Ⅰ ③


 教室のドアの前に立つと、中からは賑やかな声が聞こえてきた。すでに発表から一時間半。それくらいの時間があれば、人が仲良くなれるには十分だろう。今から入室するにはなかなかの勇気と気力がいる。

 だからと言ってこのまま踵を返して、帰りたいぐらいだ。でも、そんなことをしたら、あの先生に何をされるのかわかったもんじゃない。最悪、家ごと破壊しかねない。

 せめて後ろから入ろうと覚悟を決めて、ドアを開ける。


 教室には最新設備のものが揃っていて、なんだか近未来みたいな教室だった。そして並べられている長机におそかく小隊で集まっているのだろう。

 ガラガラという音が合図になったみたいにさっきは賑やかだった教室が静まり返る。それと同時にみんな一斉に音のする方、つまりこちら側を見る。

  こういう空気というか視線はまったく慣れない。というか慣れたらそれはそれで嫌なやつに見られるのだろが。

 そうして教室に入ったのはいいが、まず自分の小隊のメンバーがわからない。しかも、教室はいつも授業をうけているような部屋ではなく、その倍ぐらい以上に広い。そしてかなりの人数が集まっているために探すのも一苦労だ。

 さて、どうしたものか。探すのにも、この視線では好奇な目で見られるため、非常にやりづらい。かと、言って大声で自分の小隊を呼び出す気もない。さて、どうしたものか、と途方にくれていたところに一人の女子が席を立ち、まっすぐにこちらに歩いてくる。

 その子は赤い髪のセミロングに緑の瞳。身長はなかなか女子では高いほうだろう160ぐらのではないだろうか。口をキュッと引き締めながら俺の前に仁王立ちで立つ。


「あなたがうえせくん?」


 少し強ばった声。それはそうだろう、こんな視線の中で、ましてやその視線はいまだに俺やその子を見たままだから、緊張するのも無理はない。


「え? ああそうだけど」


 これだけの中を歩いてきた子を無下にはできない。少し、拍子抜けをしながらも答える。


「…………」


 ジッと見つめられる。それは怒っているようにも見られた。無理もない、この大事な日に遅刻してきたのだ。小隊のメンバーでなくとも、気分の良いものではないだろう。

 何か言おうとしたが、ここは流れに任せよう。元々、不可抗力とはいえ、遅刻してきたのが悪いのだから。

 時間にしては数秒。だが、体感では何分にも感じられた。そろそろ、何か言ってくれないと教室が変な空気になっていた。

 その子はいきなり表情を崩し、ニコッと笑った。


「いやー! 良かった良かった! もう、来ないから何があったのかと心配しちゃったよ!」


 一転して、明るい声。あまりにもガラリと変わったので少し驚いてしまった。


「もう、こんな日に遅刻しちゃダメじゃない。みんな、心配していたんだよ?」


 そんなことは気にせずに話かけてくる彼女。どうやら、周りの空気はまったく気にしない性格のようだ。どちかと言えば、そのほうが気が楽だ。


「ああ、悪い。ちょっとな……。それよりも君は309小隊の人なのか?」


「そうだよ! 君と同じ小隊の城川舞って言います! これから一緒によろしくするから舞でいいよ!」


 目の前に手を差し出される。この子はものすごく、天真爛漫というか明るい子なんだろうな、


「ああ、よろしく」


 差し出された手を握り返す。その感触は温かく柔らかだった。


「じゃあ、向こうにみんないるから行こうか」


 踵を返し、おそらくメンバーがいるであろう場所へと足を向けた。


 だけど、その前に一つ訂正しなければならないことがある。メンバーの前でも良いんだろうが、早い方が良いと思ったからだ。


「あ、えっと舞。ちょっとまってくれ」


「ん? なに?」


 足を止めて振り返る。ものすごく笑顔なのが、少し心が痛む。


「あのな……俺の名前なんだけど、読み方は『うえせ』じゃなくあれは『かみせ』って呼ぶんだ。だから、そこだけ訂正しといてくれないかな?」

「え。あれ。そう……なの?」

「ああ」


 それと同時にみるみる顔が赤くなっていく。それもわかりおもしろいほどに。


「うわ……ごめん! 人の名前を間違えるなんて最低だよね! 本当にごめん!」


 そう言いながら勢いよく頭を下げる。

 それがまた周りの視線を集める。さっきは好奇的な視線だが、今は懐疑的な視線を向けられている。

 傍から見ると、遅刻してきたやつになぜか頭を下げる女の子という意味不明な構図ができあがっていた。


「待て待て。そんな頭を下げるようなことじゃないだろ! 名前を間違えることなんかよくあることだし、それに俺の名前って読みにくいし! だから、頭をあげてくれ! 舞はなにも悪くないから!」

