マジックマペット
ネムのろ
第1話 大きな時計塔
―ねぇ、知ってる? 大昔、この世界にはね、『マペット』って呼ばれてた人たちがいたんだって。
―知ってるよ。教科書に載ってるもん。いつからか現れて、人の手伝いをはじめたんでしょ?
―そうだよ。なんでもそれが“使命”だったんだって。
―使命? 変なの。もっと別の生き方あっただろうにね。
―いつからか人が戦をはじめても、それも手伝ってくれたんでしょ? その時に気づいたんだよね。普通じゃないって。
―そうそう。人じゃあり得ない力を持ってて、山一つ吹き飛んだって説もあるくらいだよ
―わぁ怖いなぁ。でも、衰退しちゃったんでしょ?
―そうそう。大きすぎる力があるから死んでいったって書いてあったよ。
何を勝手な憶測を言ってるんだか。
たまたま立ち寄ったバーで、たまたま耳にした、この世界のだれもが耳にタコができるほど聞かされてきた『マペット』たちの武勇伝。
いや、武勇伝とは程遠い。
「何も知らないのに勝手にぺちゃくちゃ喋ってさ」
チッ。とその少年は舌打ちをした。
誰もがそうだと信じて疑わない、『マペット』たちの衰退と失敗。恐ろしい力を持っていたがゆえ、ことごとく自らの力に呑まれて消えていったと教科書にまで載ってしまっている。
誰もが疑わない。それが真実だと言い張る。そしてちょくちょく会話をつなぐためのえさとして扱い、途方もない嘘の情報まで流して笑う。
そんな世界が、どことなく間違っていると、『マペット』たちにはなにか理由もあり、隠された真実があるのではと考え始めた彼、イアン・ブルール(15歳)は、溜息とともに自分の隣で優雅にウイスキーを飲む、外見十二歳の少女をチラリと見つめた。
「なんだイアン? どうかしたのか」
「べつに…」
すると彼女はクスリと笑い、席を立つ。
「なんだい嬢ちゃん。もう一杯欲しくねぇのかい? いつものは?」
店の気さくな亭主が彼女へ話しかける。
「今日は一杯だけにしておく。イアンの財布が心配でな」
「なっ! また俺のおごり?!」
「まいど~」
「くっ…!」
悔しそうに財布からお金を主人に渡し、少女の後を追うイアン。
「毎度オレにたからないでもらいたいんだけど…セレネも十分お金稼いでるじゃん」
「細かいことは気にするな。それより、お前は気にし過ぎだぞ」
「なにが?」
「『マペット』の噂話、伝承だ。先ほどの女子たちの会話…気にしてチラチラ見ておっただろう? お前の悪い癖だぞ」
「くっ…! だ、だってさ! 俺悔しいんだよ! みんなみんな、マペットたちの事をさも、狂った人種かなんか言いたい放題でさ!!」
「人種…か…」
セレネは立ち止まり、無機質な顔でポツリ呟いた。
「はたして“人”なのかな」
その彼女の発言に、イアンは悲しみがこもった声色で怒鳴った。
「セレネ!」
彼女はフッと目を閉じ、そして彼へと視線をよこす。微笑しながらだったがどこか悲しげだった。
「わかっている。そう怒鳴るな…異質なものを人が人と認識できないのは、今に始まったことではない」
「それでも、俺は…マペットたちはちゃんと人だって、思っているんだよ」
「イアン…」
「だから、セレネも諦めちゃだめだ。」
「…」
フッと無機質な顔が動き、彼女は笑う。
「わかったよイアン。さぁ、帰ったらおばさんの手伝い…」
途端に彼女は眼を細くし、空気中の何かを見つめるように時計塔を睨む。
「どうしたんだセレネ?」
「いや…気のせいだったみたいだ。気にするな」
「うん…」
彼女と彼が出会ったのは──五年前。
雨の日。
大きな時計塔に迷い込んだ小さな男の子。彼は町で友達と鬼ごっこをしていたのだが、急なドシャ降りによってこの大きな時計塔に雨宿りするはめになった。
中をマジマジと見つめているうちに好奇心から探検しようと動いたのである。
結果、迷ったが。
「外はまだ雨が降ってる。」
体は勿論、濡れている。
と、その時、機械の音だらけのその中で人の歌う声が聞こえた。とても悲しく、神秘的で聞き入ってしまった。
