第2話 ハンテン

次の日の朝、俺は教室で重い溜息をつく


例の彼女の姿はまだ教室内には見えていない


学校内で身の危険に怯えるなんてありえない状況に、

俺は頭を抱えるしかなかった


まさか回りに人が居る時に変な事はしてこないだろうが、

相手は思い込みの激しい中二病


油断は出来ない


『前世からの因縁』なんていう訳の解らない理由で刺されたりしたら

シャレにならんぞ・・・


「で?昨日あれからどうなったんだ?」


程なくして登校してきたタナカが、隣から声をかけてきた


「・・・話が通じなかったから、逃げた」


溜息まじりに端的に答えるとタナカの奴はにひひと笑う


「まあ、そうだろうな。それにしてもお前もとんだ災難だな、

新学期早々おかしな奴に絡まれて」


・・・こいつ、絶対面白がってんな


「でもさ、ホントに心当たりないの?彼女が言ってたこと」


右隣からはサトウがそう言ってくる


「ぶはは、前世の記憶ってやつか?

義川もなんとかって奴の生まれ変わりだってか?」


「・・・そんな訳ないだろ。マンガじゃあるまいし」


俺は半眼になってタナカの言葉を全否定する


「だよなあ、そんな面白展開あるわけねーっての。

ま、相手にしなければそのうち諦めるんじゃねーの・・・っと、噂をすれば」


タナカの言葉にそちらに目を向けると、

教室の中へと彼女が入ってくるのが見えた


その途端にクラスの中の音が消える


彼女はそんなクラスメイトの反応など意に解さないかのように、

視線をこちらに向けるとまっすぐに歩いてきた


タナカの奴がニヤニヤ笑いながら


「ほら、お出ましだぜ」


などと小声で囁いてくる


人の気も知らないで面白がりやがって・・・友達甲斐のない奴だ


そうしているうちにも彼女はゆっくりと歩を進めてくる


そして・・・







ニヤニヤ笑いをしているタナカの前で止まった


「って、俺ェ!?」


激しく動揺するタナカ


そんなタナカを彼女は左腕を腰に当てた恰好で見下ろす


「元1年A組タナカトオル君」


抑揚のない声でそう言う


「はい、なんでしょうか?」


タナカは蛇に睨まれたカエルのように身を固め、何故か敬語で答える


それに向かって彼女は口の端を上げ、ニヤリと笑った


どこに出しても恥ずかしくない最上級の・・・


邪悪な笑みだった


元が美少女なだけあってその冷酷を孕んだ微笑には凄みがあり、

思わずタナカが喉の奥から「ヒッ」と小さい悲鳴を上げたほどだ


彼女は右の手をタナカの机の上に置くと、

契約を持ちかける悪魔のような声音で語りかけてきた


「元1年A組タナカトオル君。キミとは一年間同じクラスだったな・・・

そのよしみだ。僕と席を変わってくれないか?」


その提案の内容に驚いた俺は、思わず椅子から体を浮かす


つまりそれって・・・俺の隣!?


慌てた俺は口だけをパクパクと動かし、タナカに『断れ』と訴える


「い、嫌だって言ったら?」


ビビリながらも辛うじてそう答えるタナカ


よし、頑張れタナカ


俺は心の中でタナカを応援する


彼女はそんなタナカの言葉にスッと目を細めると、


「君にとっても悪い話じゃ無いと思うんだがね?