「…………ホント?」


  少しだけ頭をあげてこちらを見る。なぜか、目尻には涙を浮かべていた。

「ああ……だから、頭をあげてくれ。そんなに気にしていないから」


 本当は早くこの場を収めたかった。これ以上、変な視線を集めるのはごめんだ。

 舞は手で涙をぬぐいながら、頭をあげる。

 なんだか申し訳ない気持ちになりながら、すまんと謝る。


「いいよ。私が悪いんだし。ごめんね。じゃあ、改めて……よろしく上瀬くん!」

 そう言った舞はさっきの明るさを取り戻していた。


「ああ、よろしく。それと俺も名前でいいさ。悠一と呼んでくれ」

「うん、わかった。よろしく悠一くん!」


 すっかり元気になったみたいで、もう一度ニコッと笑いかけてくる。

 本当に明るい子なんだなと改めて思った。


「じゃあ、そろそろ行こうか! 他のみんなもまっていることだし。案内するよ」

「ああ、頼む」


 こっちだよと言って、進む舞の背中を追いかける。

 周りは先ほどの騒動が終わったのかと思うや否や、また同じ小隊のメンバーと話し始めていた。先ほどまでの静けさが嘘だったみたいに、教室は活気を取り戻していた。


「ねぇ、聞いても良いかな?」


 前を歩いいた、舞は後ろを少し見ながら聞いてくる。


「なんだ?」

「遅刻した理由だよ。こんな大事な日に遅刻するって悠一くんぐらいだと思うんだけどなー。そりゃ気になるよ」

「どうしても……言わなきゃいけないか?」

「当たり前のだよー。たぶん、私だけじゃなくて他のメンバーに気になると思うな」


 それはそうだろうな。確かにこれほどの日に遅刻するなんて、他の生徒もそうだが教師だって驚くだろう。そしてその理由が病院だとか体調不良だったらなんとか体裁は保てるかもしれないが、俺の場合はなんとも情けない理由だ。

 本当は言わないでこのままいたいが、これから一緒にやっていくのならば、隠し事は少ない方が良いだろう。


「あー……ここだけの話なんだが。実は時計が壊れていてだな……」

「もしかして……それで遅刻したの?」


 コクリと頷く。


「えーっと……それはなんというか……災難だったね」


 明らかにどういう反応をしたら良いかわからなくなっていた。

 完全に理由が予想外ずぎて、という感じだった。自分でさえ、予想外の出来事だから当たり前だろう。


「まあ、私もたまにあるし……。うん、気にすることないと思うよ」

 そのフォローがまた、心に痛む。どうせなら、少しは怒ってくれた方が気が楽なんだが。

「それはそうと、他のメンバーにもそれは言っていた方が良いと思うな。これからやっていくんだし」

「ああ、そうだな」


 本心としたはあまり、触れて欲しくないのだが仕方がない。


「うん、そうした方が良いよ! と、ここだね」


 話しているうちにメンバーがいるところへ着いたようだ。

 見るとそこには四人の男女が長机を囲うように座っていた。男子が二人、女子が二人。


「私と悠一くんを含めたこのメンバーが309小隊のメンバーだよ!」


 その言葉をきっかけにメンバーが一度にこちらを見る。


「あー……遅れてすいません。どうも、上瀬悠一です」


 あれこれ、言われる前にこちらかわ挨拶しておく。


「君か……最後の一人は」


 正面にいた一人の男子が席から立つ。

 青がかかった整った髪、それに眼鏡をかけていて、いかにも優等生な雰囲気だった。そして鋭い目つきでこちらを見る。


「俺は佐久間玲二。一応、この小隊のリーダーを務めることになっている。よろしく頼む」

「ああ……よろしく……」


 遅刻のことをもっと責められると思ったが、案外、あまり気にしていないのか。

 なら、良いのだが。俺としてもこれ以上、醜態をさらすのはあまり気持ちの良いものでもないし。


「それでは遅刻の理由を教えてもえらおうか。この小隊配属日はこの学園でも重大な行事としてしられているが、よくもまあそんな抜け抜けと遅刻ができた精神を教えてもらいたい」


