英雄談義

「なるほど、ではここで仕官の口を探しているというわけか」


 眼の前に運ばれてきたイナク鶏の香草焼きの匂いを吸い込みつつ、ウィルは言った。

 部屋の四方は古代ハイナム時代のレリーフを模した飾りで囲まれており、そこには槍を持つ兵士の行列や、絵画のような文字列が刻まれている。古い歴史を持つ都市ならではの演出だ。

 オルバスが一体どんな店に連れて行くつもりなのか少し危ぶんでいたが、いざ来てみると料理も美味く接客も良い、快適な料理店だった。


「うむ、俺も何か国の役に立ちたいと思い、正規兵に志願しようと思ってな。これでも傭兵の経験はあるから軍には入れるんじゃないかと思っていたんだが、今この国はむしろ軍備を縮小している有様でなあ。どこの領邦に行っても相手にしてもらえんのだ」


 オルバスは骨付き肉から豪快に肉片を齧り取ると、軽く溜息を吐いた。


「やっぱり、平和税の負担が厳しいからなんでしょうか」


 表情を翳らせつつ、コーデリアが尋ねる。


「そういうことだ。なんとも嘆かわしい話だね。カイザンラッドからこの国を守る兵を減らさなきゃ、白銀協定も守れんというわけだ」

「全く、本当に頭にきますよね!なんであたしが若い身空で奴隷に売られなくちゃいけないんですかっ」


 ミネアが顔を紅潮させつつ、フォークの先を首元に向けた。

 フォークの先にはまだ肉片が刺さっている。顔色が悪そうな割に、この娘は本当によく食べる。


「そもそも、お金を払って平和を買おうってところからして間違ってるんですよ。どうせそのお金でカイザンラッドの人達は新しい武器を買うんでしょう?白銀協定が切れたらその武器で攻めてくるんだから、こんなの平和税じゃなくて戦争税ですよ」

「そうだそうだ、娘さん、もっと言ってやれ!」


 おとなしそうな見かけとは裏腹に激しい言葉を並べるミネアを、オルバスはさらに煽り立てる。


「おい、あんまり煽るな。どこに間諜の目があるかもわからないぞ」


 ウィルはオルバスを窘めるが、オルバスはさらに声を励ます。


「知ったことか。言いたいことも言えんような世の中なら、いっそ死んでしまったほうがましだ。娘さん、あんたもそう思うだろう」

「その通りです!あたしは奴隷になるために生まれてきたんじゃありません!こうして美味しいものをお腹いっぱい食べているときこそ、あたしは生きがいを感じられ──」


 喉に食事を詰まらせて咳き込むミネアの背を、コーデリアがさする。

 どうもこの娘は少々慌て者らしい。


「ははは、その意気だ。あんたは吹けば飛びそうな身体つきだから、たらふく食ってもっとあちこちに肉をつけないとな。イナク鶏は火の精気を宿している。食えば食うほどその不景気な顔も色艶がよくなるぞ」


 豪快に笑うオルバスを、コーデリアは半眼で睨みつけた。オルバスは何を責められているのかわからないと言った様子で、助けを求めるようにウィルの方に首を回した。


「まあ何にせよ、こうして美味い料理を味わえるのは良いことだよ。──ところでオルバス、君にひとつ尋ねたいことがあるんだが」

「何だ?訊きたいことがあるならなんでも訊いてくれよ」

「先ほど、君は私がアスカトラで三人目の勇者だと言っていたね。それは身に余る評価だとは思うが、一人目と二人目は一体誰なんだい?」


 ウィルは食事の手を止めると、興味深げに問いかけた。


「よくぞ訊いてくれた。このアスカトラで勇者といえばまずは北辺の名将ダインベルト将軍、そしてアズラム鉄槌公だろうな」


 オルバスはこの先を話したくてたまらないと言った様子で、声音を弾ませた。


「まずはダインベルト将軍。実を言うと、俺は傭兵をしていた頃、この方の指揮下で戦っていたこともあるんだ。オングートの騎馬隊を殲滅したときなんぞは、そりゃあもう水際立った戦いぶりをみせてくれたものさ」

