第13話 トウコウ アトヘン ソノイチ
む・・・う・・・・・・
カーテンから差し込む朝日の薄明かり
俺はぼうっとした頭でゆっくりと目を開いた
壁の時計はいつもの起きる時間より1時間以上早い
昨日早い時間に寝たせいだろう
それに・・・今朝もおかしな夢を見ていた気がする
内容はやっぱり思い出せないが、
微かに首筋や胸元にくすぐったい感触が残っている
・・・まあ、思い出せない夢の事を考えてても仕方ない
目覚ましが鳴るまであと3、40分はある
もうしばらく、このまどろみを楽しんでいよう
朝の僅かな、この夢うつつの時間が俺は何より好きなのだ
そんな事を考えながら腕の中の抱き枕を、ぎゅっと抱きしめ深く息を吸い込んだ
微かな甘い香りが鼻腔を満たし、腕の中にほどよい弾力を感じる
・・・・・・甘い香り?それになんか・・・
いつもとは違う感触に違和感を感じた時、
「ん・・・・・・少し・・・・痛い・・・・・・・」
胸元から、くぐもった声が聞こえた・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
まどろみから一気に頭が覚醒した
掛け布団をはだけ、慌てて自分が抱いている物を確認する
それは抱き枕ではなく、・・・女の子の体だった
「なななななな・・・・!?」
驚愕のあまり声にならない
寝ている間に俺愛用の抱き枕が美少女に変身した?
何?それなんてギャルゲー?
いや、むしろエロゲー?
いやいやいや、そんなエロファンタジーあってたまるか
冷静に考えて抱き枕が女の子に変わるわけがない
ほら、よく見てみろ
俺の抱き枕はそこの床に転がってるし、俺の胸に顔を埋めて寝ているのも、
確かに美少女には違いないが良く見れば園崎じゃないか・・・・・って、
だからなんでだよ!?
ますます混乱に拍車がかかる
そんな俺の混乱とは裏腹に、腕の中の園崎は
「はふ・・・」
と、可愛らしいあくびを一つした後、少し寝ぼけているのか甘えたような声で
「おはよ、経吾」
と言ってにっこりと微笑んだ
顔にかかった前髪が片目を隠しているが、やはり園崎に間違いない
「お、お前、なんで・・・・」
片肘で半分身を起こした俺の前で、園崎は起き上がって正座で座ると、
「う、ん・・・・・」
と言いながら伸びをした
彼女の格好は学校の制服姿だ
ちなみにニーソはパステルピンクのシマシマ
・・・こんな非常時にもニーソの柄をチェックしてしまう俺は何かの病気なのだろうか?
少し乱れたスカート裾から覗く太股の白さに
色々な疑問がどうでもよくなりかける
「今日はいい天気だぞ経吾」
そう言って笑いかけてくる園崎に俺は慌てて説明を求めた
「いい天気だぞ・・・じゃないって、一体どういう事なんだこの状況は?
ちゃんと説明してくれ」
俺も身を起こして園崎の正面に座り直す
「んー、話せば少し長くなるんだが・・・」
と言って園崎は語り出した
「昨日、明日は待ち合わせて一緒に登校しようということになったじゃないか。間違っても遅れてはいかんと思ってな、昨夜は早めに床についたのだがワクワクしてなかなか寝付けなかった。そうして2、3時間経った辺りで寝るのを諦めて出掛ける準備をすることにしたんだ。シャワーを浴びて新しい下着に替え、クリーニングに出したばかりの替えの制服に着替えた。髪を梳かし念入りに歯を磨いた後、家を出た。駅に着いたがまだ電車が走っていなかったから、タクシーに乗って待ち合わせ場所まで来たんだ。でもまだまだ時間があったからな、少し散歩でもしようかと歩いている内にお前の家の前まで来てしまった。引き返そうとして、ふとお前の部屋を見上げた。経吾はまだ寝ているのだろうな。