あるばむ

snow

あるばむ

 この旅の終わり方をずっと考えていた。

 どうしたって悔いは残るのだから、せめて避けられない終わりを穏やかに迎えるために。この奇跡に満ちた旅の締め括りは、できれば自分自身の手によって。決めてしまえば、きっと最後は清々しいものになるはずだから。そう信じて、私はファインダーを覗き込む。シャッターが落ちる音を聞く。旅の終わりが近づいてくる音だと思うのに、それはどうにも小気味よく響く。

 

 

 おや。急にげっそりした、というかしぼんでしまった。しまった、どうやら驚かせてしまった。室内で少し暗かったのでフラッシュを焚いたのがまずかった。ぶるぶる震えている。うーん、可愛い。もう一枚撮っておこう。するとどうだろう、今度は両手を広げてばっさばっさとあらぶり始めるじゃないか。威嚇されているのだろうか。しかし参った。何しても可愛いなこの子達。この不思議な踊りも撮りたいと思ったけれど、これ以上の刺激は今後の関係に支障をきたす事は明白なので、この愛らしいフクロウ達が落ち着いてくれるまでただ眺めるだけに留めることにする。

「なるほど、これがですか」と、アフリカオオコノハズクの博士ちゃんが言う。

「そしてこれがなのですね」と、ワシミミズクの助手ちゃんが言う。

 よく撮れているでしょうと私が言うと、「長としての威厳がよくでている」だの「毛並みが素晴らしい」だのと自身が写った写真を2人して自画自賛、好き放題言っている。よかった、機嫌を直してくれたようでなによりだ。とはいえ、少し照れる。けれど、なにより嬉しくもある。私が撮った写真で喜んでくれているのだから、カメラマン冥利に尽きるというものじゃないか。

 この図書館でどこか作業が出来る場所があれば借りたいと私が言うと、2人は快く承諾してくれた。1人で使うには大きいくらいの机と、椅子がいくつか。十分すぎる程だ。早速作業に取り掛かろうとすると、博士ちゃんと助手ちゃんは私を真ん中にして両隣の椅子に腰掛け、興味津々に手元を覗き込んでくる。作業とは何だろう、何が出来上がるのだろう、そんな声が聞こえてきそうな2人の目に見つめられて、ふと思いつく。そうだ、博士ちゃんと助手ちゃんにも手伝ってもらおうか、ただ見てるだけじゃ退屈だろうし。「いいですよ!」「我々は賢いので!」そうかそうかと私は頷く。

 これは旅を終える為の最後の時間だ。思い出に耽るような静かなものになると思っていたけれど、作業は想像していたより賑やかなものになった。フレンズ達は最後の最後まで楽しい思い出をくれる。なんだか少しだけ、目頭が熱くなる。「しゃしんがたくさんありますね」この旅で得た思い出の数々だ。たくさんの思い出を撮ることができた。「フレンズ達がいっぱいなのです」出会いと別れを繰り返す旅だった。それも、ここで終わる。

 写真をひとつ手に取る。そこに写っているのは私と同じヒトと、あるフレンズだ。彼女達の旅の始まりを撮らせてもらった。「これはサーバルですね。ラッキービーストと、あとは飾り羽はありますけど、鳥のフレンズにはみえないのです」「私はわかったですよ助手。これは鳥に擬態したヒトなのです」ああこれ擬態だったのか。博士ちゃんは賢いなあ。えっへんと胸を張る博士ちゃんに、尊敬の眼差しと拍手を送る助手ちゃん。素直な反応が微笑ましくて、私もぱちぱちと拍手を送る。

 ミライは今どうしているだろうか。このパークとフレンズ達の為に尽力した、勇敢なあの人は。

 セルリアンの発生で揺れるジャパリパークの再建を彼女は願っていた。調査が進む度に、セルリアンの被害が出る度に全てが滞っていっても、フレンズとヒトとの未来を信じてやまなかった。そして黒く巨大な、異質ともいえるセルリアンの出現だ。サンドスターロウと、火口に敷かれた四神と呼ばれるフィルターの発見によって事態は終息を迎えた。ミライは島とフレンズの危機を救ったのだ。その旅の終わりに。

 つい先日、パークからの完全退去が決まった。パークにいる職員は順次この島から出なければいけない。一斉でないのはたぶん、現地職員への配慮なのだろう。差し迫った危険はミライとフレンズの手によって除かれたので、職員たちは退去の前に、思い思いの時間を過ごす猶予を得た。職員の誰もが彼女達に感謝している。別れも出来ずにこの島を離れるには、思い出がありすぎるから。彼女もまた、この島での最後の時間を穏やかに過ごしているだろう。

 完成したアルバムをひとつ。そしてカメラとその使用に伴う諸々の雑貨をこの図書館に置かせてもらえることになった。よかった、私の旅の目的は無事に果たされた。「文字ばかりの本よりは、このの方が見ていて楽しいのです」「同感なのです。いいもの貰ったのです」嬉しいことを言ってくれるなもう!抱きしめて頭をワシワシしていたらちょっと怒られた。ごめんね?「このかめらもくれるというのは嬉しいのですけど、使い方が難しいのです」「賢い我々で使えないとなると、誰にも使えないのですよ」一応、簡単な文字とイラストで書いた説明書と、ラッキービーストにも映像として使い方を残したけれど、この2人で使えないのなら確かにフレンズには難しいのかもしれない。でもいいのだ、残していくことに意味がある。

 例えば、いずれヒトのフレンズが生まれてくるかもしれない。まだ人間を仲間として、神様か、あるいはサンドスターがこの島に迎えてくれるならの話だけれど。そのヒトとして生まれたフレンズは、私のアルバムとカメラを得て旅に出るのだ。この島とフレンズ達を、感情が赴くままにファインダーに収めてシャッターをきるだろう。私が残した願いを得て、その誰かはカメラマンとしてこの奇跡の島を写真にして残してくれる。なんて夢のある話だろう。だから、実現するかどうかはさして重要じゃない。そうなればいいと願いを置いていく私の心の話だからね。

 

 どうしたって悔いは残るのだから、せめてささやかな私の願いも一緒に置いていく。このジャパリパークで過ごせた時間は短かったけれど、ここで出会えたたくさんの奇跡に私は感謝している。きっと、またこの奇跡の島に。長い別れは、ここでまた出会うために。それがたとえ私でなかったとしても、残してきたものがきっと私の代わりに出会ってくれる。だから、ここで得たかけがいのないもの全てをここに置いていく。

 私は感慨とともに、深く伸びる息を吐く。積み上げてきたものが、いま私の目の前できらきらと輝いている。

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あるばむ snow @iyokann

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