「ほう、どんな風に?」

「将軍はな、オングートの連中を誘い込むために虚弱な連中を集めて、あえて最前列に並べてみせたのさ。その姿を見て舐めてかかったオングートが攻めかかったところを、将軍はしばらくの間退却させた。オングートを十分に引きつけたところで、地烈の聖紋を炸裂させたってわけさ」


 王族の血を引くダインベルトも額に聖紋を持っている。

 地を揺り動かし地震にも等しい衝撃を与える「地烈」の聖紋の力は、カイザンラッド七竜将にも匹敵する力を持つと言われていた。


「落馬する者が続出し、大混乱に陥ったオングート軍をダインベルト様は左右から軍を展開して押し包み、完膚なきまでに叩き潰したんだ。この時左翼の兵の中に俺もいたんだがね、あの時はこの御方が敵でなくてよかった、と心底思ったものさ」


 オルバスは葡萄酒の盃を傾け、一気に飲み干した。


「勇将の元に弱卒なし、なんて言うだろう?だがそういう奴はわかっちゃいない。勇将の下にだって弱卒はいるのさ。その弱卒までもうまく使って戦に勝つ、これがダインベルト様よ」

「なるほど、どのような者にも使い道はあるということなのだね」


 ウィルが感心すると、オルバスは自分が褒められたかのように胸をそびやかした。


「そうとも。皆が俺やあんたのように強いわけじゃない。どんな奴でも活かす場所を与えられてこそ真の名将ってもんだ。邪魔者扱いされたら人は腐っちまうからな」

「さすがオルバスさん、いいこと言いますね!」


 ミネアが目を輝かせた。この顔色の悪い娘は、なぜかオルバスと馬が合うらしい。


「それでそれで、もうひとりの勇者の人はどんな活躍をしたんですか?」

「おお、あんたも聞きたいか。じゃあここからは鉄槌公ことエルタンシア公アズラム様の話だ。これは7年前、ファルギーズの戦いの起きる少し前のことなんだが、アズラム様の居城エリュトリス城はこの時、カイザンラッドに呼応して攻めてきたお隣の沿海都市同盟の軍に包囲されていてな。しばらく籠城戦が続いたんだが、エルタンシアの南方の諸侯は日和見を決め込んで援軍を一切出さなかったんだ」

「なるほどなるほど」


 興味津々の様子で一心に話に聞き入っているミネアを前に、オルバスは言葉を継ぐ。


「一向に援軍は来ないし、日々投石機で城壁に穴は開けられるしですっかりエリュトリスの士気は落ちてしまった。だがこの時、包囲された城の中から一人の騎士が沿海都市同盟軍の前に姿を表したんだ。騎士は同盟軍の主将・ファルクに一騎打ちを申し込んだ」

「それで、ファルクさんはその申し出を受けたんですか?」

「もちろんファルク本人は出てはこなかった。あいつは食えない野郎だが、陣頭の猛将ってわけじゃないんでね。だがこの申し出を断るのも、それはそれで士気が下がる。そこでファルクは同盟軍の中でも指折りの槍の名手を出して戦わせることにしたんだ」


 酔いが回ってきたのか、オルバスの舌はどんどん滑らかになってゆく。

 赤味の刺す頬の下で、いかにも楽しげにオルバスは白い歯を剥き出して笑った。


「そしていよいよ一騎打ちが始まったんだが、この名もなき騎士はわずか三合で手にした戦槌で相手の槍を叩き落とした。今度は同盟軍からは戦斧の使い手が出てきたんだが、今度も十合ももたずに騎士の戦槌に頭を割られちまったんだ」

「それは……すごいですね。そんなに強い人がアズラム様の部下にもいたなんて」

「いいかい娘さん、ここからが肝心なところだ。腕自慢の配下が二人もやられちまって志気が下がったもんだから、ファルクは沿海都市同盟自慢の弩兵隊に命じて、この無名の騎士に一斉に矢を射かけたんだ」