・・・今の僕の席、右斜め前を見たまえ」


と言った


その言葉に振り向くタナカの表情が変わる


そこには明るい色の髪に緩いウェーブをかけた女生徒・・・





フジモリさんが座っていた


「くくく・・・」


含み笑いにハッとなって振り返るタナカ


「お前・・・何を知ってる?」


「別に何も・・・ただ、新しいクラスになったからね。

誰が誰にどんな感情を抱いているのか・・・とか、

人間関係を少々調査しただけだよ」


彼女は見透かしたように目を細めて語り続ける


「フジモリミナ・・・男子からの人気もそれなりにあるものの

未だ彼氏と呼べるような相手がいないらしいな・・・・

席が近いというのはライバルに対して結構なアドバンテージに

なるんじゃないのかな?」


タナカの顔には明らかな動揺の色が見えた


そんなタナカに対して彼女はさらに小声で続ける


「ああ、そうそう・・・斜め後ろから見る

あの娘の頬から顎に掛けてのラインはなかなかに絶妙だぞ

・・・一日見ていても飽きないだろうな」


タナカの喉が大きな音を鳴らす


やがて何かを決意したような引き締まった表情で俺を見ると、


「すまん義川」


と言った


奴は・・・悪魔に魂を売った



「くくく・・・・・ふははは・・・・ふはははははははははははは」


教室内に彼女の笑い声が響き渡りみんなが目を逸らす中、

タナカはいそいそと席を移動していった


・・・・・・


HRの時間になった


やってきた担任が俺の隣に座る彼女に気付き理由を問い詰めるが、

タナカと席を交換したこと、お互いがそれで納得していることを確認すると

それ以上何か言うことはなかった


彼女は「ふっ」と笑うと頬杖をついて俺へと視線を滑らせてくる


射るような視線で俺の頭からつま先までを眺め、

また顔へと戻すと舌で唇を舐めた


可憐とも言える小さな口の隙間から覗いた舌の鮮やかな赤みに、

俺は背筋に冷たい物を感じて身を震わせる


「・・・クロウ。隣同士よろしくな」


囁くような小さな声で言った彼女の顔は微かに上気し、

目には何とも言えない熱が籠もっていた



彼女はさすがに授業中なにかしてくることはなかったが、

始終俺に視線を固定したままで・・・

おかげでまるきり授業の内容は頭に入らなかった



「クロウ、話が・・・」


一限目終了のチャイムが鳴り教師が教室を出て行くと、

俺は彼女からの呼びかけより早く席を立ちダッシュで教室を飛び出した


背後で追いすがる彼女を感じたが構わず廊下をひた走り、

なんとか逃げ切ることができた


そのまま、授業の開始までぶらぶらと時間を潰してから教室に戻ると、

彼女が憮然とした表情で頬杖をつきこちらを見ていた


・・・・


二限目も授業中は平穏だったが終了と同時に俺は再びダッシュで教室を後にした


「ちょ・・・話を聞けクロウ!」


また彼女が追い縋ってくる


俺が逃げるのを予想していたのだろう

さっきより距離が近い


「待てと・・・言っている!」


追いつかれそうになったところで方向転換


廊下の途中、校舎の真ん中にある階段へと向きを変え駆け降りる


だが・・・その時、信じられない事が起こった


俺が踊り場に足をついた瞬間、目の前に彼女が降ってきた


逆光の中、スカートの裾が翻り・・・

膝を曲げて着地の衝撃を殺すと、ゆらりと立ち上がる


上階の手すりを乗り越え、飛び降りてきたのだと脳が理解するのに

数秒間かかった




・・・・・・・・・・。


あー、うん。


なんか無理。逃げらんない・・・




俺の心は折れた



「まったく・・・余計な手間を掛けさせるな。相変わらずせっかちな奴だ。

少しは人の話を聞くということを覚えろ」


顔にかかった前髪をはらいながら、そう言って詰め寄る彼女に対し

俺は後ずさる事しか出来ず、その結果、踊り場の角へと追い詰められてしまった


「ま、待て!俺をどうするつもりだ?

いいか、ここは『ディスガイア』じゃない。法治国家ニッポンだ。

百歩譲って俺がクロウ=ダークネスの生まれ変わりだとしよう。

だが、お前が俺を親の仇として危害を加えたり、

殺害したりするのは法律で禁止されています。

だから前世での因縁など綺麗さっぱり忘れて下さい。お願いします」


テンパった俺は変な言葉遣いになりつつ、目の前の彼女にそう言った


彼女は俺の言葉に一瞬きょとんとした表情をするが、

やがて相好を崩して『くはは』と笑った


「ディスガイア・・・仇・・・懐かしい響きだ。

なるほど、やはりクロウの記憶は完全ではないのだな」


顔を伏せ、呟くようにそう言ったあと、髪を払うようにおもてを上げた


彼女の前髪を留めた、十字架を模した銀色のヘアピンがキラリと輝き、

一瞬目が眩む


「まず安心しろクロウ。僕はお前の敵じゃない。

・・・前世で既に誤解は解けていたはずなのだが、

それも忘れているようだな・・・

お前は僕の仇ではぐああああああああああぁぁぁぁぁあぁ!!?」


突然、彼女が苦悶の表情と共に絶叫を上げる


いつの間にか・・・彼女の背後に担任のホヅミ先生が居り、

その後頭部を右手でガッチリと掴んでいた


「・・・園崎、廊下は走るなといつも言っている

・・・それに階段は飛び降りるものじゃない」


ホヅミ先生は押し殺した声音でそう言う


「放せええええぇぇぇ頭蓋が、頭蓋がああああああ!!!!」


「行くぞ、もう授業の時間だ・・・義川も遅れるな」


先生は絶叫を上げ続ける彼女を、後頭部を掴んだまま引き摺っていく


俺はあっけにとられて見ていたが、授業開始のチャイムが鳴り始めるのを聞き、急いでその後を追いかけたのだった


・・・・・・・・・


先生による頭部へのダメージがかなりの物だったらしく、

彼女は授業中ずっと机に突っ伏していた


そんな彼女を横目に見ながら、俺はさっきの彼女のセリフを思案する


『僕はお前の敵じゃない』


『誤解は解けていた』


あの言葉は本当だろうか


俺の知っているストーリー以降に二人は和解したということか?


