明日、燃え上がった。

禮矧いう

第1話

大学入試センター試験まであと三週間、受験生としては最も辛く、忙しい期間に入っている。にもかかわらず、明俊規あきらとしきは読書をしながら、ラップトップで塾の映像授業を流していた。

 一時は難関と呼ばれるような大学も視野に入るほどの学力を誇っていた俊規だが、三学年のある時期を境に、机に向かい学習を行う努力を行わなくなった。ここ数か月、机に向かった時間のほぼ全てを費やし、高一の頃から貯めていた積読の消費をしているばかりだ。

 本来ならば時間が足らないことを恨む日々を送り、起きている時間のほぼ全てを勉強に費やす期間に遊んだいるのだ、模試の偏差値は緩やかに収束して、今では国公立大に合格すれば御の字というところだ。

 流石にあとすこしということを自覚したのだろうか。今日は珍しくラップトップを開け、滞っていた映像授業をつけたが、結局、読書へと戻ってしまっている。

 俊規は読み終わった文庫を本棚にしまおうと顔を上げて机の向かいの窓の外を見る。するといつもとは違う光景が広がっていることに気がついた。

「赤い。」

 薄いカーテンの向こう側が赤いのだ。すぐにその布を開き、窓に顔を近づける。

 火だ。

 火事に違いない。

 田舎で、塊村とはいえ家々の間隔の広いこの地区では思いの外遠くの家まで見通せる。その家のどの家かを特定するには光量不足だが、舞い上がる火の粉と、空中に漂って緋色に照らされている煙はそれほど遠くないように思える。

 俊規はまた椅子に座り、そのまま手を伸ばした所にある本棚の空きに文庫を立てる。その後、ラップトップのディスプレイに向かう。動画をバックグラウンドに移し、よく利用しているSNSを開ける。それから短文投稿のページを開け、

『家の近所で火事かも?』

 と打ち込み、俊規は投稿ボタンを押そうとする。

 しかし、その時、近所のおじさんが

「火事だぞ。」

と叫び、火事の起きている方へだろうか、走っていく音が聞こえた。

 その音は俊規の指を一瞬止めるだけだった。

 しかし、その一瞬は俊規が考えを巡らすには十分だった。この行為は間違った行為ではないのか、人を嫌な気持ちにする行為ではないのかという考えを。

 投稿するまでには自分の友人や、後輩、などの反応がすこし楽しみくらいにしか考えなかったが、その叫び声を聞いたことによって冷静になった。

 その一文は、写真を添付しているわけでも、火事の現場近くに物見遊山で向かい、その場で書いたものでもない。自宅の自室、それも勉強机に向かったままで書いたものだ。だから、興味本位で火事という、人の不幸をわざわざ見に行っている訳ではない。けれど、俊規は自分の行おうとしたことも本質的には同じではないのかと考えた。