足は自然とその歌声のほうへ。まるで吸い込まれるかのように。複雑な螺旋階段を昇っていき、右のドア、左のドアと入っては階段を昇っていく。
気付くと、彼は時計塔の中心部の奥深くのドアの前に居た。歌声はその中から聞こえてくる。
「何者だ。」
歌っていた声は突如ピタリと歌うのを止めて、トゲのある声色で話しかけてきた。警戒している声である。
しかし、所詮は子供。こんな所に人が居る事の喜びでまったく気にしていない明るい声で話しかけた。
「僕の名前はイアン。このドア開けてもいい? 僕、今一人でさ。」
「…勝手にしたらいい。」
ドアを開けると、ひとつの大きな部屋に出た。その部屋の中心部になにやら変な大きな古時計がある。その真ん中に扉のような物が付いていて普通の時計ではなさそうだ。
「お姉ちゃんはどこにいるの?」
「ここだ」
「この古い大きな時計の中に居るの?」
「そうだ」
「どうして?」
「生まれた時からずっとここに居る。」
「他にだれかいないの?」
「いない。」
「どうしていないの?」
「皆、死んでしまったから。」
「ふーん。」
しばらくたってから、女は扉の向こうにいるイアンに話しかけた。
「一人だといったな? どうしてココへ来た?」
「街で他の友達と遊んでたら雨が降り始めてさ。雨宿りしに来たんだけど、迷っちゃって。」
「そうか…街が出来たのか。」
「え? お姉さん知らなかったの?」
「昔は村だった。そうか、あいつが言っていた事はこう言うことか」
「あいつって?」
「私を一度ここから出してくれた奴だ。」
「へ~。でもさ、出たかったら出ればいいんじゃない? どうして出ないの?」
「出られない。この扉は鍵が無ければ開けられない。」
「鍵?」
イアンは直ぐさま辺りを見回し、角にポツンと置いてある机を発見した。しかし、そこには誰かの骨の遺体が垂れかかっていて、怖くて近づけない。
「お前が来るもっと前に、あいつも来ていた。よく外の事を話してくれたものだ。」
「そのあいつって、どうしたの? もう来てないの?」
「ああ。随分前に話の途中でアイツの声が聞こえなくなっていった。最後に御免と言っていた。何がだと聞いても答えは返ってこなかったな。」
イアンでも解った。きっとその人はあそこで骨になっている人だと。
「…多分、その人「わかっているさ。アイツも死んだのだろう?」…うん。」
「私は、アイツと出会っていろいろな事を知って、アイツによってまたココに閉じ込めてもらった。鍵は捨てろと言っておいた。だからもう、この扉は開かない。」
「え? どうして閉じ込めてもらったの?」
「…」
だが、彼女は答えない。
「ねぇ、お姉さん。」
「…雨が止んだ様だな。早く仲間の元へ行け。」
イアンは彼女との会話に夢中になっていたみたいだ。既に雨は上がり、時計は12時を指している。
「…そして、もう二度とココへは来るな。」
「…え?」
「歌が…歌えなくなるから、もう来るな。」
「え、え? お姉さん、ちょっと」
「誓ったのだ。ここに閉じ込めてもらう際に。あいつと。」
「いつも歌うって言う誓い?」
「ああ。私が朽ちるまで。」
イアンは先ほどからずっと思っていた疑問を聞いてみる事にした。
「出たくない? そこから」
「…二度と御免だ。」
「そっか。」
イアンは最後に思い切って彼女にこう聞いた
「お姉さんのお名前は?」
「…セレネ。」
「バイバイ。セレネさん。僕また来るね!」
そう言って駆け出していく少年のその言葉に、あっけにとられていたセレネは静かに一人呟いた。
「勝手に……しろ。」
時計塔の鐘が鳴る。もう何百年も時を刻み、鐘を鳴らすこの時計塔はこの日から鐘の音が楽しく跳ねるように聞こえ始め、皆の心に響き渡るようになったとか。
「いつかまた、ここから出たいと思ってしまう日が来るのかな? シン。」
彼女はひっそりとそこに横たわっている彼、シンに話しかける。
「お前が死んでから、もう50年だ。ここもあと何年建っていられるかな。」
そういいながら彼女は今日も歌を歌う。
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