ふと気付くと、彼女が机に顔を伏せたまま僅かに頭を傾け、こちらを見ていた


その訴えかけるような眼差しには敵意は感じられない


・・・さっきの言葉、信用しても大丈夫かな


俺は溜め息をつくとノートに走り書きして、それを彼女の方に向けた


『話を聞くから 放課後まで静かに待て』


彼女はそれを読むと、無言でこくこくと頷いた


・・・・・・・・・・


授業が終わり休み時間になったが、先ほどまでと打って変わり

彼女が俺にコンタクトしてくることは一切無かった


どうやら、俺の提案を納得したようだ


昼休みを挟んで午後になってもそれは変わらず、取り敢えずの平穏は保たれた


ただ、始終彼女がこちらをチラ見しては、

そわそわしている姿が視界の隅にあって、ちょっと落ち着かなかったが・・・


終業のHRが終わると、待ちわびていたように彼女は勢い込んで立ち上がった


「やっと放課後だ!クロウ、約束だ!とにかく話を聞いてくれ」


彼女が興奮気味に言う


・・・声がでかいよ。無駄に悪目立ちするじゃないか


周囲からの視線が痛い


俺が観念して彼女に向き直ったとき、鋭い声が上がった


「ちょっとアナタ!いい加減にしなさいよ!義川くん、困ってるじゃないの」


委員長が俺達の間に割って入った


何時になく怒っている風だ


委員長がこんなふうに不機嫌な態度を隠さないのは珍しい


「なんだ貴様は・・・僕達の邪魔をするな」


彼女はスッと目を細めると委員長を睨み付ける


しかし、そんな彼女の威嚇にも、委員長は怯むことなく言い返す


「『なんだ』はこっちのセリフだわ。訳の解らないこと言って

義川くんを追いかけ回して・・・彼、迷惑してるじゃない」


どちらも一歩も引く気はないようで、睨み合う二人の間には

目に見えない火花が散って見えた


教室から出て行こうとしていたホヅミ先生が振り向いてこちらを見ていたが、

どうやら止める気は無いようだ


それどころか扉脇の壁に背を預けると、

腕を組んで様子見の体勢になってしまった


完全に見物モードだ


「大体なに?前世?それが義川くんとどんな関係があるの?」


「お前には関係ない。僕とクロウの問題だ」


「っ!・・・だから、なによ『クロウ』って。義川くん、心当たりあるの?」


うわ、いきなりこっちに振るなって


「・・・さ、さあ?」


俺はあさっての方向を向きながら、とぼけた


「ほら、彼は知らないって言ってるわよ」


『それ見なさい』というように委員長が言うが、彼女は全く意に介す様子もない


「ふ・・・、そいつは前世の記憶を大部分失っている。

邪悪なる闇の力と共にな・・・」


「な、何よ邪悪って・・・」


・・・ちょっと待て、なんかすごい失礼な単語が飛び出したぞ


「くくく・・・まあ、お前達には見えないだろうな、

その男の纏うドス黒い魔のオーラは・・・そのオーラこそ、

この男が闇勇者クロウである証だ」


「纏ってねえよ、そんなオーラ。人聞きの悪いこと言うな!」


俺は全力でツッコミを入れる


何?闇勇者って


「・・・話にならないわね。貴女一人が言ってるだけじゃないの。

そのことを証明できるものは何一つ無いんでしょ?」


委員長がやれやれと肩を竦めた


「・・・証明できるものなら・・・ある」


「どんな?客観的に示せる物?」


「それは・・・これだ!」


そう言って彼女が机の脇にかけた鞄から、

おもむろに取り出したそれは・・・!?


「・・・C・・・D?」


委員長を始めクラスメイトの全員が困惑した表情を浮かべる


ただ俺だけがそのCDの意味するものに気付いて愕然となった


彼女の手にしている、そのCDこそ俺の黒歴史そのもの・・・

例の同人ドラマCDだった


・・・いきなり拳銃を突き付けられる気分というのはこんな感じだろうか


俺は思考が止まってしまい、ただそれを凝視していることしか出来なかった


「くくっ・・・これには前世での音声を記録した貴重なデータが入っている。

これを聞けば貴様らにも解るだろう・・・その男が闇勇者・・・

邪悪なる黒の英雄、クロウ=ダークネスだという事が!!」


「義川くん?」


「はい、なんでしょう!?」


いきなり話しかけられて、俺は思わず背筋が伸びる


「どうしたの?すごい汗かいて・・・あのCDが何か、知ってるの?」


「さ、さあ?ナンダローネ?」


俺は平静を装いつつ答えた


「まあ、聞いてみればわかるんじゃね?」


・・・タナカ、余計なことを・・・!


俺は殺意を籠めた視線をタナカへと向けた


とにかく落ち着け俺、この場をなんとかやり過ごさなければ・・・


あんな物みんなに聞かれたら、俺のこれからの高校生活は闇に閉ざされる


「・・ふむ、この教室には英語のリスニング用にCD再生装置が

設置されているが・・・」


やっと口を開いたと思ったら余計なこと言うなあ、この教師は!




「わかったわ、じゃあそれ。今から聞いてみましょう」




委員長の口から絶望的な言葉が出た





何、この展開、公開処刑?


もし、あれが再生されれば俺はクラスの笑い物・・・


社会的に死ぬ!


それは・・・絶対に阻止しなければ・・・


なんとしてでも!


