予期せぬ邂逅 其ノ十三


 夕餉ゆうげはお千夏の気づかいにより、別室でとった。明け方早くこの屋敷から出て行くことを告げると、案の定お千夏から反対される。だが志乃の身の上を知っていたので余りしつこくは引き留められなかった。いずれにしてもこれ以上、この屋敷に迷惑はかけられない。なんせ死人まで出てしまったのだから……。


 早々にとこへ横になる。当然眠れずに先程の紗実シャミィとの話を思い浮かべていた。


…………


『芳賀家の娘なら親に殺されて捨てられたらしい』

『……』

『直接見てたわけじゃないから何とも言えないがな。そっちで寝てる奴まで殺されそうになったから俺が親を殺した、こいつを使ってな』


 そう言ってマントに隠してあったものを取り出し、志乃へと向ける。


『っ!!』

『へっ……役人に取り上げられる前にお前に預けとく。絶対に誰にも渡さないでくれよ……大事なパパの形見なんだ』

『……これからどうするの?』

『別に。生きたければ逃げ出すし、生きるのが嫌になれば一人で死ぬさ』


…………


(紗実……私の姉妹なの? それとも……)


 色々と矛盾のある話を聞き、志乃は一度頭の中で整理することにした。

 そして、二通りの説にたどり着く。


 一つは紗実が自分と血の繋がった姉妹だったという場合。妖怪の母から生まれたのなら己の赤かった髪にも合点はいくし、奇妙な術が使えることにも筋は通る。

 自分は幼い頃の記憶が曖昧だし、もしかすると錯乱して都合のいい記憶が刷り込まれた可能性だってある。妖怪だった母は後から息を吹き返し、他所で暮らしていた自分だけを八潮やしおの星ノ宮神社へ置いて何処かへ去った……。


(でも何故かあさんは私を置き去りにしたのかしら……。妖怪だった事が人間にばれて私が殺されそうになったから? 紗実や紗実のとうさんと別れて暮らしていたのは私を引き取るのが嫌だったから? 私のとうさんは誰なの……?)


 二つ目の可能性、これは紗実と全くの他人だった場合。

 全く別の妖怪に育てられた垢の他人で、志乃が紗実の母と顔が似ていたのは偶然。母と思わしき姿の描かれた輪宗寺りんそうじの掛け軸と着物が同じだった事も全くの偶然……。

 かなり無理のある話だが、志乃はこっちの方が少しだけ信憑性があると思った。

 母の名前が違うというではないか。紗実の母の名前は…………。


(あさぎ……紗実はあのあさぎの娘……? これも偶然……? 違う、余りに話が出来過ぎている……誰かが嘘をついている!)


 紗実が嘘を言っているようには思えなかった。となるとやはりあさぎが何か自分に隠し、嘘を言っている部分があるのだろう。どういう訳か、自分とさくら以外に読めなかった日誌の内容は、本当に白紙だったというではないか。

 一つ考えては一つ矛盾が生じる、キリが無い。仕舞いにあさぎが一時期『ちゆり』を名乗っていたのではないか、などという考えが浮かぶ。そうなると志乃はあさぎの娘という事になるが……。


(そんなこと……そんなことあるわけないっ!!)


 自分があの女の娘などと、死んでも考えたくは無かった。

 それに自分は確かに憶えている。

 母であるちゆりの声、ちゆりの姿、ちゆりと旅した頃のおぼろげな記憶を……。


「──うっ!」


 突然気分が悪くなり、志乃はかわやへと駆け出した。記憶の中の母の姿があさぎと重なってしまったからだ。

 気分が落ち着くとふらつく体で炊事場へとおもむき、水を飲む。


(…………私のは……の?)


 誰も居ない暗い炊事場、水瓶に映る自分の姿が黒い化け物のように見えた。


…………


「……志乃、起きてっけ? そろそろ行くべ」


 珍しく早く起きることのできたイロハは、志乃の部屋を訪れる。そこには旅支度を済ませた志乃が立っていた。一睡もできなかったのである。


「うわっ」

「……」


 何も考えず、部屋に入って来たイロハを抱きしめる志乃。


「そうね、行きましょう。お千夏さんたちに挨拶しないと」


 イロハの頭を撫で、行灯あんどんの幻火を消すと部屋を後にした。

 

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