2番目の『ヒト』

じんじゃ

2番目の『ヒトのフレンズ』

「――うまくいきましたね、博士」

「ええ、うまくいったのです、助手」


 荒涼とした山の頂上付近に、ふたりのフレンズがいる。

 博士、助手と互いを呼び合う鳥のフレンズである。

 そして今、彼女たちの眼前で新たなフレンズが生まれようとしていた。

 特徴的な背中の形に、ふたりは見覚えがあった。


「う……あれ、ここは? ボクは一体……」


 生まれたてのフレンズは博士たちを仰ぎ見ると、ぎょっとして叫んだ。


「ひゃっ!? た、食べないでくださ~いっ!」


 目を見開いて懇願する様子も、ふたりにはどこ吹く風。


「聞いたとおりの反応ですね」

「いかにもそっくりなのです」

「な、何なんですか……?」


 博士と助手は腕を広げ、威厳たっぷり(のつもり)に告げる。


「お前はたった今生まれた、ヒトのフレンズなのです」

「我々はお前の誕生に立ち会った、いわば親なのです」

「ヒトのフレンズ……? 親……?」


 ヒトは、不安と戸惑いに、背負ったカバンのベルトを握りしめた。


「お前に名前をつけてやるのです、我々は親なので」

「よ、よくわかりませんけど、お願いします」


 食べられないとわかれば素直である。

 ――あの子も、自分たちの無茶な要求によく応えてくれた。

 こみ上げてきた感情に、博士たちは風格を見せるための無表情がつい緩みそうになっていた。


「ヒトよ。これからお前は『にばん』と名乗るが良いのです」

「にばん……ボクの名前……」


 名前を得たところで何が変わるわけでもないが、『にばん』はあらためて自分の身なりを確かめている。


「そしてお前に使命を与えるのです。我々は親なので」

「お前には料理を学んでもらいます。我がジャパリ図書館の専属コックとなるのです」


 そこでついに博士たちは、こらえきれずによだれをすすった。


 ◇◇◇


 それから、にばんの生活が始まった。


「野菜カレーですっ」


 彼女は実に勤勉だった。


「コールスローですっ」


 図書館の蔵書を読み漁って知識を蓄えたり、博士たちに様々な料理を作ってみせたりした。

 