 ものすごく気にしていた。

 元々、鋭い目つきなのだろう。それがさらに鋭くなり、凄みが増している。とても、高校一年とは思えない。


「さあ、教えてもらおうか。おかげで俺はお前のことを気にしすぎていて他のメンバーの名前と顔は一致しないのに一瞬で上瀬のことは覚えてしまった。こんな、不快なことがあるか」


 今の発言の中にはさらりと酷いことを言っていた気もする。

 隣の舞が「え、けっこうショックなんだけど」と小さく言っているのが聞こえた。


「まあまあ。リーダー。いいじゃん、ちょっとくらい。それに俺もメンバーの顔、一致してねぇし」


 突然、席に座っていた最後の男子が口を開く。金髪でいかにも軽そうな印象だ。


「大和、お前はそういうやつなのは知っていたが、そこまで能天気だとは呆れてものも言えん」

「そうは言っても遅れてきたものはしょうがないだろ? 過去のことをいちいち気にするとこの先、やっていけねぇぞ」

「それはそうだが……」

「じゃあ、とりあえず、もう一回自己紹介しようよ! 悠一くんのためにもさ」

「お、それいいね。さすがは舞ちゃん」


 舞の提案に金髪が調子よく乗る。


「ほんじゃ、まあ俺から」


 席を立ち、俺の方を向く。

 さっきは座っていたからわからなかったが、なかなか身長が高い。しかも体型もしっかり鍛えているようでがっしりとしていた。


「俺は一年二組の秋月大和。保有能力は『陥没』だ。まあ、簡単に言うと物をへこませるって言ったほうがわかりやすいかな。んで、好きなスポーツはバスケで好物はカツ丼! よろしくな!」


 なんとも爽やかな声での自己紹介だった。

 最初の印象の軽そう、とは正反対に実は爽やかなのかもしれない。

 秋月は手を差し伸ばしてきた。俺もそれに答えるとがっしりと握手をしてから、上下にブンブンと動かす。


「よろしく! えーっと悠一で良いか?」

「ああ、それで良い」

「んじゃ、俺も大和でいいぜ! 名前の方が親密度アップするだろうしな!」

「それは知らないが……よろしくな」


 手を解き、イスに座る。


「じゃ、次。玲二な」

「なぜ、俺なんだ。しかも勝手に話を進まやがって」

「いいじゃねぇか。男同士、先に紹介したほうが良いだろ?」

「だいたい、俺のことはさっきしただろ」

「あんなの自己紹介とは言えねぇよ。自己紹介ってのはな、自分のことを紹介するんだぞ? あんなのただの名乗りでしかねぇだろ」

「ああもう……わかった」


 ハァとため息をつきながら、立ち上がる。


「一年一組、佐久間玲二だ。さっきも言ったがこの309小隊のリーダーを務めることになった。保有能力は『魔術』だ」

「ああ、よろしく」

「ふん、俺は遅刻なんぞしてきたやつによろしくなぞされたくはないがな」


 どうやらよほど嫌われたようだ。確かに几帳面そうな性格しているみたいだから、俺

みたいなのは、嫌われて当然だろう。


「よく言うぜ。昨日まで『俺に小隊のリーダーが務まるだろうか』とか言って悩みまくってたくせによ」

「おいうるさいぞ大和! それに俺はそんなことも言っていないし、悩みまくってもいない!」

「どうだかなー」


 佐久間の方は顔を真っ赤にしながら大和に抗議していた。実は思っていた以上に心配性なのかもしれない。


「というか、二人は知り合いのなのか?」


 さっきから、名前で呼び合っているので、今日初めて会ったわけではないだろう。


「ああ、俺と玲二は小学校から同じだったんだ。だから、まあ腐れ縁みたいなもんだな」

「ああ、なるほどな」


 道理で仲が良いわけだ。


「もういいだろ。じゃあ、次だ」


 ゴホンと咳払いしながら座る。そうやら、さっきのことがバラされてかなり恥ずかしかったようだ。


「じゃあ、次は私ね!」


 隣にいた舞が手を上げながら俺の前へと移動する。


「さっきもちょっとだけ紹介したけど……改めて」


 胸に手を当てて喉の調子を整える。改めてみんなの前だと緊張するのだろう。


「城川舞です。保有能力は『治癒』です! んーと、特技は……料理かな。長所としては明るいことかな! これからよろしくね!」


 舞はまた、笑顔で笑いかけてくれる。その笑顔に少し癒されながら、他のメンバーも見る。それと同時に一人のメンバーと目があった。

 今さっきあったメンバーがガタっと席から立ち上がる。

 俺はその子を見て、マジかよと言ってしまった。



「あんたねぇ……本当になにやっているのよ」


 第一声に呆れたような声。長い茶色の髪はまとめてポニーテールにしてある。腕を組みながらこちらをにらめつけているが小柄な体型なためか、まったくと言っていいほど威厳がない。