だが、どうすればいい


あれを

どうすれば


・・・

どうすれば・・

どうすれば

どうすれば

どうすれば

どうすれば

どうすれば

どうすれば

どうすれば

どうすれば

どうすれば

どうすれば

どうすれば

どうすれば

どうすれば

どうすれば

どうすれば

どうすれば




・・・ぷちっ


俺の中で、何かが切れた


「させるかあぁァァァァァァ!!!!!!」


俺は彼女の不意を突いて飛びかかると、その手からCDを強引に奪い取った


「な、なにをするんだクロウ!!」


突然の俺の行動に、彼女は驚愕と困惑の表情を浮かべる


「こんなもん、こうしてやらあぁァァァァァァァ!!!!」


両手で持ったそれを思い切り上へと振り上げ、そして勢いのまま膝へと振り下ろす


「な!?・・や、やめろおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


彼女の悲痛な叫びが教室に木霊した


次の瞬間、教室中に響いたのは『バキン』」というプラスチックの割れる音



・・・ではなく



『ドスッ』と言う鈍い音と「ゲフォ」という潰された蛙のような呻きだった


CDは俺の膝で砕かれるより一瞬早く、

飛びかかってきた彼女の手の中に収まった


そして、そのままの勢いで滑り込んだ彼女の体は・・・


俺の渾身の力で振り上げられた膝の直撃を受けた



・・・・・・教室内の空気が凍り付いた



俺の膝を鳩尾みぞおちに受けた彼女は、そのままずるりと床に崩れ落ち


あまりの状況について行けない俺は立ち尽くした


誰もが言葉を忘れ、委員長も口元を引きつらせて立ちすくむ


そんな中、ひとり状況を冷静に見ていたホヅミ先生が、

ゆっくりと彼女に近づいていって顔を覗き込む


「ふむ・・・完全に落ちてるな・・・」


呟くようにそう言うと、気を失っている彼女の背後に回り両肩に手を掛ける


「ふん」


軽い気合いとともに膝で彼女の背中を押すと、


「・・・・う、むぅ・・・・・・・・・」


彼女が息を吹き返した


ぼうっとした目で周囲を見回し俺に気付くと、


「・・・クロウ・・・・・フッ・・・いい膝だった・・・・」


そう言って何故か微笑んでサムズアップしたあと、かくりと頭を垂れた


とりあえずの無事に、俺はほっと胸を撫で下ろす


「義川・・・こっちに背中を向けてしゃがめ」


いつもの呟くような喋りで、そう促す担任の声に俺は反射的に従う


「ほいっと」


俺の背に彼女の小柄な体が乗せられる


「とりあえずは保健室だ・・・義川、園崎を運べ」


そう言うと担任は先導して教室を出て行った


俺はあっけにとられているクラスメイトに見送られながら教室を出た


◆    ◆    ◆    ◆    ◆    ◆


保健室のベッドの上、彼女はすうすうと安らかな寝息を立てていた


例のCDはベッドサイドのテーブルの上に置いてある


俺はパイプ椅子に座り、彼女の寝顔を申し訳ない気分で眺めていた


「正直、驚いたよ・・・」


壁に背を預けて立つ先生が、呟くように口を開いた


「すいませんでした・・・」


俺は頭を下げて神妙に謝罪した


不可抗力とはいえ、女子に膝蹴りを入れてしまった事を俺は深く反省していた


「フッ・・・そうじゃない」


俺の言葉に先生は目を細めた


「私は去年からこいつを見てきたが、園崎が自分から他人に関わりを持とうと

するなんて初めての事だ。・・・君には何か特別な物があるのかな?」


そう言って薄く笑うと、探るような視線を向けてくる


「俺に特別なものなんて・・・ありませんよ。

彼女がただ勘違いしているだけです」


俺はそう言いながら視線を逸らす


たとえ先生といえど、自分の黒歴史を知られるわけにはいかない


「園崎はいわゆる中二病ってやつなんだが・・・

まあこれは誰でも一度はかかる一過性のものでな。君も経験無いか?

子供の頃ヒーローの真似をして必殺技の名を叫んだり、

変身ポーズをとってみたりしたこと・・・・・って、どうした?うな垂れて」


「・・・いえ、何でも」


ええ、ありましたよ


必殺技叫んだりポーズとったり・・・させられたことが!


もう子供とは呼べない年齢になってからね


「・・・大丈夫か?・・・まあとにかくだ。中二病なんてのは

程度の差こそあれ誰でもかかる風邪みたいなもんなんだが・・・

こいつの場合ちょっとこじらせてしまってるようでな・・・

遅れてかかると治りも遅いらしい」


そう言って先生は苦笑した


「それでだ、コイツが君の何に勘違いしてるのかは解らんが、

君さえ良ければ園崎の遊びに少し付き合ってやってくれないか?」


先生はCDについては追求せず、かわりにそんな提案をしてくる


「コイツの友達になってやってほしいんだ・・・

私にできなかった事を君なら出来るかもしれない」


そう言いながら先生は自嘲めいた苦笑を浮かべる


「どうも教師と生徒の間には見えない壁があるようでな、

どうしても踏み込めない領域というものがあるようだ・・・

私はコイツを導こうとしたつもりだが、

コイツは私に心を開いてはくれなかった」


先生はそう言って寂しそうに笑った


「先生・・・」





「仕方ないから最近は、コイツとは拳で語り合うようにしている」


「・・・いや、それは間違ってると思います」



いい話になりかけたのに台無しだ


・・・。


相変わらず彼女は静かな寝息をたてている


「まだ暫くは起きそうにないな」


「だ、大丈夫でしょうか?」


「寝顔を見る限り心配あるまい。私も経験があるが、

『落ちたあと』というのは意外と気分がスッキリするものなんだ。

園崎の奴、朝から妙にテンションが高かったからな・・・

おおかた昨日からろくに寝てないんじゃないのか?」


・・・『落ちた』経験って、そんなに一般的な物なのか?