「チャーハンですっ」


 やがて、図書館を訪れるフレンズたちともなじんでいった。博士たちが許せば料理でもてなし、それ目当ての客も来るようになった。


「豆腐ハンバーグですっ」


 ジャパリ図書館の専属コック『にばん』の名は、次第に広まっていった。


 ◇◇◇


 ある日、にばんが図書館近くの調理場に赴くと、ラッキービーストが待っていた。


「こんにちは、ラッキーさん」

「ヤア、ニバン。頼マレテイタ食材ヲ持ッテキタヨ」

「ありがとうございます」


 にばんが丁寧に頭を下げると、背後から声がした。


「ラッキービーストをうまく使えているようですね」


 博士と助手だった。


「今日はカレーを所望するのです」

「記念日にはカレーなのです」

「記念日?」


 聞き返すと、博士たちは普段の調子で答えた。


「今日は、お前に大事な話をするつもりなのです」

「カレーを食べながら話すのです」


 こうなるとてこでも動かないのがこの親だ。

 とはいえ食材的には問題ないので、今日はカレーを作ることにした。


 ◇◇◇


 いただきます、と声を合わせる瞬間が、にばんは好きだった。自分がここにいる意味を実感できる。

 カレーを食べながら話すと言っておきながら、博士たちは食事に夢中で、結局食べ終わるまで味の話しかしなかった。


「ごちそうさまなのです」

「腕を上げましたね、にばん」

「え、えへへ」


 上機嫌で後片付けをし、テーブルに戻る。


「さて、お待ちかねなのです」

「本題に入りましょう」


 にばんは居住まいを正してふたりの親を見つめる。


「今まで、よく働いてくれました」

「お前には、暇をやるのです」

「ど、どういうことですか?」


 寝耳に水で、にばんはうろたえた。


「以前、コックがお前の使命と言いましたが、それは正しくないのです」

「本来の使命のための、下地作りだったのです」

「そ、それって?」


 恐る恐る尋ねると、博士は静かに答えた。


「お前には、『パークガイド』になってもらいたいのです」

「ぱーく、がいど?」

「パークガイドとは、ラッキービーストを操りパークの平和を守る存在と言われているのです」

「パークを、守る……」


 受け止めかねているにばんに構わず、ふたりは続けた。


「そのために、今まで図書館で知識と人脈を蓄えさせたのです」

「決して我々が料理を食べたいがためではないのです」

「で、でもどうしてボクにそんなことを?」

「……少し前に、事件があったのです」


 巨大なセルリアンが生まれ、あわや大惨事になるところだった――

 その件は、図書館を訪れたフレンズたちから聞いたことがあった。

 そして、パークを救うために尽力したヒトがいた、とも。


「あれ以来、セルリアン対策は広く知られるようになったのですが、まだパークについてわかっていないことは多いのです」

「しかしラッキービーストは、かつてヒトが残した情報をいろいろ知っているはずなのです」


 にばんがラッキービーストに頼んで調達してもらっている食材や調理器具も、ヒトの遺産だと博士は続けた。


「パークの危機を救ったヒト――かばんの意志を尊重し、島を出るのに手を貸しましたが、パークにはヒトの存在が必要と思い知ったのです」

「なので……」


 歯に衣着せぬ物言いをするふたりにしては珍く、少し言いよどんだ。


「……最初からそのつもりで、彼女の毛髪を入手しておいたのです」

「そして長の権限を利用して山に入り、お前を生み出したのです」


 さらに驚くべきことに、ふたりは頭を下げた。


「命を弄ぶような真似をしたことを謝るのです」

「そ、そんな。頭を上げてください」


 しかしふたりは頑固である。

 にばんは諭すように、言った。


「……ボク、知ってましたよ。おふたりがわざとボクを作ったって」


 ふたりははっと顔を上げた。


「色んなフレンズさんとお話をしているうちに、そうじゃないかな、って思ったんです。ラッキーさんと話せるのがヒト。そのためのボク……でも、いきさつなんて関係ないです。ボク、嬉しいですから」

「にばん……」

「ウソじゃないですよ。だって、ボクはもともといなかったのに、おふたりが必要としてくれたから、今生きている。こんなに不思議で素敵なこと、ありません」



 やっと伝えられた。

 いつも、料理を美味しく作ることで恩を返してきたつもりだった。

 でも、やっぱり言葉にしたかった。

 ふたりが秘密にしているようだから、自分からは言えなかったけど。



「博士さん、助手さん。ボクを生んでくれてありがとうございます。親として、そばにいてくれて……」


 今度は彼女が頭を下げた。謝罪ではなく、感謝で。


「ボクに何ができるのか、もっと聞かせてくれますか? パークガイドっていうのになれるかわかりませんけど、できる限りのことはしてみたいです」


 ◇◇◇


 まずは身をもってパークを知るべき――という博士たちの勧めで、にばんは島中を旅することにした。

 以前に探しておいたというジャパリバスを拝借し、なじみのラッキービーストに運転と案内を頼んだ。


「道中、これまで図書館で会った者がきっとお前の力になってくれるのです」

「初めて会うフレンズでも、お前の料理を食わせればイチコロなのです」


 もちろんバスには調理器具や食材なども抜かりない。


「それじゃ、行ってきますね」

「つらくなったら、いつでも帰ってくるのです」

「我々はおかわりを待っているのですよ」


 顔を見合わせて笑った。


 今、たったひとりの『子』が、住み慣れた家を離れる。

 自分が何者になるのかを、みずから決めるために。


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2番目の『ヒト』 じんじゃ @ginger0818

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