前にでる勇気は俺にはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る