ちなみに俺は無いが・・・


先生は複雑な表情を浮かべる俺の肩をポンと叩くと


「まあ、もう少し寝かせといてやれ。私は所用がある。後は任せたぞ」


と言い残して部屋を出て行った


二人きりになった保健室で、俺は彼女の寝顔をしばらく無言で眺めていた


静かに眠る彼女は、非の打ち所がないほど美少女だった


つい・・・わずかに開いた唇に見入ってしまう


閉じた瞼から伸びる睫毛が微かに震えた


「う・・・」


やがて小さく身じろぎすると、彼女はうっすらと目を開けた


ゆっくりとまわりを見回し俺の顔を確認すると


「クロ・・・ウ・・・?僕は・・・そうか、お前の膝を受けて・・・!

、CD?!CDは?」


ベッドサイドに置いてあったそれを渡してやると、ほっとした顔で息を吐いた


そんな彼女に俺は頭を下げて謝った


「その、ゴメンな。わざとじゃないとはいえ

膝蹴りしたみたいになっちまって・・・」


「ふっ・・・懐かしいな。お前と初めて会ったときも

ああやって膝蹴りされた・・・覚えているか?」



「・・・・・・・・・・・・・・・はい?」



噛み合ってない会話に、俺はどう返すべきか困惑する


「あの時、背後から狙った僕のナイフを軽々とかわしたお前は、

そのまま鳩尾に蹴りを入れてきた」


ああ、前世ってやつの話ですか・・・


軽い脱力感が襲う


だが、ぼんやりと思い出してきた


確か序盤にそんなエピソードがあった


確か・・・


「リラとかって町で・・・」


「思い出したのか!」


彼女が俺の呟きに食いついてきた


ヤベ・・・俺、また余計なこと言った?


「い、いや、その、ちょっとだけな」


「・・・そうか、でも記憶の一部分だけでも思い出せたんだな。

嬉しいぞ、クロウ」


そう言うと彼女は屈託無く笑った


喋ってるセリフはアレなのに、柔らかな微笑みはまさに美少女のそれだった


あー、無駄にかわいいな。チクショウ


「・・・やっと落ち着いて話が出来るな、クロウ。

僕はお前に危害を加えるつもりはない。だから逃げないでくれ」


彼女は静かな口調でそう言ってきた


「あ、ああ。わかったよ」


俺の返答に彼女は軽く微笑むと身体を起こした


そしてベッドの端に腰掛けるようにして俺の正面に座る


真っ直ぐに見つめてくる眼差しに、俺は頬が熱くなり天井へと視線をそらす


「お前と再び出会うことが出来た喜びのあまり、

事をいてしまった・・・すまない」


だから、再会じゃねーし


俺は心の中でツッコむが、言葉には出さないでおく


いちいち言い返していたら話が進まない


とりあえず彼女の言い分を聞いてからだ


俺はしばらく彼女の話に耳を傾けた


・・・・・・・・


彼女の話を纏めるとこうだ


俺が知っているストーリーはだいぶ前半のところだったようで、

その後の展開で彼女が自分の前世と主張しているアサシンの少年クオンは、

闇勇者クロウを追い詰めるが、

『狂団』の策略によりクロウ共々殺されそうになった


仇と思いこまされていた事が、実は『狂団』による洗脳だったのだ


そして絶対絶命と思われた状況をクロウはなんなく脱してみせる


『狂団』から切り捨てられ、

生きる目的だった仇すら偽りのものだったことを知り、

クオンは自分の存在理由を失う


そんなクオンに対してクロウは『だったら俺の物になれ』と言った


「教団に騙され捨てられた僕をお前は救ってくれた・・・

幾度となく殺そうとした僕に・・・

『俺がお前を使ってやる。今からお前は俺の物だ。俺に使われることがお前の生きる意味としろ。その肉体も魂も全ては俺の所有物。ボロ雑巾のようになるまで使ってやる』と言ってくれた。

その時から僕の存在理由はお前を殺すことから守ることへと変わったんだ」


ぽつりぽつりと語る彼女に俺はツッこむことも出来ず、

ただ黙って聞いていることしかできなかった


「それで・・・だな・・・その・・・」


ひとしきり語り終えた彼女は急に消え入りそうな声になり、俯き口ごもった


部屋の中に静寂が満ちる


不意に俺の耳に微かな『しゅり・・・しゅり・・・』という音が聞こえた


「?・・・・・・・・・っ!」


音のする元へと目をやった俺は、瞬間どくんと心臓が跳ねる


彼女がもじもじと膝を動かすたび、フトモモが擦れあい微かな音を立てていた


心拍数が急速に上昇していく


その肌の擦れ合う微かな音は妙に艶めかしく、

エロティックな響きで俺の煩悩を刺激してくる


自分の意志とは関係なく、身体の一部分へと血液が偏っていくのがわかる


おかしな言動や行動で忘れてたが、彼女は黙って座ってればかなりの美少女だ


その上、体つきも少し小柄ではあるが重要な部分は

必要十分なボリュームを備えていて・・・


先ほどおんぶしたとき背中に密着した二つの膨らみは、

制服ごしにもそれなりの大きさを備えていることがわかった


なんか微かにふんわりといい匂いしたし


「・・・クロウ?」


「うおう!」


不意に声をかけられて俺は椅子から転げ落ちそうになる


彼女が怪訝そうな顔で俺を見ていた


フ、フトモモをガン見してエロい妄想してたの、バレてないよな?


