第Ⅰ話

Ⅰ ①


カーテン越しからさす朝日で目が覚める。枕元の時計の針は午前7時。まだ、起きるのには早い時間だ。かと言ってこのまま二度寝しては遅刻してしまう。


 しかたなく、ベッドから体を起こす。そのまま、クローゼットの中にある制服を取り出して着替える。


 部屋を出てリビングへ出る。一人暮らしには少し広いフローリングの部屋は5月という微妙な季節のせいなのか。それとも誰もいないせいなのか部屋の中は少し寒い。


 冷蔵庫を空け、中身を確認する。見事にすっからかんだ。昨日、スーパーに行くのを面倒くさがらずに寄っておけばよかったと後悔した。


 結局、残っていた卵でスクランブルエッグを作る。忙しくはないが朝に重たい料理も気が進まないのでこれくらいがちょうど良い。


 できあがった料理をテーブルに並べ、座って食べる。今日は少し、上手にできたかなと思いながら食を進める。


 喋る相手もいないので、今日の授業はなんだったかなと考える。そういえば、昨日担任から重大な発表があると言っていたが、それはなんだろうとかとか、そういえば実習があったなとか、そういう他愛のないことばかり思い浮かぶ。


 そろそろ、食べ終わろうとした時、テーブルの上に置いていた携帯がけたたましい着信音を上げた。いきなりなったのでビクッとなりながら、手に取る。ディスプレイには「夏波茜」とよく知っている名前が表示されていた。


