八溝、動乱 其ノ十


 再び紗実シャミィの銃から弾が撃ち出される。

 だがそれはトラに向けられたものでは無かった。


「何かいるぞ」


 分解している時間など無い。同じ対妖怪弾を装填すると、注意深く周囲を見回す。只ならぬ気配に、黒装束たちも警戒を余儀なくされた。


(何か嫌な予感だにゃ…)


ドサッ


 トラを捕まえていた黒装束の一人が突然倒れた。銃を向けるが誰も居ない。

 そしてまた一人倒れる! うめきき声一つ上げずに!


「仲間か!? 出て来やがれ! こいつをぶっ殺すぞ!」


 離れた木の陰から複数の気配!

 そして足元に感じる違和感、下を向いた紗実は悲鳴を上げそうになる。


──蛇だ!


 剥き出した牙から毒液が放たれ、避ける間もなく顔に掛かった!


『今だっ! 掛かれー!!』


「にゃ、にゃんとぉー!?」


 一斉に飛び掛かって来た正体を見て驚いた。那珂なかの里の化け猫たちではないか! 普段人里に住んでいる腑抜けた連中が何故こんな山奥にいるのか!?


「御隠居っ!! しっかりしてくだせえっ!!」

「ハチッ! 旦那を連れて一旦引け! こいつらは皆殺しだ!!」


 那珂の里の猫又頭、烈風が叫び黒装束へと切り込む。その隙きにトラへと近づいた八兵衛が見ると、トラは妖気を失い猫の姿に戻っているではないか! 生気が無くこのままでは危ない!


 急いで抱え去ろうとする八兵衛の前に、火の壁が立ち塞がる!


「逃がす訳無いにゃっ… に˝あ ぁぁー!!?」


 句瑠璃が尻に痛みを覚え、振り向くと二本の尾が斬り落とされていた。

 そこには見覚えのある憎き者の姿が!


「次はその首を貰おうか」

「き、き、きさまぁぁぁぁ!!! 」


 御原で自分の腕を切り落とした宿敵「鴉蛇の香清」だ! 怒りに任せて焼き殺してやりたいが、今は痛みでそれどころではない。素早く黒猫の姿に戻ると斬られた尻尾を拾い、咥えて逃げ出した。


「て、てめぇ逃げんな!? くそっくそっ!!」


 向かって来る化け猫を鉄の腕で振り払う紗実。相当強い猛毒なのだろう、先程から目の痛みが全く治まらない。このままでは失明してしまうと考えやむなく敵に背中を向ける。猫を相手にしていた黒装束たちが紗実を逃がそうと立ち塞がった。

 一方奮戦している猫又たち。敵の親玉を逃すものかと烈風が機転を利かし、香清に向かって叫んだ。


「追ってくれ! ここは任せろ!」

「頼む!」


 里でトラを見掛け追って来た那珂の猫たち、山姫を訪ねに来た鴉蛇の香清。双方はたまたま相乗りした舟上で知り合ったばかりだ。香清としても川姫のお気に入りである『那珂なか邪々虎じゃじゃとら』を放っておく訳にはいかなかったのだろう。昔あった借りのこともあり、見殺すのは不本意と考えたのだ。


 どこかへ行ってしまった句瑠璃には気にも留めず、香清は黒装束の頭上を飛び越え紗実を追う。思うに奴はこの集団の頭、山姫は無法な余所者を嫌うと聞く。自分が捕らえて首を持っていけば、幾分かは誠意の証として気をけるだろう。


──っ!


 紗実を追っている方向から何かが飛んで来る。すぐさま木の陰に身を隠す香清。

 見ると木には手裏剣が刺さっていた。


カッカッカッ!


 複数の手裏剣が同じ場所に刺さり、一旦身を隠す香清。一体どこから誰が?


──上だ!


ガチンッ!


 思わず鉄爪で受け流し、襲い掛かって来る者の姿を見た。先程の黒装束と似ているが明らかに強者、狐面が付けられ顔は見えない。


(忍!? 新手の仲間か!?)


 両者間合いを取り山林の中を駆け出す、紗実は後回しだ。

 今はこいつをどうにかしないと厄介なことになる!


ガチンッ! キンッ!


 鉄爪と短刀のぶつかる音が鳴り響く。動きの素早い香清だが、相手の攻撃を防ぐのに手一杯。一方の狐面も紙一重で香清の鉄爪をかわしてくる。


(…強い! …だが何だ? この感じは)


 戦いの中、奇妙な感覚に囚われる。強者は一度戦った相手の動きを覚えるという。素早く見切り辛い、戦った憶えは無いが香清はこの動きを知っていた。


ガキンッ!


「お待ちください! お忘れですか? 緒原おはらで会った香清です!」


 攻撃を受け止め、突如香清は狐の面に訴えかけた。


「貴女は佐夜香殿ではありませんか!? 武具を収めてください! 恩人である貴女と戦いたくは無い!!」


「…佐夜…香……?」


 狐面の女は動きを止めた。


「佐夜香殿なのですね!? 何故あの様な輩と……? 一体何があったのですか!?」


「う…ぁ……うあぁあぁぁぁぁぁあああ──!!!!!」


 狐面は頭を抱え苦しみ出す、突如笛の音!


ピ────………


 狐面の女は音のした方向へ走り去って行ってしまった。



「遅せぇぞっ!! ブツは持ってこれたのか!?」

「この通りだ! それより引くぞ! 化け物がゴマンと追って来る!」

「だったらもうここに用はねぇ!」


 笛を吹き素早く鬼怒丸の肩に乗る紗実。合図で黒装束が集まって来るも、別な方向から妖怪たちが集まって来る。毒霧を吹き威嚇する鬼怒丸。最後に狐面の女も合流したが、気が付けば大勢の妖怪に囲まれ崖の上に追い詰められていた。


岩嶽丸いわたけまるの財宝はどこだ!?』

『財宝を寄越せぇぇ!!』


「そんなに欲しけりゃくれてやるぜっ!!」


パァァ──ン!


 鳴り響く乾いた銃声、その瞬間鬼怒丸は紗実と共に崖の下へと落ちて行った。

 他の黒装束たちも、後を追う様に落ちていく。


 覗き込むと崖の下に穴が開いているのが見えた。鬼怒丸たちを追ってきた五郎天狗がすかさずそこへ急降下!


「逃がすものかっ!!」


「間抜け共めっ! さらばにゃっ!」


 突然走って現れ、尻尾を落としそうになる句瑠璃を最後に穴は塞がってしまった。穴は宙に浮いていたようで、五郎天狗は危うく川に墜落しそうになる。


「くっ…消えただと?」


 辺りを見渡すも鬼怒丸たちはどこにもいない、穴も消えてしまった。同様に追って来た妖怪たちが探すも、遂に見つけることはできなかった。


ゴロゴロゴロ……


 遠くで雷鳴の轟く音が聞こえ、皆一斉に北の空を見上げる。


「八溝岳が!? 一体何だあれは!?」


 稲光いなびかりに照らされ、八溝の山に巻き付く蛇の姿が映る。今にも八溝岳を占め潰さんとする巨大な蟒蛇うわばみの姿。これは夢か幻か、立ち尽くす妖怪の一人がポツリと呟いた。


『岩嶽丸だ……』 

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