めめんともり

宇佐つき

めめんともり

 緑に囲まれた地面から、帽子がちょこんと顔を出す。


「かばんちゃん、早く早くー」

「今行くよサーバルちゃん。それにしても長いトンネルだったね、プレーリーさんじゃないなら一体誰が作ったんだろう……」


 帽子を押さえようと手も生える。穴から這い出たかばんは目にした。獣耳を生やした少女ではなく――野生の獣そのものの牙を。


「うわああ食べないでくださーい!」

「……ッ!」


 驚くヒトに対する獣も、ビクッとして退く。真っ赤な口元を隠すように顔を背ける。それからすぐ茂みに隠れてしまった。


「今のは……?」

「フクロオオカミ、ダヨ」


 かばんの腕にまかれたラッキービーストの欠片が喋り出す。


「体ハオオカミニ似テルケド、コアラヤカンガルート同ジ袋ヲ持ッテイルンダ」

「フレンズさん、ではないみたいですけど」

「クン、セルリアンに食べられて、クンクン、自然の姿に戻っちゃったんだよ」


 先に外に出ていたサーバルが説明を補足した。しきりに鼻を震わせながら。かばんも臭いに気付くが、サーバルと違って嗅ぎ慣れていない臭いだった。


「血の臭いがする。誰か襲われて怪我したのかも……大変だよ!」

「襲われ……?」

「たまーにあるんだ。フレンズじゃなくなると私達のことも忘れちゃうから。心配だから見てきていい?」

「ぼ、ぼくも行くよ」


 二人は手を繋いで藪の中に飛び込む。野獣とは逆方向に。一歩進むごとに、生々しさは増していくのだった。




 香りが充満する。周りの木が避けるようにして開けた現場に着くと、一人のフレンズが赤みを帯びていた。サーバルが慌ただしく声を掛ける。


「君、大丈夫? さっきフクロオオカミと会ったんだけど……」


 相手はすぐに答えない。地面にしゃがみ込んで俯いている。赤く塗らした手で臭いの元をそっと包むようにして。


「……ヤブワラビーが、食べられちゃった」


 ワンテンポ置いて答えが返ってくるが、聞くよりも見た方が早かった。

 かばんは釘付けになる。無残にも赤い肉と骨を晒す、小動物の残骸に。初めて見るのだから仕方ない、ナマの「死」というものを。思わず息を呑む。


「どう、しちゃったんですか」

「あ、私……ヒメウォンバットって言うの……よろしく」

「私はサーバルキャットのサーバルだよ。こっちはかばんちゃん。ウォンバットは無事で良かったけど、何があったか教えてくれない?」

「ヤブワラビー、フクロオオカミとはよく遊んでて……」

「カンガルーノ仲間デ小サイノガワラビーダヨ。ジョーイト呼バレルコトモアルンダ。チナミニフクロオオカミハ肉食デ、コウシタ小型ノ動物ヲ食ベテイタンダッテ」


 スローペースなウォンバットと会話が噛み合わないうちに、ラッキービーストまで割って入る。もっとも聡明なかばんには今ので事態を概ね把握できた。

 フレンズであれば、捕食者も、被食者も、友達になれる。

 裏を返せば、フレンズでなくなれば、「友達」ではいられなくなる。


「そんな、そんなことって……」


 自然界ではありふれたこと。けれどヒトのかばんには、悲劇に思えた。


「……どうしたの? 目から水が……大変」

「ごめんなさい、ウォンバットさんの方が辛いのに」

「拭いてあげる……じゃあ楽しかったこと話すよ」


 ウォンバットはゆっくりと、思い出話を始めた。引っ込み思案だが優しいフクロオオカミと真面目でしっかり者のヤブワラビーが互いを支え合う良いコンビだったこと。マイペースな自分とも仲良くしてくれて嬉しかったこと。セルリアンに襲われた時、二人が引きつけてくれたこと――その顛末までは口にせず。