 どちらも当事者にとっては、同じ煩わしいことに違いないのだ。そんなに優しいものではないのかもしれない。

 憎らしい。そういった言葉が出るほどの気持ちがあるかもしれない。

 悪気があろうとなかろうと、自分が苦しい時、目立った時、他人が近くに群がる。

 その人たちの多くは助けの手を伸ばしてくれるだろう。しかし、その手の多くは伸ばしているだけなのだ。掴む気などない。

 それはこの受験期に入ってよくわかった。

 それは勘違いなのかもしれない。

 けれど、誰も俊規の気持ちを鑑みて話をしてくれることはなかった。

 俊規はラップトップを閉じた。



 なんでこうなった。

 いや、まあ、運が悪かっただけなのだけれども……。

「おい、トシ!お前何組?」

 新年度初登校の朝、学年掲示板の前で、有原ありはらタツキが三年のクラス替えの結果を聞いてきた。

「んぁ、八組。幹夫みきおさん。」

「マジ?」

 俺が組と担任を答えると、タツキは片方の頰を引きつらせて少し心配そうに言った。

「マジ。」

 俺はすぐに同じ言葉をため息をつくように発した。

「うっわ。お前……、大丈夫かよ。あの人と仲悪いじゃん。」

「うん。まあ、仲が悪いというのとはちょっと違うから……、大丈夫。事務的なことはさ、ちゃんとやってくれるだろうし……。」

 俺は自分でもよく分からないが、言い訳をしてしまう。事務的なことすらやらない教師は流石にいないだろうに……。

「そうか。まあ、がんばれよ。俺はまた、初子はつこちゃんのクラスだから来いよ。」

「もちろん。」

「残念だよな。また、同じクラスで席が前後だったら面白かったのに。」

 俺もそう思う。

 自分はそう言いたかったのに何故か強がってしまって

「まあ、仕方ないよ。」と答える。

 多分、この一年の自分が心配なのだ。受験期に人格、能力ともに信頼の置けない担任と付き合っていかなければいけない。その不安が胸の内側の深いところで渦巻いているのを感じる。けれど、けれどそれを認めてしまったらもう手が付けられないほどに自分がわがままに、自暴自棄になってしまうような気持になるに違いない。

 だから俺は大丈夫なふりをして見栄を切る。

「……まあ、がんばろうぜ。」とタツキは答える。

「おう。じゃあ、行くか。」

 俺はタツキとともに違う下駄箱に向かって歩み始める。

 まあ、何とかなる。

 下足室を出てからはタツキの教室と俺の教室は反対方向だったので一人で新しいクラスへと向かう。タツキとはお互い違う部活で忙しかったし、俺はあまり交友関係を広げるようなタイプではなかったので、特に親しい間柄ではなかった。けれど、席が前後で、彼は気さくなタイプなので比較的仲の良いクラスメイトだった。

 普段は特に何とも思っていなかったけれど、今度のクラスで後ろを向いたときあいつがいないのは何だか残念な気持ちになった。

 ……いや、これは違う。多分、その気持ちは偽物なのだろう。自分の心配事はそこには無い。

 違う心配の代替だ。

 この肺と心臓が縮んでしまうようなぐちゃぐちゃな、いろんなことが混ざって、入り乱れて出来ている気持ちの中のほんの小さな、殆ど意味のない原因を取り出しているだけなのだ。

 ごまかしているのだろう。

 今は何が本質なのかわからない。

 見つけるのは怖い。

 ああ、考えるのをやめよう。

 俺は新しいクラスに着くまでに暗い気持ちから抜け出そうと軽く笑顔を作る。

 マスクをしているから他の人にはわからないはずだ。

 クラスに入ると自分の席の隣になるであろう場所に見知った顔を見つけた。

 何だか少し大丈夫な気がした。

 

 

 やっぱり駄目だったか。

 このおっさん、全く話をする気がない。

 いや、ペチャクチャと話すことは間違いなくしている。親と話を合わせて勝手に話を進めているというのが正しい。

 先程から二人は俺に割り込む隙を与えず、俺の未来の話を続けている。

 担任は学校の進学成績をあげるため。

 親は自分のプライドのため。

 俺はいつも置いてけぼりになる。

 だからこの担任は嫌だったのだ。一年生の時も同じだった。こいつは俺の話を聞くことに意味を見出していないのだ。――おそらくガムの包み紙の方が大切にしているだろう。

 一年から二年に上がって担任が変ったときに、高校の先生はこんなにも生徒の話を聞いてくれるのかと驚いたほどだ。けれど、また元通りだ。俺の主張は初めに軽く聞いて、さらっと流し、自分の進めたい話を延々とする。

 親も、担任の考えに近いため、そちらの話を盛り上げるだけだ。こちらも俺の話なんて土産の包装紙くらいにしか思ってない。担任との話の掴みくらいの価値しか見出していない。内容はもう決定事項なのだ。その確認を担任としたいだけだ。