どんな寝顔をしているのだろう。そう考えたとき網戸の中、窓が少し開いていたのが見えた。そうしたら居ても立っても居られなくなって、気が付いたら塀から屋根に登って窓からお前の部屋に侵入していた。ああ、靴はちゃんと脱いで屋根の上に置いてあるから安心してくれ。そうしてしばらくお前の寝顔を眺めているうちにあることを思い出した。漫画やアニメやラノベなんかでよくあるシチュエーションで幼なじみなどが主人公を起こしに来て布団に潜り込んでそのまま寝てしまうという展開があるじゃないか。それを自分でもやってみたくなった。掛け布団を取るとお前が抱き枕を抱いて寝ていた。邪魔だから剥ぎ取ってそこに放り投げた。するとお前は抱き枕を探してるのか手をバタバタ動かして僕の腕を取った。そのまま僕の身体を引き寄せたお前は僕を抱き枕と勘違いしたらしくギュッと抱きしめてきて放す気配が無い。やれやれ困ったなぁ。おいおい、ちょっと待ってくれ。そんなに尻を鷲掴みにしたらスカートがシワになるじゃないか。しょおがない奴だなあ。足を絡めてそんなにしたら少し痛いぞ。・・・・・・・・ああ、でもお前の腕の中はとても暖かいな。なんだかとても安らぐぞ。少し眠たくなってきた。そういえば寝てないんだったな。僕もここで少し寝かせてくれ。おやすみ・・・経吾・・・・・・
・・・・って感じでそのまま寝てしまって現在に至るという訳だ」
語り終えた彼女に対して俺はどう反応したらいいか混乱の極みだった
「くふ、それにしても・・・寝ている経吾は存外可愛かったぞ。
特に無防備な頸動脈のラインなど・・・
見ているとゾクゾクとして堪らなかったよ」
そう言いながら園崎が舌先で唇を舐めた
怖えよ・・・てかこれ軽く犯罪だって
おまけに純真な殺人衝動抱かれたりして恐すぎタスケテオマワリサン
げんなりして彼女を見ると『どうかした?』って顔で小首を傾げている
片側の前髪が顔にかかって左目を軽く隠しており妙に色っぽい
あーくそー可愛らしいなーちくしょー
これ通報したら逮捕されんの俺ってことになりそうだよなー
美少女ずりーなー
太股白いなー
ぷにぷにしてーなー
色々と理不尽な状況をスケベ心でごまかし心の平穏を保つことにした
ああ、エロは偉大だ
生きる希望をくれる
「大体なあ、いつもお前は・・・・」
園崎に文句を言おうとして身を乗り出し、体の前に両手をつく
だが体重をかけた瞬間、右腕が肘からカクンとなった
え、力が入らない?
そうか、寝てたとき園崎の体の下にあったから痺れて・・・
背中から床に落ちながらそのことに気付いた
ドサッ!!!!
「ぐお!!」
かろうじて頭から落ちるのは免れたが、背中を強く打ち付けて軽く呼吸が止まる
「だ、大丈夫か!?経吾」
園崎が慌ててベッドから降りて俺の傍らに跪く
「つつ・・・・ああ、大丈…っ!!」
再び呼吸が止まる
目の前に園崎の縞ニーソの膝があった
その奥にはスベスベのフトモモ
さらにその奥、スカートの薄暗がりの中
ニーソとは別のパステルピンクのシマシマがあった
距離にして約30センチ程の至近距離
先日のガラス扉に映り込んだのを見た時とは比べ物にならない破壊力だ
その映像が強烈に網膜へと焼きつく
何故かその瞬間、脳裏に小学校の担任の言葉が甦る
ああ、あれは理科の授業だったな・・・
『あー、太陽を直接見たらいかんぞ。網膜が傷ついちまうからな』
太陽じゃないスけど、それに比するものを直接見ちゃいました先生・・・
ま、また鼻血が出そ・・・
だがその時、ドアの外から届いた声に血の気が引いた
「ちょっと経吾!?なんか今、凄い音したけど大丈夫?」
ベッドから落ちた音を聞き付けて、母さんが上がってきたのだ
ヤバイ!