「そんな!それは卑怯すぎます!」

「ああ、そうだな。こういう奴だからこそ、海千山千の沿海都市の連中の長なんぞをやっていられるのさ。ところが騎士が戦槌を一振りすると、突然強風が巻き起こり、放たれた矢は全て力を失ってバラバラと地面に落ちた」

「それは、一体どういう……」


 酒が回ったのかオルバスの話に興奮したのか、ミネアの頬もかなり上気してきた。


「そこでおもむろに騎士が面頬を上げると、なんと下から現れたのはアズラム様その人だった。矢をはね返した強風は聖紋『狂飆きょうひょう』の力だったというわけさ」

「おお、戦っていたのはアズラム様本人だったというわけですね!なんと大胆不敵な!」

「聖紋の力を見て仰天したのはエリュトリスの連中だ。アズラム様は暴風で都市同盟軍をなぎ倒しつつただ一騎で戦っていたんだが、同盟軍は大軍だ。さすがに主君の危機を指をくわえてみている訳にはいかず、全軍が城から打って出て死に物狂いで戦ったんだ。勢いに押された同盟軍は崩れ立ち、アズラム様の戦槌はもう少しでファルクを捉えそうになっていたんだが、奴はすんでのところで逃げおおせた。だが、奴の運命もこれまでだった」

「何があったんですか?」

這々ほうほうの体で撤退する途中、フリュギア山の麓でエルタンシアの南方諸侯の軍に出くわしたのさ。おそらくは奴らの中に鳥使いの斥候でもいたんだろう、素早く沿海都市同盟の敗戦を知って駆けつけてきたわけだ。結局、諸侯軍の追撃を受けて沿海都市同盟は五千近い兵を失い、ファルクもここで戦死したんだ」

「そんなことがあったんですね……では、鉄槌公の名はアズラム様の得物が戦槌だったから、ってことなんですか?」


 ミネアは感慨深げにうなづくと、そう問いかけた。


「実はな、アズラム様が一番得意にしているのは鉄棒だったんだ。だが味方に正体が割れないように、この時は戦槌を手にしていたんだそうだ。一番得意な得物でもない武器で手練の戦士を二人も片付けちまうんだから、なんとも豪気な話じゃないか」

「へええ……」


 感嘆に目を丸くしているミネアの隣で、コーデリアも真剣に話に聞き入っていた。


「戦では、よく潮目を読むことが大事だと言われる。だがアズラム様ほどの方になると、自分で潮目を変えてしまうってことだな。主君が自ら一騎打ちに出るなど、下手すりゃ軽率のそしりを免れない。だが鉄槌公の場合はあえて自分を危地にさらす事で味方の士気を上げるという目論見がちゃんとある。勇気と蛮勇の区別がきちんとついているのさ」

「うむ、確かにダインベルト様とアズラム様、いずれも劣らぬ名将ではあるだろう。しかしそのお二人とこの私を並べようというのは、いささか大袈裟ではないかな」


 ウィルが口を挟むと、コーデリアは少しむっとした表情になった。


「ウィル、貴方だってヘイルラントでは大いに功を立てたではありませんか。貴方の立てた策がなければ、私達は今頃……」

「コーデリア様、あの戦いの主役はエルフ達ですよ」


 そうたしなめられ、コーデリアは黙り込んだ。

 カイザンラッド軍を追い払ったのはエルフの力によるものだと喧伝けんでんするというのが、長老との約束だったのだ。


「ん?詩人さんよ、あんたにも何か武功があるってのかい?」

「いや、これはそんなに大したことじゃない」

 

 オルバスが向けてきた問いを軽く受け流すと、ウィルはオルバスに向き直った。


「ところで英雄談義のついでに、君にはもうひとつ訊きたいことがある」

「なんだい?なんでも訊いてくれよ」

「カイザンラッドの竜将・ヴァルサスをどう思う」

「むむ、あの男か」


 そう問いを向けると、オルバスはこれ以上ないくらいにきつく眉をしかめ、腕組みをして黙り込んでしまった。

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