 三年生夏休み前、三者面談という志望校決定を行う大切な行事であるはずなのに、俺はつまらなくなって空を見つめている。

 もうどこにも焦点を合わしていない。たぶん絵で描いたら、瞳はベタに黒く塗るだけで済むだろう。光なんて入れる必要はない。

「おい、明君。聞いているのか。君の話をしているんだぞ。責任をもって聞きなさい。」

「そうよ、俊規!あなたはいつも自分のことを他人事のようにしか考えていないのだから。あなたの未来なのよ!」

 先程まで話し込んでいた二人が、突然話しかけてきた。

 二人の内では何らかの脈絡と言うことがあったのかもしれないが、上の空だった俺には分からない。どうせ自分達のいいように話しているのだ、もう俺から話せることはない。

 俺はどう答えていいものかと思い、担任と親の顔を一度ずつじっと見て

「まあ、いいんじゃないすか。どこでも。」

 と軽く答える。

 すると、担任は椅子にふんぞり返って俺を睨んだ。

「君はどういうつもりなんだ。受験というものをなめているのか。」

「いえ、そんなつもりはありませんが。」

「なら、その君の態度についてどう説明できるのだ。」

「はい?」

 ――説明も何もお前らのせいだろうに。

 まあ、いい訳だと言われるだけだろうけれど。

「……君のようにやる気のない態度では周りの子に悪い影響を与えかねない。君は、君だけでなく、周りの子の未来にも責任を取れるのか。」

 確かに俺の今、この時の状態で教室にいたら、第一志望を目指して努力している級友たちの雰囲気を壊す一要因になるかもしれない。けれど、これからは夏休みでわざわざ学校の自習室に来てそんな周りの足を引っ張る気は毛頭ない。それならば、家の自室で寝ていた方がよほど有意義であるし、第一、今はこういう態度をとっているが、基本的に平日五時間、休日十時間の勉強時間は確保している。只、今の状況に不満だからこういう態度を取っているだけなのだ。

 なぜそれがわからない。

 それが分からないからそうなるのか。

 俺は少しめんどくさくなって足を組み、椅子の背もたれに体重を乗せる。

「ふっ、無理ですね。」

 哂うつもりは全くなかったのだが、思わず失笑してしまった。

 何だか少し可笑しくなってきたのだ。狂ってきただけなのかもしれない。

 担任は眉間にしわを寄せ、目を軽く閉じ

「やる気がないなら出ていけ。」

 唸るような声で言った。

 やる気ならある。

 志望校を自分で決められないことに腹を立てているだけだ。

 俺は担任の開いていない目をじっと睨む。

「やる気が無い奴の為に時間を取られるのは無駄だ。」

「ええ、そうよ。他の生徒さんに迷惑がかかるわ!真面目にしなさい。先生の話が聞けないのなら学校にいる意味ないわよ。」

 親はやっぱり先生の味方か。

 四面楚歌。

「お母さんの言う通りです。高卒認定を受けたら大学には行けるので、学校生活を重んじないのであれば、退学してもらっても構わない。」

 さいで。

 なんだろう。

 俺の伝えたいことは取り入れられないにもかかわらず、俺が何故か怒られ始めている。

 自分の話を聞いてくれないことですらいい心持ちがしていないのだ。いわんや怒られればおや。

「ああ、はいそうですか。」

 俺は自分の荷物を取って席を立つ。

 そこからすぐに教室を出て、階下の下駄箱に小走りで向かう。

 教室からでる時に担任は怒鳴り、親は叫んでいたが、もうどうでもいい。どうしたって自分の話は聞いて貰えないのだ。はやく逃げてしまおう。

 下足室を抜ける。

 どこに行こうか。

 取り敢えず人のいない方へ行こうと思い、この時期にあまり使われていない理科棟に向かう。

 あそこなら授業棟からは離れているから多分見つからないし、今は何もしていないだろう。取り敢えずあの人たちとの冷却期間をとらなければまともに話などできないだろう。

 取り敢えず逃げよう。

 取り敢えず。

 とり、あえず……。



「あっ、アキ、久しぶり。おはよう。早いね。」

 八月。最初の土曜日。

マーク模試の為、久方ぶりに学校へやって来た。

二週間程度学校に来ていなかっただけなのに感覚がくるっていて、思ったより早く学校についてしまっていた。特に何かをやる気はなかったので、誰も居ない教室で席に座って単語帳をペラペラめくっている。すると、後ろから、少ししゃがれた女子の声が聞こえた。