「お前こそ……なにやってんだよ」

「ここのいるってことは、そういうことでしょ。まさか、同じになるとは思わなかったけど」


 俺も予想外だった。というか、そこにいるということはずっと座っていたということだ。まったく気付かなかった。


「あれ? 二人とも知り合いなの?」


 舞が顔を覗きこんでくる。


「ああ……俺たちも小学校から同じなんだ。と言っても小学五年からだけど」

「そうなんだ。ふーん、幼なじみってやつなんだね」


 それはそうだが、俺たちの場合、そういう関係で片付けられるものではない。


「まあ、お互い知っているみたいだけど、一応俺たち向けに自己紹介してくれよ」


 大和が興味ありげに発言する。その顔は完全におもしろがっていた。


「じゃあ……名前は夏波茜。クラスは一年三組よ。保有能力『流星』っていうくらいかな」


 実に淡々と紹介が終わる。

 それ以上は聞くなというオーラが出ている。他人には警戒心丸出しなのが実に茜らしい。


「へぇ、聞いたことない能力だな。どんなものなの?」


 そうとは気づかず、大和が発言する。なんというかさすがだ。

 茜は少し不機嫌そうに答える。


「簡単にいうと光を流れ星みたいに撃つ能力よ。まあ、その他にもいろいろな使い道はあるみたいだけど」


 ふーんと大和が答える。


「それじゃあ、もし能力を使ったら相手は逃げられないんじゃない?」


 舞が疑問を投げかける。


「そうね。それは光の速さの場合だけど。光を一度に集めて流れ星のみたいに一気に降ってきたら、狙われた相手は逃げることは不可能だと思うわ」

 隣で舞がそれって実はものすごい能力なんじゃと小さく呟く。佐久間もさっきまではあまり関心がなさそうだったが、茜の発言を聞くと驚きを隠せていないようだった。


 唯一、大和だけが何がなんだかわからなそうな顔をしていた。なんというか、実に大和らしい。


「じゃあ、最後。いってみようか!」


 気にせずに自己紹介を続ける。

 最後の少女は茜の隣に座っていた。長い黒髪に透き通った肌。誰もが見とれてしまうほどの美少女だった。その子は読んでいた本をパタリと閉じると、目をつむりながら口を開いた。


「一年四組、久遠るい。保有能力は『剣舞』。以上」


 それを告げると、また本を開き読み始めた。

 あまりの速さに一同は呆然としてしまっていた。いや、何を言っていたのかわからないという感じだった。


「あのー……久遠さん……だっけ? もうちょっとなにかないのかな?」


 恐る恐る、大和が問いかける。

 久遠は目を本に向けたまま微動だにしない。


「なぜ? 私は一度、自己紹介をしているのよ。遅れてきた人にもう一回丁寧にする必要があるの?」

「いや……それはそうなんだけど。久遠さん、一回目のときもあまり紹介してくれなかったからさ」

「だからと言って私はこれ以上、話すことはないわ。それと秋月くんだっけ?」


 そこで、やっと本から目を逸らして大和を見る。


「君、本当にうるさいわ」

「え…………」


 やっと目を合わせたと思おうと、突然のダメだし。

 これは大和だけでなく、他のメンバーも凍りついた。遅れてきた俺でさえ、来る前までは何があったかわからないが、ほぼ初対面の人に対してそこまでバサッと言い切る姿には少したじろいでしまった。

 久遠は言いたいことは言ったのか、再び本へと視線を戻す。

 少しの沈黙。だだ、非常に重たい空気が流れた。パラッと時々、本をめくる以外の音はこの机から消え去られてしまった。

 舞はどうにかこの空気を変えたいと思っているが、どうしたらいいのか分からずにいるようだ。大和はバサっと切られたショックで固まったまま、佐久間は腕を組みながら指を動かしているだけで、茜に至っては我関せずの姿勢を貫いている。