「なんなんだ。あいつは」


 朝から電話をかけてくることは多い方なので、気にせずに応答のボタンをタッチする。


「はい、もしも……」

『悠一、あんた今、どこにいるの?』

「どこって家だが」

『はぁ? 今日は重大な発表があるから遅刻厳禁って言われてだしょ!? それなのに、なにやっているのよ!』

「待て待て。朝早くから電話をかけておきながら、なんだそれは。まだ、登校するには早い時間だろうが」

『は? ねえ、ちょっと待って。悠一、あんた今何時だと思っているの?』

「何時って朝の7時だろ?」


 そう答えると、盛大なため息が聞こえてきた。何やら呆れているようだ。


『…………ねぇ、その時計ちゃんと動いてるか確かめてみたら?』

「動いているって当たり前だろ。ちゃんと動いて……」


 いや、待て。少しおかしい。確か、朝起きて一度時計を見たときも時計は7時を指していた。


 朝食を食べているから、それなりの時間は経っているはずだ。それなのに針は微動だにせずに7時の時間を指している。


 嫌な汗が全身から吹きでる。


「あの……茜さん。現在時刻を教えてはいただけないでしょうか……」


 一呼吸おいてから、現在の時刻が告げられる。


『始業時間の9時よ―――――――!!』





 学校に着いたのはそれからきっかり30分後だった。当然のように校門は閉められ、不法侵入でもしない限り、入れないようになっていた。


 だが、この学校は通っている生徒が生徒だけに国家機密レベルのセキュリティが敷かれている。侵入しようとしても、おそらく並大抵ではできないだろう。


 仕方なく、校門のすぐ側にあるインターホンを押す。


『ほう、あれほど重大な発表があるから遅刻は厳禁だと言ったはずだが。良い度胸をしているな上瀬。言い訳は一応聞こうか』


 女性とは思えないほどのドスの効いた声。それは今一番、聞きたくない声でもあった。


「いや、それがですね黒木先生。ちょっとしたトラブルがありましてね」

『それはなんだ? 登校中にゴーストにでも遭遇したのか?』

「それはそれで、今の状況でしたら遭遇したかったのですが、あいにく別の理由です」

『ふむ。私は寛大だ。どれ、怒らないから言ってみろ』


 イライラしているのがインターホン越しでも伝わる。これは下手に言い訳をしたら後が怖い。


「あー……それが……時計が壊れていて気づかずに寝ていました」

『よし。とりあえず中に入れ。話はそれからだ』


 ガラララと大きな音を立てながらゆっくりと校門が開く。


 本当は一目散に逃げ出したい気分だったが、そうも行かないので観念して敷地内へと一歩を踏み出した。




「この大馬鹿もんが―――!」


 職員室に鳴り響く怒号。それを一番、近くで聞くとかなりの迫力があった。二度とごめんだが。


「まったく……お前は変なところで抜けているから困る。これで成績が悪かったら、一日説教してやりたいところだがな」

「それは、勘弁してください。本当に申し訳にと思っているんですから」

「だったら、もう少しそういう態度をとってろ」


 担任である黒木先生は腰まで長い髪をいじりながら、ため息をついた。


 美人ではあるが、その性格のせいか浮いた話が一切出てこない。例え、そういう話が出てきたとしても本人の経歴を知ったら、大抵の人はお断りするだろう。


「まあ良い。こんな愚痴を言っても仕方がない。ほら、これお前の分だ」


 そうたって渡されたのは一枚の紙切れだった。見ると一年全員分の名前がびっしりと書かれている。


「これ、なんですか? 出席簿かなにかと間違えていません?」

「アホか。そんなもの間違えるわけないだろ。よく見てみろ」


 よく見ると「試験小隊配属発表」と書かれている。そして番号が割り振られ、それに連なるように名前が書かれていた。


「お前の配属は309小隊だ。すでに他のメンバーは教室に集まっているはずだから、早く合流しろ」

「了解です。てか、この小隊指導者に先生の名前が書いてあるんですけど、これは間違いですよね」

「い・い・か・ら・は・や・く・い・け・」

「はい」


 これ以上、ふざけていたら本当に怒られそうなので、適当に切り上げ職員室を出ることにした。


扉を開け、部屋を出ようとしたその時。


「ああ、上瀬」

「なんですか?」

「いや、なんだ。頑張れよ」

「言われなくても頑張りますよ」


 呼び止めたから何か小言を言われるかと思ったが、激励をもらうとは思っていなかった。あまり。そういうことを言わないだから、ここは素直に受け取っておくことにした。

「失礼します」と小さく行って、職員室を後にして小隊が集まっている教室へと移動を開始した。




 失礼します、とあいつにしては小さい声で部屋から出ていった。


 それを見送ったあと、また盛大にため息をつく。上瀬と関わってから、数えきるのが面倒なほど出てきた。


「大変そうですね、黒木先生」


 隣の机で同僚でもある山崎先生が声をかけてくる。人が良さそうな雰囲気や物腰が柔らかなこともあり、生徒からも人気がある先生だ。ちなみに彼も同じ小隊指導者として第二分隊を担当することになっている。


「そうでうすね、確かに手のかかる生徒ですけれども……」


 それ以上に気にかける理由がある。なにせ、上瀬はあの事件の生き残りであり、私が初めての任務で救出した一人なのだから。


 まあ、ただ普通に問題児ではあるが。

「黒木先生?」

「ああ……いえ、なんでもありません」

「そうですか、それなら良かったです。そういえば、例の話。やはり一年の間でも行うそうですよ」

「え……あれをですか? まだ、一年には速いのでは?」

「校長もそれは反対したみたいですが、上層部から強く言われたらしく、断れなかったみたいです」

「そうなんですか……」


 というか、この人はどこで情報を手に入れたのだろうか。私ですら、そのような話があることは知らなかったのに。


 優しい雰囲気の同僚が実はかなりのやり手ではないかと疑ってしまう一面だった。


「でしたら、これから厳しく指導しなければなりませんね。誰が選ばれてもいいように」

「そうですね。でも、黒木先生の指導でしたら、厳しくて逃げ出してしまう生徒が多そうだ」

「いや、それはないと思いますけれども……」


 少し考える。確かに一名は逃げだしそうだが、なんとかやっていくだろう。


「まあ、なんにせよ。私たちはこれから忙しくなりますよ。お互い指導者として頑張りましょう」

「ええ、頑張りましょう」


 お互いに激励を交わして、席を立つ。もうすぐ、小隊メンバーとの交流も終わるころだ。これから、その先のオリエンテーションを行わなければならない。


 速やかに廊下に出て、教室へと向かう。これから生徒たちにどのような指導を行おうと考えながら。

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