その時、保健室の引き戸がガラリと開いてホヅミ先生が顔を出した


お陰で微妙な空気は霧散することになり、俺はホッと胸を撫で下ろす


ベッドサイドに腰掛けている彼女の様子を確認した先生は、微かに笑った


「ふむ、顔色も悪くないし大丈夫だろう・・・二人とももう帰れ。

・・・ああ、義川。心配ないとは思うが、

念のためそいつを途中まで送ってやってくれるか?」


「は、はい。わかりました」


俺は不安定な位置で固まった体勢を戻しながら頷いた


「うん、よろしくな」


先生は軽く手を振るとドアを閉めて去っていった


◆    ◆    ◆    ◆    ◆    ◆


一度教室に戻り鞄を手に昇降口へ向かう


電車通学だという彼女を、とりあえず駅まで送ることにした


彼女は学校を出てから、ずっと無言で俺のすぐ後ろをついてきている


しかし、背中に視線を感じて落ち着かない


時折、微かに『くひゃひゃひゃひゃ』とか気味の悪い笑い声が聞こえてくるし・・・


ヤバい奴にストーカーされてる気分だ


堪えかねて振り返ると・・・



夢見るような、はにかんだ表情を浮かべた美少女が微笑みかけてくる


ギャップすげえ!


困惑する俺に『なに?』みたいな可愛らしい仕草で首を傾げ、


「ふっ・・・どうした?クロウ」


とても残念なセリフを吐いた


「いや、別に・・・」


俺は溜息混じりにそう答え、再び前を向いて歩き出す


何なんだ?この状況・・・


・・・・・・・


駅前にある公園の入口へと差し掛かり俺は肩越しに、


「近道するぞ」


と後ろに声をかけ、公園内に足を踏み込んだ


そこはちょっとした大きさの池があって、その周りが遊歩道になっている


木々の緑も多いので、排ガス臭い道路沿いを歩いていくよりずっといい


特に夏場などは涼しくて快適だ


しばらく歩いた先に自販機とベンチがある


何となくいつもそこで一服してから帰るのが習慣になっていた


俺は自販機の前で立ち止まり財布から数枚硬貨を取り出すと、

それを投入してお気に入りの練乳入りコーヒーのボタンを押す


そして出てきた缶を取り出すと、また硬貨を投入した


「何がいい?」


彼女にそう声をかけると、一瞬きょとんとした顔をしたあと、


「か、買ってくれるのか!?」


と大声を出す


彼女の大袈裟な反応にたじろぎながら俺は苦笑する


「ああ、どれにする?」


「うん、じゃあ・・・クロウと同じのを」


俯き、はにかみ、前髪をしきりに弄りながら彼女が答えを返す


「これでいいのか?他にもミルクティーとか・・・

オレンジジュースとかもあるけど」


「同じものでいい。いや、同じものがいい」


俺はもう一本同じ物を購入して彼女に渡した


それを受け取った彼女は物凄く嬉しそうな笑顔を浮かべ、

俺は思わず見とれてしまう



・・・って、ヤバいヤバい


可愛い笑顔一つで、昨日からの騒動もなんかどうでもよくなってきたぞ


我ながら単純すぎるだろ


気を落ち着けようと俺はベンチに座り、

缶を開けて一気に半分くらいを飲み干した


冷たさと甘さが心地好い


「ふう・・・」


少し落ち着いた


隣に座った彼女を横目で眺めると、

缶を両手で持ってこくりこくりとゆっくり飲んでいる


その可愛らしい仕草は、ごく普通の女の子そのものだ


彼女が飲むのを休んで、ほふっと吐息を漏らす


「・・・くふふ、いま僕はクロウが味わっているのと同じ味を感じている。

つまり今この瞬間、僕達は同じ感覚を共有しているということに他ならない」


「ごふっ!」


吹いた


前言撤回


全然普通じゃねえ!


「どうした!?大丈夫か、クロウ」


「・・・なんでもない」


心配げな声を掛けてくる彼女を、片手を上げて制しながら俺は息を整える


喉の調子が戻ったところで、俺は改まった声と態度で彼女に語りかけた


「あのさ・・・、俺のことクロウって呼ぶのは・・・やめてくんないかな?」


「何故だ?クロウはクロウじゃないか」


彼女が異を唱えてくるが、俺は真剣な表情で彼女を見つめ、言った


「あの事は他人に知られたく無いんだ・・・特にクラスの奴らには」


ここで彼女にしっかり口止めをしておかなければならない


「クロウ・・・なぜ?・・・・・・・・はっ、そ、そうか!

