第6話 そしてまた刻まれる痕

「ハアッ!!」


園崎が鋭い声と共に攻撃を繰り出す


素早い連続打


上段の右手刀、左裏拳、そして回し蹴り


・・・クッ、速い・・・・・だが、軽い!


「これで・・・トドメッ!」


必殺の踵落としが振り落とされる・・・が、クロスした両腕でガード


防ぎ切った!


渾身の一撃を受け止められ、動きが一瞬止まる


「ここッ!」


足払いで体勢を崩す


「!・・・なッ!?」


そして転倒を待つことなく、浮いた身体へと・・・掌底を叩き込んだ


「ぐはっ」






膝から崩れ落ち・・・その身体は再び立ち上がることは無かった


画面に浮かぶ『2P-WIN』の文字


「くあ~!負けたあ!」


俺の隣で園崎が大袈裟に頭を抱えて悲嘆の声を上げる


「うしッ」


俺は小さくガッツポーズ


なんとか男としての体面は保った


「・・・ふう、流石はクロウだ。参ったよ」


園崎が上気した顔で微笑む


「お前も中々やるじゃん。カンが戻るまで全然勝てなかったもんな」


俺も軽くかいた額の汗を掌で拭いながら答える


「くくく・・・、家で暇つぶしによくやっていてな。割と得意なんだ」


そう言ってニンマリ笑う園崎


あ、解ってると思うけど念のため・・・


俺達がやってたのは画面上のキャラクターを操作して戦わせて遊ぶビデオゲーム


いわゆる格闘ゲーム。格ゲーだ




『・・・クロウ、僕と戦わないか』


そう言った園崎の視線の先にあったものは・・・


ゲーム機などの遊技設備を設置して客に遊技させる営業を行う店舗や

それに類する区画された施設(Wikipediaより引用。url省略)


・・・いわゆるゲームセンター、通称『ゲーセン』だった


「よし、もう一勝負だクロウ」


「今日はもう勘弁してくれ・・・俺の財布はそんなに潤ってないんだ。

これ以上ここでそんなに散財するわけにはいかない」


1プレイ100円でも数が嵩めばバカにならない


「そうか・・・。うん、分かった。今日のところはこのくらいにしておこうか。くくく・・・命拾いしたな、クロウ」


「ちょっと待て、俺の方が勝ち越してたろう?」


「・・・ん、そうだったか?」


そうとぼける園崎だったが、確かに彼女はかなり強かった


実際、俺はそんなにゲームは強い方じゃない


たまに友人達に付き合ってゲーセンで遊んだりはするし、

家でも姉さんがいる頃はよく対戦した


でも、ゲーセンも自分から率先して行くことはないし、家のゲーム機は姉さんの持ち物で就職して家を出るときに持って行ったのでしばらくやっていない


「だいたいこのコントローラーがやりづらいんだ。

僕の実力が100%出し切れない。これがパッドなら・・・」


ゲーム機のスティックをぐりぐりしながら文句を言う園崎


実際のところその通りだと思う


いまやった格ゲーにしても対戦だから勝てたけど、お互いにCPU戦をしたら

園崎の方が高得点だったはずだ


だが格ゲーの対戦プレイは単純な腕だけでは勝敗は決まらない


CPUのような正確だが単調な動きとは違い、人間同士の戦いは

心理戦の一面もある


俺が勝てたのもその辺の要素が大きい


まあ、何とか今回は男子としての面目は保てた


「くく・・・決着は次に持ち越しだな」


園崎はニヤリと不敵に笑う


俺はひとつ溜息をつくと


「分かったよ、また今度な」


といいながら肩をすくめ立ち上がる


「じゃあ、帰ろうぜ」


俺達は店の出口へと歩き始めた




「ちょ、ちょっと待ってくれクロウ」


自動ドアの手前でふいに二の腕を掴まれた


「どうした?」


振り返ると園崎は何時になくそわそわして目を泳がせている


「いや、うん、その、アレだ・・・せっかくだから、その、

・・・あれをやらないか?」


俺の腕を掴んでいるのと反対の手で指し示す方に視線をやると・・・


『ギャル』って感じの二人組が寄り添ってポーズをとっている写真がプリント

された、ビニール製の暖簾のようなもので覆われた四角い物体・・・があった





いわゆるプリクラというヤツだ




・・・・・・・・。


え・・・・・・?




・・・・・・ええ?!