「おお、おはよう。シチ、お前も早いな。」

 そこにいたのは、滝谷たきやシチカ。中学から同じで、その六年間うち、四年を同じクラスだ。大方席が近くなので、知らないうちに話すようになった。

「そう?私はいつもこの時間。バスがこの時間だからね。」

「ああ、そっか、大変だな。早起き。」

「いや、でもそっちのが遠いよ。電車、遠回りだし。」

 シチカは笑ってそう言った。シチカと俺は同じ中学校区だけれど、住んでいる地区が違うので、通学方法が違うのだ。

「まあ、でも本数はこっちのが多いから、融通は聞くけどな。」

「それはそうかも。」

 シチは頷きながら椅子に座り、こっちを向く。

「で、なんでこんなに早いの?ここ二年でこんなに早く来たの初めてじゃん。」

「……まあ、親と喧嘩してて。」

 俺は正直に白状する。

「また?まあ、それならすぐ仲直りするんでしょ?」

「いや、それが……。」

 俺は答えに詰まる。

「ん?違うの?」

「なんというか、この前の面談に喧嘩して以来ずっとなんだよ。」

「うわ、もう二週間じゃん。」

 俺はまあ、と頭をかく。

「てか、面談で喧嘩したんだ。先生、困ってたでしょ?」

「いや、なんか、先生とも喧嘩しちゃったからもう、どうしていいのやら……。」

「うっわ。じゃあ、家も学校も居ずらいじゃん。どこで勉強してんの?」

「それは、まあ、朝自分で弁当作って図書館行ってる。」 

「そう、大変。」

 そんなことを話していると通学によく使われる電車の第一便に乗ってやってきた生徒が

教室に入ってきた。

 俺とシチは適当に話を変えた。

 あの立体交差点のようにお互いの気持ちがすれ違い、最後には崩れてしまった三者面談の後、退学にこそならなかったものの、親との関係、担任との関係修復はしていない。もう、こちらからはどうすることもできないと三人ともが思っている。だから、受験が終わるまでは冷戦が続くのだろう。

 取り敢えず一日十時間ちょっとの学習時間確保と、模試の受験をこなしていれば何とかなるだろう。

 試験官が入って来た。

 少しでもいい点を取ろうと意気込む。



 九月も末になった。

 九月が始まる前までに親とはなあなあに話くらいはできるようになったが、担任とはまだ事務的な話をするくらいしかできていない。そろそろ何とかしなければならないと思っているが、どうにもならない。

 今日は八月の初めのマーク模試と八月の末に受けた記述模試の結果を合わせた判定が帰って来た。

 親に見せるつもりはさらさらなかった。しかし、どこで調べてきたのかわからないのだが、要求されたので提出した。

 順調な結果が出ていたので、親は満足そうにして頷いていた。

 しかし、志望校の所を見て、親の求める大学が書かれていないのがわかると嫌そうな顔をしたが何も言わなかった。おそらくは、これ以上関係悪化を望んでいないのだろう。けれど、我慢できなかったのか、最後にこれなら難関校も目指せる、と締めくくった。

 最近、こうやってチクチクと折を見て隙を見て親は要求を伝えてくる。

 正直うっとうしい。

 うちの親は基本放任主義だ。共働きであまり家にいないこともあり、もっぱら家事は兄と俺の担当だったし、成績の管理も個人で行った。しかし、兄は独立し、俺は受験期に入り家のことで上手く回らなくなった。単純に俺だけでは時間が足らないのだ。

 だから、親は家事を手伝ってくれるようになった。ゴミ捨てを引き受けてくれるようになったところから始まり、風呂洗い、洗濯、そして、いつの間にか夕飯まで作るようになった。正直これはとても助かった。やはり、勉強すればするほどしなくてはいけない所が見つかる。それを消費していくだけで、一日が終わってしまう。家事を一人で回していくのは無理だ。

 とはいえ困ったこともあった。親は俺の進学、成績に関してまで首を突っ込んでくるようになった。確かに、お金以外のことに対して、生活を親に頼るのであるから、他の事も干渉されてしかるべきであろう。しかし、今まで、中学の頃から兄のも俺のも成績など見たことなかった親なのだ。俺の行きたい大学、やりたいことなど理解せず、より名前の売れた難関大学に行くことにこだわる。