僕とした事が迂闊だった」


彼女は俺の言葉に困惑の表情を浮かべていたが、

突然ハッとした顔をすると声に狼狽の色をにじませる


「お前と僕が転生を果たしたんだ・・・

『狂団』の連中もまた、この世界に転生している可能性も捨て切れない。

当然、学校の中にもいないとは言い切れん。

・・・流石だクロウ!僕はそこまで考えを巡らすことはできなかった!

・・・確かにまだ不完全な力しか出せない今、奴らに襲いかかられたとしたら、いかにクロウとはいえ苦戦は必至・・・」


「ま、まあそんなところだ」


また、おかしな思い込みで彼女の妄想に新しい設定が

加わってしまったようだが、取り敢えず口止めすることは出来たようだ


「わかった、これからは人目のあるところでクロウと呼ぶことの無いよう

気を付けよう・・・」


そう言って彼女は神妙に頷いた


「そうしてくれると・・・助かる」


俺はホッと息をついた


これでひと安心だ


「だが、二人だけの時はクロウと呼んでも・・・構わないだろう?」


「う・・・・まあ、周りに誰もいない時な」


このくらいは妥協するしかないだろう


ところ構わず呼ばれるよりはマシだ


「そろそろ行くか」


俺は残りのコーヒーを飲み干し、立ち上がった


空き缶をごみ箱へと捨てて歩き出す


彼女も缶を片手に立ち上がると、そのまま持ってついてくる


女の子だし、一度に飲みきれないのだろう


「そ、それでな、クロウ。・・・あ、今は二人だけだから、

こう呼んでもいいよな?」


「あ、ああ・・・」


まあ、このくらいは我慢しよう


本当は過去の傷がえぐられるように痛いんだけどな


「こ、これからの事なんだけど、僕がお前のそばにいることを・・・

許してほしい」


そんな事を怖ず怖ずと言ってきた


打って変わった彼女の控え目な態度に多少戸惑う


「まあ、それは別に・・・っていうか、俺たち同じクラスだし、

卒業まであと二年間は一緒だろ?」


「そういう事じゃなくて・・・いつもすぐ近くに、すぐ隣に、一緒に・・・

居させてほしい」


「へ?そ、それってどういう・・・」


彼女の言った言葉の意味を図りかねた俺は、

後ろを歩く彼女を振り返って息を飲んだ


そこに佇む彼女の思い詰めたような、切なげな表情に心奪われる


頬は微かに紅潮し、その瞳はわずかに潤んでいる


何、この展開?


まるでドラマかなんかのベタな告白シーンみたいになってんですけど?


背景とかキラキラ輝いてるし


透過光?


なに、この特殊効果


・・・って落ち着け、俺


よく見ろ


彼女の背後にある池の水面が日光の反射で輝いてるだけだって


だが俺の思考は混乱し、上手く言葉が出てこない


「どう・・・い・・・う、意味・・・かな?」


上擦った声でやっと言葉を紡ぐ


「つ、つまりだな・・・僕をお前の片腕として傍に置いて欲しいんだ」







「・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんだって?」


片腕?


「僕はお前の片腕としての働きをしたい!

僕はお前の命令ならこの手を血で汚すことも厭わない!

