予期せぬ邂逅 其ノニ


 町のはずれ、とある山中にある猫たちの集会場。長である柿右衛門は、かっぱらってきた川魚に噛り付きながら他の猫たちの話を聞いていた。


「なにぃ!? 邪々虎が生きていただとぅ?!」


「へぇ。二、三日姿が見えないと思ったら居られました」

「怪我してるようでしたが、まさか本当にあの屋敷に住んでるなんて」


 事情はよくわからないが、猫たちはトラがお千夏屋敷へと入っていく姿を見たのだという。流石は那珂の邪々虎だ、と猫たちは興奮気味に話す。

 当然柿右衛門はこれが気に入らない。ギロリと猫たちを睨み、怒り気味に問う。


「あの新米の黒猫、句瑠璃くるりはどうした!?」


「そういや最近見掛けねぇですねぇ」

「あんな奴、居ねえ方がいいや」


 邪々虎を追放するいい方法がある、そう言ったので任せてみればこの様だ。まさか失敗して逃げたのか?

 何から何までうまくいかず、遂に柿右衛門は怒鳴り散らす。


「句瑠璃を見つけ出せっ!! 大口叩きやがって只じゃおかねぇ!!」




「ぶえっくしょいっ! ……おっと、危ない危ない」


 思わず屋敷の塀からずり落ちそうになり、慌ててしがみ付く句瑠璃。今しているのは志乃の監視、また地擦り組である紗実シャミィからの仕事だ。


 素早い自分は人間に捕まることが無いので忍び込んでもいいのだが、どうした訳かお千夏屋敷の中にトラが居たのだ。実は先程イロハの取り計らいで、トラを屋敷の納屋なやへ置いていい事になったのだ。今は昼飯の残りを与えられ旨そうに食っている。

 トラ一匹なら本気でかかれば何とかなるかもしれない。しかし問題は八潮の巫女、志乃である。もしかするとトラは句瑠璃の素性を志乃に話しているかもしれない。


 聞けば九尾の狐と渡り合う程の実力者、とても火車如きの敵う相手ではない。


(そろそろあの半妖怪の仕事にも飽きて来たにゃ……)


 稼ぎが良いので続けているが、どうも成果が今一つだ。今している仕事もうっかり見つかれば一巻の終わりという危険なもの。今度失敗すれば流石にクビだけでは済まされないだろう。

 そう言えば柿右衛門のこともある。思えば只今ただいま四面楚歌しめんそか崖っ渕がけっぷちといった状況だ。


(いっそケノ国から出て……ややっ、誰か出てくるにゃ!?)


 見れば炊事場から女たちが話しつつ向かって来る、屋敷の外へと出るつもりらしい。うっかり見つかると厄介だ、慌てて塀から飛び降り、外の茂みへと姿を隠した。


 女たちは戸口から出て談笑をしながら歩く。屋敷の奉公人であるお竜とおつねであった。


「何故今日に限って男衆が屋敷の掃除なんかしてるんだい? 文句言うつもりは無いけど、普段からあれくらいやってくれればいいんだ」


「あはは、そだね。これから特別なお客人が来るんだってさ。姐さんの部屋を通った時小耳に挟んだんだけどね、何でも天にも昇るような身分の御方らしいよ」


「なんだって!? 何でうちにそんな……気味が悪いよ」


 女たちは塀伝いに歩いて行ってしまった。茂みに隠れていた句瑠璃は今の話をしっかりと聞いていた。


(今の本当かにゃ? ……にへ、にへへへへっ!! いいこと聞いたにゃあ!)



 一方こちらは志乃とイロハ、昼餉ひるげを食べ終え早々、お千夏の部屋に呼ばれる二人。機嫌が良かった昨日と比べ、随分と様子がおかしい。険しい表情を浮かべながら志乃に一通の文を渡す。


「ちゆり、あんたに今から客が来るってさ。てっきり悪戯か何かと思ったんだけど、一応目を通して貰いたくてね」


 言われ文に目を通す志乃、読んでいるうちに顔がこわばる。思わず横にいたイロハが覗き込んだ。


「何て書いてあんだ?」

「生き別れの祖父が今から訪ねてくるって。私には父はおろか、親戚すら居ないわ」

「じゃあ誰かの悪戯け?」


「だとすれば相当性質たちが悪いね。文の最後を見なよ」


 そこには「六つ星の家紋」が記されていたのだ。


「烏頭目宮の家紋さ、もし悪戯ならとんでもないことさね。どうだいちゆり、お前ならこれがどういう文なのか、見破れるんじゃないのかい?」


 もしこれが本当に悪戯なら、すぐさま役人に届けなくてはならない。

 志乃は瞳を赤く光らせ、文全体を見る様に目を通す。

 

「……筆跡を見る限り、かなり身分の高い人が書いたと思われます。只、文面や筆跡自体に見憶えはありません……僅かだけど紙から妖の気が感じられるわ」


「じゃあ妖怪が書いたんけ?」

「わからない。イロハ、貴女が気付けない程僅かな気配なの」

「ふむ、やっぱりこの目で直接相手を確かめないと駄目みたいだね」


 パンパンと勢いよく手が叩かれ、ふすまから妙な男が現れた。


『うあーい! 呼ばりましだげぇ?』


 小汚い格好で口は半開き、目は明後日の方を見ている。


「こいつは烏頭目宮でフラフラしてたのを捉まえて来たのさ。面白い奴でね、物憶えはいいんだよ。烏頭目宮城内を出入りする武家人の顔から、道行く町人の名前や顔まで知ってるらしいよ」


「へへぇ、でも近頃あっちへは行ってねえんで。若けえのはさっぱりですけんど」


 お千夏が言うには、この男に尋ねて来た客を見せ、何者か見破らせるのだという。もし憶えが無い顔ならばすぐ様ふん縛り、番屋に突き出そうという訳だ。


 ここで慌ただしく甚之助が部屋に入ってきた。


「来たっ! 来たぞぉ! 向こうは二人らしい、今門の外だ!」

「よし、 あんたたちは奥で待ってな! 妖相手の準備はしといておくれよ!」



 妖怪用の武具を持った男衆たちが、門の内側でずらりと立ち並ぶ。

 皆、内心気が気ではない。


 緊張が走る中でゆっくり門を潜って現れたのは、杖を突いた老人と手を引く童女。


 一同、拍子抜けを喰らう。


(どうだい? 憶えはあるかい?)

「あれあれあれー?」

(どうなんだいっ!? 一体誰なんだいっ!?)

「一度だけたまたま見ましたがね。あの爺様、烏頭目宮の殿様ですぜ?」



ピッピッピッピ─────ッ!!!!


「!? なんぞ?」

「……」


 突然の笛の音に、老人と童女は足を止めた。そして……。


『へへぇ────っ!!!』


 ずらりと並んでいた男衆。合図を聞いて得物を捨て、その場に平伏するのだった。

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