 兄の時にはなるべく俺が家事をするようにしていたので親は殆ど関わらなかった。けれど兄は俺よりも頭が良かったので確実に受かるといわれて難関校に入っていった。しかし、俺はそうもいかない。

 まずもって今までの偏差値は兄よりも低い。それに浪人することを覚悟して受験をするほどに難関校に行きたいという気概もない。

 それで受かるはずがないのだ。偏差値だけ見て目指す価値はある程度の先生の口車に乗せられてしまってはいけないのだ。あの先生は落ちたら浪人すればいいから、挑戦しろとか言うのだから。

 そういうことを何度言っても親には伝わらない。否、話を聞いてさえくれない。今まで、自分たちでやってきて、この最後の時になって割り込んできて話がこじれるのだ。

 あの三者面談以来声を大にして言うことはなくなったが、それでもまだことあるごとに言ってくる。

 俺はこれが進歩には思えない。逆に絶対あきらめないという親の強い気持ちが見えていて反吐が出る。

 本当に面倒だ。

 何か重要なことがあったときだけ近寄ってくる。

 面倒だ。

 何もしたくない。



 俊規は駅に立っていた。

 今日は大学入試センター試験一日目。

 年末、火事にあった家は建て直し前の地鎮祭をしていた。近くの神主が祝詞を唱え始めるところを通り過ぎて俊規は駅までやって来た。家主は神妙な顔で頭を下げていた。

 あの火事では死人どころか怪我人すら出なかった。出火原因は漏電。その日、家には誰も居なかった。

 俊規は溜息をついてきた電車に乗る。

 電車の中は色々な学校の生徒でごった返していた。みんなセンター試験に向かうのだろう。俊規は今から同じ受験へ向かう人でも多種多様の行動をしているものだと思った。

 今日行われる科目の参考書を開き、必死に最後のあがきをしている男子。

 音楽を聴いて窓を見、唇を噛んでいる女子。

 友達同士集まって変にテンションが高くなっている中堅高校の生徒達。

 みんな今日の為に幾何かの勉強をしてやってきている。今日のことを人生を決める大事な節目と考えているものも多いだろう。センター試験とはある程度の人にとって人生における重要な行事になっている。

 俊規は無感情だった。

 無感動だった。

 ここ数か月、いい大学へ、第一志望校へ行こうと努力したことは一度もなかった。否、大学という段階へ進もうとさえ思わなくなった。

 だからなのかもしれないが、今日のことをなんとも思わなかった。只、こなさなければならないことをしに行くだけだと思っていた。

 俊規は一応、体裁を取り繕うためにリュックサックから単語帳を出して適当に眺めている。

 俊規は周りの真面目に勉強して志望校を目指す人を馬鹿にしてはいない。只、すごいと思っている。否、尊敬すらしている。

 この受験生活で俊規の学んだことは、人間関係を保つことは容易ではないということ。それから、普段寄ってこないものが来た時は邪魔になるということだ。

 電車が大学前に着く。車内を満たしていた受験生がどっと流れ出る。生徒が多いので改札がつまり流れはゆっくりになる。

 俊規は特に何も考えず歩いた。ただ、周りの緊張感、高揚感に押され少し参っていた。

 大学入口には多くの高校が幟や横断幕を掲げ沢山の教師が各々の生徒を迎えるために待っていた。俊規は面倒くさいと思ったが、遠回りの方が大変だと思いそのまま歩いた。

 途中、転任していった数学の先生に会い少し話したり、握手をしたりした。俊規は今の無気力で、やる気のない現状を恥じた。必死に教えてくれ、今も無垢に応援してくれる人に対し申し訳ない気持ちになった。

 すぐに自分の高校の教師が集まっているところに来た。担任に会うのが嫌だったので素通りしようと思ったが、簡単に引き止められてしまった。担任は嬉しそうに握手を求めてきた。上手く断ることが出来ず、俊規は嫌がりながら軽く握手かわし自分の受ける教室に向かった。

 俊規はこの時すでに恥じたり、申し訳ないと思ったりと言った感情はなくなり、嫌悪感しか抱いていなかった。

 沢山いる教師たちはもう火事の野次馬にしか見えていなかった。

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