こんな状況、言い逃れ出来ない
どう考えても、俺が夜中に園崎を引っ張り込んだとしか見えないだろう
「マ、マズイ・・・隠れろ園崎っ」
母さんがドアを開けるのと、園崎がベッドを踏み台に窓の外に消えるのが
ほぼ同時だった
「だ、大丈夫?・・・アンタ、ベッドから落ちたの」
ドアから顔を覗かせ母さんが呆れた顔をする
「あ、ああ・・・平気平気・・・ははは・・・」
俺はごまかすように渇いた笑いで返した
「子供じゃあるまいし・・・気をつけなさいよね」
そう言いながら母さんはドアを閉めた
じゅ、寿命が縮んだ・・・
それにしても・・・・、
俺は園崎が消えていった窓を眺めてため息をつく
相変わらず信じられないほどの身のこなしだ
「ニンジャかよ・・・ってアサシンだったっけ」
だからなんだよアサシンて・・・
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一階に降りて急いで顔を洗い歯を磨いて身仕度を整えると、母さんに
「急いで出るから朝食はいらない」
と告げた
さすがに外で待っているであろう園崎を放って置いて、
ゆっくり食べてなんていられない
一度部屋に戻って鞄を手にする
部屋を出ようとして一度振り返り、ベッドに視線を向けた
掛け布団がはだけたままになっている
俺はベッドに戻ると掛け布団をキッチリと整えた
いや、深い意味はないぞ・・・
別に園崎の残り香を保存しときたかった、とか考えたわけじゃないからな
急いで玄関に降り、靴を履きつつ出て行こうとする俺の口に、
「ほら、これくらい食べて行きなさい」
と母さんが食パンを突っ込んできた
家を出て数歩歩くと、
「くくく・・・待っていたぞクロウ」
というセリフと共に園崎が電柱の影から姿を現した
なんてベタな登場だ
今日も朝から中二病全開だな
しかも今日はいつもの十字架型の髪飾りを外して、
長い前髪で顔の半分を隠している
前髪、いつも纏めてたから気付かなかったけど
左右で長さが非対称になってたんだな
左目が隠れてるが・・・・邪気眼・・・・て言うんだっけ?
今日はそういう設定なのか?
まあ、敢えて指摘はすまい・・・
俺は食パンをくわえたまま、げんなりとした笑顔を返した
だが、園崎は俺を見ると突然『ハッ』とした表情になり、
「しまったあぁぁ!、そのパターンを失念していたあ!!!」
と叫んだ
「な、なんだよ・・・」
園崎のテンションに多少引く
「『遅刻、遅刻と言いながら食パンをくわえて走って来てぶつかる』っていう
シチュエーションもあった!・・・ど、どうせならそれも試してみればよかった・・・」
園崎の訳のわからない嘆きに、俺は苦笑いを浮かべるしかなかった
・・・でも、解ってるのか園崎?
そのパターンだと『ぶつかって転んだ拍子に俺にパンツ見られる』ってとこまでワンセットになるんだからな
心の中でツッコミつつ、俺はさっきの脳内記録映像を再生しようとする不埒な
シナプス共を抑えこんだ
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
結局パン一枚で足りるはずもないし、園崎も昨日の夜から何も食べてないと言うので、コンビニで朝飯を調達する事にした
「しかし、何もつけてない食パンてのは、すげえ食べづらいよな」
コンビニへの道すがら、半分くらいまで食べた食パンに対して、常日頃から思っていた感想を口にする
まあ、高級ホテルなんかで出されるのやら、市販のものでも『ふんわり』だの『ソフト』だの名乗ってるのは違うのかもしれないが、残念ながらウチでは特売でもないかぎりそんなのは出てこない
「じゃ、じゃあ・・・残りを僕にくれないか?さ、さすがに空腹なんだ」
俺の食パンをチラチラ見ながら園崎がそう言ってくる
「そっか、悪かったな俺一人で食ってて・・・」
俺は食べかけの食パンを園崎に渡した
渡してから気付いたが、これって間接キスになるんじゃ・・・
って何言ってんだよ、バカか俺は。小学生じゃあるまいし
「あ、ありがとう経吾。・・・じゃあ、いただきます」
俺から食パンを受け取った園崎は、何故か神妙な顔でいただきますを言ったあと、それを口の前まで持っていって、一瞬止まる
そうしてから、
ゆっくりと、
俺がかじった部分を、
口に含んだ
妙になまめかしいその唇の動きに目が奪われ・・・慌てて顔を背けた
背けてから横目で園崎の顔を盗み見る
しかしその表情は顔の半面にかかった前髪で伺い知ることは出来なかった
(つづく)
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