 重たい。非常に重たい。だが、誰かが変えてくれるという願望を持っていてはいつまでもこのままだろう。

 仕方がないが、ここは頑張るしかない。遅れてきたこともある。


「あのさ」


 俺は手を上げる。久遠以外の全員がこちらに目を向く。


「みんなの紹介はしてもらったんだけど。俺の紹介はしてなかったし、やろうと思うんだけど良いか?」


 また沈黙。だが、さっきよりか空気は変わっていた。

 大和はようやく動き出し、俺に笑いかける。


「そうだな……じゃあ、悠一に自己紹介をしてもらおうぜ。いいだろ、リーダー」

「好きにしてくれ」


 佐久間も姿勢は変えなかったが、さっきよりはか表情は柔くなっているように見えた。


「じゃあ。クラスは茜と同じ、一年三組だ。保有能力は『炎』。まあ、一般的な能力だな。この学園にはある人からの勧めもあって進学しました。あと、今は一人暮らしだから、気軽に遊びに来てくれ」


 フゥーと一息つく。流石にあの空気での紹介は気が重かったが、なんとかやりとげた。

 そこで、大和が手をあげる。


「そう言えば、悠一と茜ちゃんは小学校から同じなんだよね。それにしてはやけに親しかったみたいだけど」

「ああ……それは」


 本当はあまり、公言したくはない。これは俺だけじゃなくて茜の問題でもある。

 視線を茜に向ける。言っても良いかと送ったのが伝わったのか、コクリと首を振った。


「実は……俺たち、親がいないんだよ。どっちの両親もゴーストの被害に遭ってな。俺は小学五年のときに被害に遭った子どもばかりが集まっている施設に預けられたんだ。そこで、茜と出会って一緒だったんだ」