 その頃にはサーバルも事態を飲み込めて、ウォンバットを慰めようとしていた。似た経験は大なり小なり、パークに住む者にはあるからして。


「そろそろなわばりに戻ってさ、ジャパリまんでも食べよ。ずっとここにいたって仕方ないよ」

「……うん。でも、あの子を置いていけない……私すぐ迷子になっちゃうから、二度と会いに来れなくなるから、嫌なの……忘れたくないの」

「どうしようかばんちゃん、私もウォンバットを放っておけないよ」


 もう辺りが暗くなってきたのに、ウォンバットは梃でも動こうとしない。相方に期待の眼差しを向けられて、かばんは知恵を絞り出そうとする。いつものように。


「うーん……あっ、ウォンバットさんのなわばりの近くに、ヤブワラビーさんを埋めてあげたらどうでしょうか」

「埋めちゃうの? 余計わからなくなるんじゃない?」

「わかるように上から目印になる物……例えば大きめの石を置いてみるとか。木の枝を立ててみるとか」

「オ墓ノコトダネ。死者ヲ弔ウタメノモノダヨ」

「お墓? なにそれなにそれ、作ってみようよ! きっとワラビーも喜ぶよ」


 ウォンバットもコクリと頷いて、ようやく立ち上がった。友達の亡骸をすくい上げ、大事にポケットにしまって。


「じゃあこっち……あっち?」


 早速右往左往する方向音痴を先頭に、フレンズ達はその場を後にした。




「このトンネル、ウォンバットさんが掘ったものだったんですねー」

「ウォンバットハ穴ヲ掘ッテ巣穴ヲ作ル動物ダヨ。長イ物デハ数十メートルニモナルンダ」

「掘るのは得意……じゃあここに埋めるね」


 地下空洞を通り抜け、今日の冒険のスタート地点に戻ってきた。深い穴のすぐ近くにもう一つ、浅い穴が瞬く間に出来る。

 ウォンバットが丁寧に友達を埋葬していく間に、サーバルは道端に生えている看板を引っこ抜いて持ってきた。しかし目印としてはまだ足りないような気がして、読めない標識を見つめていた。ヒトのように妙案を思いつけないものかと。


「そうだ、かばんちゃん、ここにワラビーのお墓だって文字を書くの、どうかな?」

「それ、いいね! ありがとうサーバルちゃん、えーっと、何か先の尖った硬い石を探してきてもらっていい?」

「わかった!」

「……かばん、これ、あの子の骨……くっつけるの出来る?」

「あ、サンドスターが当たったら、またフレンズになれるかもしれないもんね」

「そうですね、そうしましょう!」


 こうして碑銘が刻まれ遺物が供えられ、ちょうど日が暮れると共に無事作業を終えた。


「やったー完成ー! 良かったねウォンバット」

「ありがとう、かばん、サーバル。お墓作ってくれて……」

「いいのいいの。だって私達、もうお友達だもん! いつかワラビーともお話ししたいね! あれ? 今の鳴き声……」


 ガサゴサと草の揺れる音も聞いて、後ろを向くサーバル。続いてかばんも振り返って見た。

 ――そこにいたのは、野生化したフクロオオカミ。

 しかし遅れてウォンバットが気付いた時には、そそくさと去ってしまっていた。深い森の奥へ。


「また、皆、友達に……」


 取り残された彼女は、彼方を見つめていた。




「かばんちゃん、私、食べないよ!」

「ふぇ?」


 ウォンバットと別れた帰り道、突然サーバルはかばんにもたれかかった。体の震えを直に伝えて。


「もし、もしね。元の動物に戻っても、かばんちゃんを食べちゃいたくなっても、近づかないよう頑張るから。フクロオオカミもさ、本当は食べたくなかったと思うから」

「サーバルちゃん……」

「だから……ね、何も食べずに死んじゃったら、その時は私のお墓を作ってほしいの。お願い、いいかな」


 眼を擦りかばんは強く抱き返す。傍らの大切な命を、確かに感じたくて。


「わかった。約束する。絶対絶対、忘れない。サーバルちゃんのこと、忘れないから」

「約束だよ」


 そう言ってサーバルは瞳に、キラキラと光る星と帽子を焼き付けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

めめんともり 宇佐つき @usajou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