「いや、だからその・・・今日はこの世界に転生を果たした僕達が初めて拳を

交えた記念すべき日だ。なれば写真というカタチで記録を残しておくのも悪く

あるまい」


「いや、でもな・・・」


予想外の展開に俺は慌てる


「い、いいから来い。代金なら僕が出す」


そう言うと園崎は俺の腕を掴んだまま歩き出す


俺は園崎に引っ張られるようにしてついていくしかなかった



結局、手を引かれるまま暖簾状の部分をくぐり中へと入る


中は甘い香水の残り香が充満していて変な気分だ


園崎は数枚のコインを投入するとタッチパネルの操作を始める


「中学の頃・・・まだ前世の記憶を取り戻す前だが・・・

クラスメイトに付き合って撮ったことがあってな。

大体の操作は見ていたから、なんとなく覚えている」


「・・・そ、そうなのか」


二人きりでいることに慣れてきたとはいえ、屋上と違いこんな狭い空間で

一緒にいるのはちょっと緊張する


ましてやプリクラとか家族以外と撮るのは初めてだ


母さんも姉さんも、女ってのはやたらとこういうのを撮りたがるが・・・

コイツも根っこのところはやっぱり女ってことなのかな


「ん?なんだ?」


視線が合う


「べ、別に」


俺は慌てて視線を逸らす


「よし、それじゃポーズの方だが・・・」


「ポーズ?」


「まず足は肩幅より少し広い位置で・・・右手はこう・・水平に伸ばして・・・指の形はこうで・・左手はこう・・肘を曲げて・・・指をこうして・・

顔を半分隠す・・・・・よし!カッコイイぞクロウ!!」


手取り足取り・・・





なんか中二病全開の痛いポーズをとらされた!


「おい、ちょっと待っ・・・・!」


抗議する間もなく撮影開始の音声が鳴り、園崎は正面に振り向くとシャッター音と同時に俺のポーズに対応するような無駄にカッコイイポーズをとった


カシャ


俺の黒歴史に新たな1ページが刻まれた瞬間だった


これが目的だったか!


騙された!!


ちょっとトキメいて損した!!!


「よし、次だクロウ!今度はこうしてこうして・・・」


カシャ


今度は二人、背中合わせになった形での決めポーズ


さらに数回続いた後・・・やっと次で最後の一枚


俺は諦めの境地に達していた


ふっ・・・今度はどんな恥ずかしいポーズだ?


もうどうとでもしろ


だが今度は意外にも、普通に並んで立った姿勢のままで

特に何も指示してくることはなかった


さすがにネタ切れなんだろう


ホッと胸を撫で下ろしながら最後の撮影


そしてシャッターが切れ・・・る瞬間、不意に園崎が腕にしがみついてきた


カシャ


驚く間もなくシャッター音が鳴る


「ど、どうした園崎!?」


腕全体を包み込むような弾力感にドギマギして、上擦った声が出てしまう


「す、すまんクロウ・・・その、バ、バランスを崩してしまって・・・

少し腕を借りた」


顔を伏せたまま、ちょっと震えた声で謝る園崎


「い、いいよ別に、ちょっと驚いただけだから・・・平気か?」


動揺を隠して答える俺に、


「ありがとう、経吾」


そう言って顔を上げた園崎の頬は僅かに上気していて・・・

とても可愛いらしく見えて顔が熱くなる


俺は慌てて顔をそむけ、


「お、終わったし出ようぜ。なんかこん中暑いし」


逃げるように外に出た



撮影の後はいわゆる『落書き』というやつがある


僕に任せておけ、と不敵に笑う園崎に任せて、俺はいろいろな意味で自分自身をクールダウンさせていた


自販機コーナーで缶コーヒーを買って喉を潤す


練乳入りコーヒーの絡み付くような甘さが心地好い


飲み終えて空き缶をごみ箱に入れたところで園崎がやってくるのが見えた


満足そうに満面の笑顔を浮かべている


こうして遠くから眺めていると本当に園崎は美少女だ


すれ違った男たちがみんな振り返って見るくらいに


「ほら、クロウの分だ。受け取れ」


そう言いながら園崎がシール状の写真を渡してくる


店内に備え付けてあったハサミで半分にされたそれは、

名刺より少し大きいくらいのサイズだ


そこに小さく、先ほど撮った写真が並んでいる


見た瞬間、膝から崩れ落ちそうになった


無駄にカッコイイポーズをつけた俺達のまわりに、キラキラした星や

稲妻のようなものが散りばめられ、丸っこい女の子っぽい文字で、


『我等、莫逆之友なり』


とか


『生まれし時違えども死す時は同じ』


などと書かれていた


どこからツっこんでいいか判らん!


莫逆ってどういう意味!?何て読むの!?


