第5話

程なくして戦争は悪化の一途を辿り、私の住む田舎町にも爆弾が落とされたり、爆撃機が空中を旋回したりと、恐怖に怯える日々が続いた。

防空壕の中は人々で満杯で息苦しく、耐え難い物があったが、誰も不満は言わず、避難解除の放送をひたすら祈った。


爆撃機が来ない日は、畑を耕したり、配給を配ったりと何かと忙しく働いていたが、ふと思うのはやはりあの方の事ばかりで、暇を見つけては、花の散った桜の木を見に丘へと足を運んだりもした。



「一体いつにらなったら戦争が終わるのかね……」


ため息交じりに母が愚痴をこぼせば、「お国の為に戦って下さっている兵隊達に失礼だぞ」


などと窘める場面もあった。


「沢渡さんの始さんはご無事かしら?」


「先日手紙がきたそうだ。何でも内地勤務でも酷い有り様だそうで、毎日忙しくなさっているとか」


「まぁ。それは大変ですね……。外地の方はきっともっと酷い事に……」


「お父さんもお母さんも、そのお話はやめて夕飯にしましょう」



無理矢理に父母の会話を止め、夕飯の支度をしに台所へと逃げ込んだ。


これ以上、あの方の酷い環境下の話など聞きたくなかったから。



夕飯と言っても野で摘んだ野草に少しの米を入れて雑炊にしたものや、川で釣った魚などである。


配給にも限界があり、如何に栄養を摂ろうとも難しい。

けれどこうして食事ができるのは、本当に有難い事だ。


三人で食卓を囲んで、他愛ない話しをして、食事を終えた。


父は沢渡さんのお宅へ行き、私と母は後片付けに取り掛かる。



「ご無事でご帰還なさればいいのにね……」


母の呟きに黙って頷いた。




「ただいま! おい、柚。お前に沢渡さんの始さんから手紙が届いているって預かって来たぞ」



寝る支度をしていたら、突然父からそんな言葉を言われ、驚いてしまった。



「私に、ですか?」


「ああそうだ」



手紙を受け取り、自室へと向かった。


あの方からの手紙……。私への。


震える手で封を開け、中を取り出した。



『拝啓。桜の花は散り去って、青い葉が繁っている事と思います。

お元気でいられるでしょうか。僕は中々元気とは言えない状況にいます。戦争が酷くなり、怪我や病気をした仲間達が次々と運ばれて来ます。皆、国の為に戦っている者ばかりです。自分としても、何とか力になりたく微力ながら働いています。


こんな中でも思い出すのは、貴女と見たあの桜の事です。戦う勇気をくれます。

次の花が咲く頃、必ず見に行きましょう。

身体に気を付けて。


沢渡始 』



「始さん……」


どうか、どうか、貴方も無事でいて下さい。

お身体を大切にして下さい……!


手紙を胸にそう願った。




「お父さん、沢渡さんにお返事を書きたいのだけれど……」



「返事か……。分かった。沢渡さんに頼んで送って貰おう。しかし、何故お前に手紙なんか……。まぁいい。早く書きなさい」


「ありがとうございます」



早速返事をしたためた。



『お元気でいらっしゃらない事、とても心配しています。こちらは爆撃にあったりもしますが、何とか暮らせています。


兵隊さん達のお怪我やご病気、心配でなりません。非力な自分が恨めしいです。


始さんにおかれましても、心穏やかではいられません。けれど、お国の為に戦っている姿を思い浮かべ、日々の糧にいたします。


桜、必ず見に行きましょう。約束です。


どうかご無事で。お祈りしています。


柚』



丁寧に折り、封をした。


無事に手紙が届きます様にと願いを込めて。


手紙をやり取りする際も検査があると聞くので、あまりの事は書けないけれど、気持ちは繋がっているのだと嬉しくなってしまう。


お元気ではないと、心配ではあるけれど、こうして手紙を書けるのだから、大丈夫なのだろう。


始さんへの手紙を父に託し、そんな事を考えた。



それから、時々始さんから直接うちへ手紙が届く様になり、私も心が踊る様に返事を返した。


けれど内容は段々楽しい物ではなくなり、いよいよ内地勤務の方も実戦の地へと赴く事になるらしい……。



『自分としては、怪我はしたものの今は何の異常もありません。兵隊が必要何の今、戦う覚悟を決めました。こうなれば、自分の命がどうのと言ってはいられません。』



『お覚悟、決めたとの事。心よりご武運お祈り申し上げます。皆が一丸となり、戦うしかないのですね……』



『桜の花を見る約束、守れるか分かりません。貴女との折角の約束なのに……』



『約束の事はお気になさらないで下さい。ただ、今はお身体に気をつけて、国の為に………』



涙で文字が滲む。あの丘で交わした約束が思い出され、心が痛い。


実戦の地へと行ってしまう。そうしたら、生きて帰れる筈はない。こんな辛い事があろうとは……。


何とか手紙に封をして、机にしまった。





「柚! 柚はいるか!」


翌日父の声に驚いて、急いて布団から飛び起きた。



「お父さん、どうかしたの……?」


「ああ、今しがた組の者が来てな。沢渡さんのご次男さんが実戦地へ赴く前に受けた検査でご病気が見つかったそうだ……。内々の話だが、お前には知らせようと思って。ワシは今から沢渡家へお見舞いへ行って来る」



そうまくし立てて家を出て行ってしまった。


「ご病気なんて……。柚、何も聞いてないの?」


「ええ……。お手紙には何も」


「そう……」



目の前が真っ暗になった。始さんがご病気?

そんな事、信じられない。


どんな病気で、何処で治療をなさるのだろう。お話はできるのだろうか。お手紙は……。



その日一日中そればかりが頭を占め、気になって仕方がなかった。



夜になり、父が帰宅した。


「沢渡のご主人の言う事は、始さんは胸のご病気を患ったらしい。今はそんなに悪くはない様だがらなにぶん薬が足りない。近々他の場所の病院へ移るそうだ。ご主人も詳しい事は聞かされてはいないらしい……」



「では、実戦地へは?」


「当然行けないだろう……。とても残念な事だ。どちらにせよ……」



父の声が遠くに聞こえる。始さんが胸の病気を患ったなんて……。

治るのだろうか。


心配で仕方がなかったけれど、私にはどうにもならない現実だった。

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