僕にお前の背中を守らせてくれ!僕は命に代えても・・・

って、どうした!?クロウ、燃え尽きたバンタム級ボクサーみたいになって」


「い、いや・・・ちょっと全身を脱力感が襲ってな・・・」


俺は片頬を引き攣らせつつ、そう答えるしかなかった


ああ、そうだった・・・


こいつの見た目があんまり可愛いからすぐ忘れそうになるけど、

中身は中二病なんだった


・・・ふとさっきの担任教師の言葉が脳裏に甦った


『コイツの遊びに少し付き合ってやってくれないか?』


『コイツの友達になってやってほしい』


「あのさ・・・」


俺は一つ息をつくと彼女にゆっくりと語りかけた


「片腕とかそういうの、とりあえず置いといてさ・・・

『友達』ってことで、いんじゃないかな?」


「・・・と・・・も・・・・・・・・・?」


俺の言葉に彼女は大きく目を見開くと、


「僕をもう一度『真友(とも)』と呼んでくれるのか!?」


興奮気味に反応してきた


なんか、微妙に単語のニュアンスに違和感を感じる気がするが、まあいいか


「あ、ああ、『友達』・・・で、いいよな?」


「もちろんだとも!」


嬉しそうに笑う彼女に俺は安堵の吐息を漏らした


やれやれ、新学期早々いろいろあったけど、なんとか丸く収まりそうだ


そんなやりとりをしているうち、やがて駅前のロータリーに着いた


「じゃあ、・・・・えーと、また明日な」


「あ、うん。ク・・・」


彼女の言葉が途切れる


「・・・・す、済まない。お前のこの世界での仮の名。何という?」


・・・いや、仮の名じゃないから


俺は心の中でツッこむが、まあいい。ちゃんと約束を守ってくれる気らしいし


「義川だよ。義川経吾・・・」


俺は改めて自己紹介する


「・・・よしかわ・・・けいご・・・・・。うん、ちゃんと覚えたぞ。

僕の仮の名は園崎柚葉だ」


「・・・知ってる。じゃ、頼んだぞ。

くれぐれも学校じゃ『前世』のこと、話さないでくれよ」


俺はもう一度念を押した


「うむ、肝に銘じよう・・・」


そう神妙な顔で答える彼女・・・園崎に苦笑しつつ俺は踵を返した


やれやれ、これで明日からは平穏な高校生活を送ることが出来るだろう


今夜は落ち着いて眠れそうだ


肩越しに振り向き、まだこちらを見送っている園崎に

俺は片手を軽く振って帰路についた


◆    ◆    ◆    ◆    ◆    ◆


次の日、教室に入った俺にクラスメイトからの質問攻めが待ち受けていた


特にタナカの奴は掴みかからんばかりの勢いで詰め寄ってきた


「義川、昨日あれからどうなったんだよ!?

結局あのCDってなんだったんだ!?

気になって気になってロクに寝れなかったじゃねーかよ!

今日は昨日の事ハッキリさせるんだろ?」


委員長も気になっているようで、そわそわとこちらに視線を送ってきている



・・・さて、どう誤魔化したもんか



彼女・・・園崎には口止めしておいたから、もう教室で変な事は言わないだろう


CDも絶対家から持ち出したりしないと約束させた


彼女が俺を昔の知り合いと勘違いして絡んできただけで、

話し合って誤解は解けた・・・とでもすれば大丈夫だろう


CDの内容は実物が無い訳だからクラスの連中には確かめようもない


あとはしばらくの間とぼけていれば、じきにほとぼりも冷めるだろう


所詮、『人の噂も~』ってやつだ


とか考えていると、教室の後ろの扉から彼女・・・

園崎柚葉が入ってくるのが見えた


みんな一斉に視線を向けるが、

彼女に対しては俺の時みたいに質問を投げ掛けようとする者は誰もいない


予想通りだ



これで二人とも余計なことを言わないでおけば、

平穏無事な日常が訪れることだろう


園崎がこちらに視線を向ける


俺の姿を認めた彼女は瞳を輝かせると、踊るような足取りで駆け寄ってきた


そして俺の目の前までくると―




「おはよう、経吾」




そう、俺の名を呼んで・・・



はにかんだように、可愛らしく微笑んだ




瞬間、教室内は水を打ったように静まり返り・・・



数秒後、巨大などよめきが沸き上がった


「ちょ、おま、義川!これは一体どうなって・・・」


「ちょっと義川くん!どういうことなのこれ!?

なんでこの子、義川くんのこと下の名前で呼んでるの!?」


タナカのセリフを遮って委員長が質問を浴びせてくる


「いや、その・・・」


返答に窮した俺は視線をさ迷わせる


「・・・ハン、うるさいぞ貴様ら。少しは静かに出来んのか?

僕が経吾の事をどう呼ぼうと僕の勝手だ」


園崎はそう言うと周りに集まっていたクラスメイトをめ回した


気圧されておとなしくなる者達の中、なおも委員長だけが食ってかかる


「ま、また呼んだ・・・、だ、だいたいあなた昨日は義川くんのこと、

なんか変な名前で呼んでたじゃない!あれは何よ!」


「あれは特別な名前だから・・・二人きりの時だけに使う約束になった」


なぜか微妙に頬を赤らめる園崎


「ふ、ふたり・・・きり!?」


顔を引き攣らせて委員長は絶句した


「あ、あのCDは!?あれの中身はなんなんだよ?

俺達に義川の前世だか何だかを認めさせるとか言ってなかったか?」


委員長の後を継いでタナカが質問を浴びせる


「ああ、・・・あれはもういい」


「はあ!?」


「お前達がどう思おうが、もうそんな事はどうでもいい。あの事は

僕達二人だけの秘密にしてくれとク・・・経吾から口止めされたんでな」


「二人だけの・・・秘密・・・口止め・・・」


あれ?


なんか加速度的に状況が悪化してるような・・・


ざわ・・・ざわざわ・・・


教室内を静かなざわめきが満たす


「秘密の・・・音声・・・って」


「あの園崎を言いなりに・・・」


「義川・・・ス、スゲエ・・・」


「は、半端ねぇ・・・」


「や・・・闇の勇者?」


「黒い英・・・雄・・・」


「見える・・・今なら俺にも見えるぜ・・・

あいつの纏うドス黒い魔のオーラってやつが・・・」



「ちょ、待てお前ら・・・なに勝手な想像して・・・

って、なんで鼻血出してんだサトウ!?おい、突然泣き出すなタナカ!」


クラスメイト達は軽いパニック状態に陥った



「・・・何の騒ぎだ、これは?」


ホームルームのため現れたホヅミ先生が、阿鼻叫喚のような教室内の有様に

眉をひそめる


「どうしたタナカ?泣いてちゃ解らんぞ」


「せんせえ・・・義川が、義川の奴が・・・俺達を置いて大人の階段を・・・」


「登ってねーよ!みんな落ち着け!変な想像すんなあぁぁぁ!」


俺は声の限り絶叫した


(つづく)

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