「ああ……なるほどね」


 日本は安全地帯になったとは言え、未だに被害に遭っていたりはする。だから、俺たちのような子どもは珍しくはない。


「悪い、あんまり考えずに聞いちまった」

「気にするなって、これからやっていくんだし。俺も遅刻したからお互い様だ。それと、久遠」


 久遠の方に体を向ける。相変わらず、本に目がいっておるようだが、それはあまり関係ない。聞いたもらうことが大切だからだ。


「こんな日に遅刻して悪かった。この通り、すまん」


 頭を下げる。これが今の俺にできることだ。


「ちょっと悠一くん!?」


 舞が驚いているのがわかる。いきなり目の前で頭を下げられたら誰だって驚くだろう。

 だけど、久遠は怒っているように見えた。俺の勘違いかもしれないが、遅刻してきたそのこと事態が許せなかったのだろう。

 だから、あまり気にしていない大和にきつく当たったし、遅刻を許そうとしているこの空気が許せなかったのではないだろうか。

 だったら、することは一つだろう。

 五秒ぐらいしてから、パタンと本を閉じる音が聞こえた。


「もういいわ。頭をあげて」


 言われた通りにあげる。そこにはジッと久遠が俺を見ていた。


「別にそこまで怒ってはいないのだけど。あなたがそこまで責任を感じるなら許しても良いと思う。まあ、私が許すかどうかなんてそんな権限はないのだけれども」

「そうか。ありがとうな。許してくれて」

「…………変な人」


 それだけ言うと、本を開きまた読み始めた。つくづく本が好きなんだな。


「みんなも悪かった。遅刻するのは許されないと思うけれど、どうか謝らせてくれ」


 メンバーの方へ再度、頭を下げる。


「気にするなよ! これから一緒にやっていくんだ。そんなこと一々気にしていたらやっていけねえって」


 大和が肩を組みながら言う。


「そうだよ。あんまり気にすることないよ。私は本当に気にしていないから」

「ありがとう。二人とも」


 この優しさが本当にありがたく感じる。


「言っとくけど、あたしは気にするもなにもないから。悠一があやまろうが知ったことではないわ」


 茜がふてくされながら言う。

 こいつは素直になれないから、これで許してくれているのだろう。


「ありがとうな」


 だからこそ、感謝しなくてはならない。


「あとはお前だけだぜ、リーダー」


 大和に言われ、佐久間が口を開く。


「許すということはないが、その誠意は認めてやろう」

「あれ、許すって言ってんだぜ。まったく素直じゃないよな」


 大和が耳打ちで教えてくれた。


「そこ、聞こえているぞ」


 大和は聞こえないふりをしてそっぽを向きながら下手な口笛を吹く。


「ありがとうな、みんな」


 もう一度、感謝をする。

 出会って間もないが、この小隊でやっていけそうだった。


「まあ、とりあえず席につけって。そろそろオリエンテーションの時間だぜ」

「ああ、そうなのか。それじゃあ」


 近くのイスを引いてそこに座る。舞も同じようにして隣へ座った。

 それと同時に、前のドアがガラガラと勢いよく開く。


「はい、席につけ。オリエンテーションを始めるぞ」


 ドスの効いた声。長身に長い髪をなびかせながら入室してきたのは、先ほど説教をくらった黒木先生だった。

 入室と同時にそれまで騒がしかった教室が一気に静まり返る。みんな、一斉に先生へと視線を向ける。

 教卓に立つと、教室全体を見渡してからゆっくりと口を開き始めた。


「私がこの第三分隊の指導教官の黒木だ。これから諸君らには厳しく指導していくからそのつもりで」


 それと同時に教室全体に残念な空気が流れる。まだ、入学して一ヶ月だが、黒木先生の鬼指導ぶりは一年の間にも広がっていた。

 なんでも、成績上位のものに一ヶ月のサバイバルを言い渡し、なにも装備を持たずに樹海に放り込んだとか、校則を無視した生徒に対し、スパルタメニューを課して、ぶっ倒れるまでやらせたとか。まあ本当か嘘かわらないような噂だが、本人の性格上、実際にやりかねないので一年っからすれば、指導教官に当たって欲しくない教師、ぶっちぎりのナンバーワンだ。

 しだいに教室がざわめきはじめる。一同は不安に感じているのか、静かにするという選択肢がないようだ。やがて、先生が入室する前の騒がしさを取り戻していた。

 その時、バンッという大きな音が、教卓から聞こえた。先生が教卓を叩いたので。いや、叩いたというよりかは叩き潰したという方が正しいか。


「静かにしろ、ヒヨっ子ども」


 さらにドスの効いた声。それを聞いて黙らなかったものはいなかった。

 いや、先生。教卓が木っ端微塵ですけど。という声もなく、教室からはものとが一切聞こえなくなった。

 教室で使っている教卓は最新設備のもので、モニターまでついているのだ。それが跡形もなければ、誰だって黙る。


「話を続ける」


 それだけ言うと、先生は黒板をリモコン操作した。操作された黒板からは画面が現れ、そこには概要説明という文字が写し出されている。


「諸君は今日付でそれぞれ五つの分隊に配属されたと思う。その分隊の中で六人一組での小隊を組ませてもらった。今後、何かとそのメンバーで動くのでそのつもりをしておくように」


 先生が腕を組みながら、こちらを見渡す。


「ちなみに第一から第三までの分隊が戦闘を想定した部隊だ。だから、他の部隊とも連携が必要な時は、それを取りながら授業に励め。

 それから、諸君は本日付で正式にバベル機関日本支部教育部門所属となる。同時に全員に曹長の階級が与えられたので、あとで制服にバッジをつけておくように」


 画面には制服の襟の部分にバッジを取り付けるように図で説明している。それと赤文字で「取り付けをするように」と書かれている。


「一年の間は階級が上がることはない。まあ、特例はあるが。

 あと、ここからが重要だ。今日発表した小隊は正式にバベル機関に登録された小隊ではない」


 教室にまた、ざわめきが広がる。そう言えば、あの神には「試験小隊」と書いてあったのを思い出した。

 みんな、今日発表されたのが正式だと思っていたため、面をくらったようだ。隣の舞がゴクリと息を飲んでいるのがわかった。


「基本的に小隊の解散やメンバーの増減は認めない。だが、こちらが勝手に決めた小隊だ。性格の不一致や能力の相性もあるだろう。そこでだ、今から約二ヶ月後に行われる定期試験の内容を小隊規模での模擬戦にする。そのあとに各小隊に解散するか否かの最終決定を聞く。解散するにはメンバー全員一致が必要となる。その条件が満たされた場合のみ、小隊の解散を認める」


 画面には『それまでの解散は不可』とでかでがと写っている。


 つまり、最低でも二ヶ月はこのメンバーでやっていくことになる。それも、ただ一緒にいるだけではダメだ。試験を行うということはそれなりに評価されるはずだ。しかも、実践でということはメンバー同士の連携が不可欠になる。これは思った以上に大変なことだ。

 学校側が決めたことだから能力の幅に偏りないと思うが、いくら、能力に問題がなくても使う保有者同士がなってなくて話にならない。

 先生は一度、黙り全体を見渡す。そこで、一度、咳払いをしてからまた、こちらを見る。


「最初の小隊での実習は三日後だ。それまでに小隊リーダーはメンバーの能力を把握し、実習に備えること。以上、解散!」


 こうして、先生の怒号みたいな号令によってオリエンテーションは終了した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る