「どうだ?カッコイイだろう」


輝くような笑顔でそう言ってくる園崎に俺は引きつった笑みで、


「そ、そうだな・・・」


と答えるのが精一杯だった


「だが、これは他人に見せるのは勘弁してくれ・・・

特にクラスの連中にだけは絶対にだ」


「くふふ・・・わかっているさ」


そう言いながら自分の分を大事そうに財布の中にしまいこむ園崎に、

俺は一抹の不安を禁じ得ないのだった


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


やれやれ・・・人生初の女の子とのツーショットがこんな残念なプリクラとはな


俺はそれを制服の胸ポケットにしまうと玄関のドアをあけた


「ただいま」


言いながら家に入ると母さんが夕食の支度をしているところだった


「お帰り、いつもより遅かったわね」


「ああ、ちょっと・・・友達とゲーセンに寄ってたんだ」


「ふーん、無駄遣いはほどほどにしときなさいよ。・・・あら?」


「わかってるよ。・・・なに?」


振り返りながら小言を言ってくる母さんが俺の顔を見るなり眉をひそめる


「経吾・・・あんたまたそんな顔して」


俺は思わず顔に手を当てる


「べ、別に嬉しい事なんて何もなかったからな!」


逃げるように階段を駆け上がり自室へと入る


制服の胸ポケットからさっきのプリクラを出して眺める


「こんなん全然嬉しくなんかねーっつうの!!」


取り敢えずこんな物、うっかり誰かに見られたら大変だ


俺は少し考えてから、それを机の引き出しの奥へと突っ込んだ


そういえば最後に撮った写真が無かったけど・・・まあ没にしたんだろうな


そう考えた時、あのとき左腕に感じた柔らかい感触を思い出してきて、

慌てて頭を振って考えを払った


◆    ◆    ◆    ◆    ◆    ◆


次の朝、教室に入るとタナカとサトウがいつものようにダベっているのが見えた


園崎はまだ来ていないようだ


片手を上げて挨拶しながら二人の方へ行くと


「よお、聞いたか?あの話」


と、タナカの奴がニヤけ顔で聞いてくる


「あの話って?・・・なんか面白い事でもあったのか?」


俺は鞄を机に起きながらタナカに問いかける


「面白い事っていうより、面白くない事だ」


「なんだそりゃ?」


俺の疑問に今度はサトウが口を開く


「それがさあ。昨日、部室棟で不純異性交遊が目撃されたらしいんだ」


「へえぇ・・・ん?」



あれ?なんかひっかかる



「一年の女子が目撃したらしいんだが・・・

抱き合ってキスしてたらしいんだよ。それも廊下の真ん中で!」


「ブフォ!」


吹いた


ちょっと待て、それって・・・


「くっそー許せねー!なんて羨ましい奴なんだ!

俺達にはカノジョもいねーのに!恋人がいるだけならまだしも・・・

それを見せびらかすように堂々と人前でラブシーンとは!

男の方殺してやりてー!!!!!!」


タナカが怨嗟の声を上げる


「ちょっとタナカ君!朝からバカなこと怒鳴ってないの」


委員長がこちらに歩を進めながらタナカを嗜める


「全く・・・。でも、ホント不謹慎な人達もいたものよね。

校内でそんな破廉恥なことするなんて、信じられないわ、

義川くんもそう思うでしょ?」


「ソ、ソウダネ・・・。でもさ見間違いとかかも?知れないジャン?」


なんか舌が麻痺したように上手く動かん


「どうなんだろ?でもその近くにホヅミ先生がいてね。

一年生から報告を受けて、その方を見たら走り去っていく後ろ姿が

チラッと見えたらしいわ・・・

って、どうしたの義川くん?顔色が青紫色よ!?」


「義川、お前・・・」


タナカの視線に心臓が縮こまる


「解るぜ義川、沸き上がってくるドス黒い妬みの感情が・・・

込み上げてくる怒りにハラワタが煮え繰り返る思いだよなあ・・・

許せないよなあ・・・羨ましいよなあ・・・」


「そ、そうだな・・・」


俺の背中を冷たい汗が流れ落ちる


コイツにだけは絶対に気付かれないようにしないと・・・


「ホズミ先生もかなり問題視してるみたい。

見つけ出してきつく指導するって言ってるみたいよ」


「怖え・・・その指導ってやつは熾烈を極めるだろうな。

教官の妬みの度合いは俺達の比じゃないはずだ・・・年齢比的に、

うぎゃああああ!!!!!」


突然悲鳴を上げるタナカ


いつの間にか背後に立っていたホズミ先生が暗い表情でタナカの頭を

鷲掴みにしていた


「・・・コラ、タナカ。コラ。誰が年増だ?あ?コラ?」


「すんませんすんませんすんません」


謝罪するタナカの頭を解放すると先生は腕組みして全員を見回す


「ふん、失敬な。私は別に妬みなどはない。

校内でそのようなうら・・・不埒な行為をする輩をのさばらせておいては、

他の生徒へも示しがつかんだろう?

・・・二度とそんな真似が出来んようにきつく灸をすえんとな」


そう言いながら口許を暗く歪ませる姿に俺は心の底から恐怖した


「とにかくホームルームの時間だ。お前達さっさと席に着け。

タナカもいつまで床に転がってるつもりだ・・・園崎、貴様もだ」


ホヅミ先生の言葉に振り返ると、ある意味この騒動の元凶といえる女が

ちょうど後ろの扉から教室に入ってくるところだった


園崎は先生のセリフにいつものように「チッ」と一つ舌打ちしつつも

大人しく従う


歩きながら俺の姿を認めると微かに目で笑いかけてきた


その眼差しを受け、俺は複雑な気分で溜息をついた


(つづく)

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