八溝、動乱 其ノ士
八溝岳中腹にある寺は混乱を極めていた。外に動く大きな壁が現れ、完全に門が塞がれ出られなくなっている。境内から頂上を見上げた住職、壁が巨大な
(……私の責だ)
あの時
魔を封印していると聞き伝わる
要石を掘り出し破壊できる程の力者にとっては、の話だが。
「和尚様、
「急いで寺にいる者全て、結界の一番強い部屋に集めなさい」
若き僧侶が去ると八溝岳を見上げる住職。その時岩嶽丸に挑まんとする二つの影が見えた。一体何だあれは? 妖怪か? それとも神仏が遣わした化身なのか!?
影に呼応するかのように蟒蛇の腹が激しく動き出す。
こうしてはいられない、住職は急いで本殿へと向かった。
本殿の奥、神仏の像が並べられた部屋に、不安げな表情の僧や寺男たちが集まっている。それだけではない、昼間黒装束たちに殺された武芸者一行も安置されていた。
──我々は
白い紙で覆われた
「…皆、よく聞きなさい。見ての通り、今この山は
置かれていたのは、寺の結界と同じ札だった。持てば魔を避け、難を逃れるというかなり強力な札である。
「私は一人残り、天に救いと皆の無事を乞う」
「無茶な!? 御一緒にお逃げください!」
「こうなったのは私の責でもある、果たさずして逃げるのは道理に非ず。それにこのまま仏を置いて行く訳にもいくまい」
「そんな…!」
そんな理不尽な道理があってなるものか。封印の場所を教えたのは皆の命を救う為だったというのに……。
『和尚様がお残りになるのなら私も!』
『私も残ります! お供させて下さい!』
『ここに残ることこそ仏の道!』
「愚か者っ!!」
ダンッ!
進み出た若き僧侶を一喝する住職。いずれも有望と見ていた弟子たちであった。
「残ることが私の努めであるように、お前たちにもするべきことがある筈だ。決して見誤ってはいけないよ」
そう諭す言葉に涙する弟子たち。本当は杖を突く自分が足手纏いになるとも考えてこんなことを言ったのだ。歯を食い縛り、泣くのを堪えながらも、札を持つと一人、また一人と弟子たちは本堂を後にする。一人残された住職は、数珠を擦り合わせると腰を
八溝岳山頂上空、蟒蛇と化した岩嶽丸を今一度倒すべく、イロハと茜が飛び回っていた。それを
しかし何故か雑念が生じ、得意の術もままならない。誰かが
それならば、と巻き付いていた八溝岳を離れ、蟒蛇は天へ飛び上がる。
「そんなのあり!?」
大口を開けて飛んで来る岩嶽丸を、寸でのところでかわす茜とイロハ。
茜の力を借りて浮いていられるとはいえ、イロハは空中で戦う事に慣れていない。かわし様に腹へと斬りつけるも、力が入らない上にぬめり付いた鱗が刃を通さない。
茜も茜で暗雲立ち込める空のおかげで天変地異の術が使えない。こんな時に春華がいてくれれば吹き飛ばしてくれるのだが、
「くそ! どうやって…」
「後ろ──っ!!」
「──っ!?」
間一髪! イロハの後ろにいつの間にか岩嶽丸の頭が来ていたのだ!
茜に助けられなければ、間違いなく腹の中へ収められてしまっただろう。
「気を付けろ、こいつ見た目より全然素早…」
そう言いかけ、苦しそうな表情のイロハに気づく。右腕を見ると血が出ているではないか! かわしたと思った蟒蛇の牙に裂かれたのだ。このままではまずい、地上に降りて手当てをしないと。
そう思った矢先、真後ろに気配がっ!
蟒蛇が火を噴いた!
ゴォォォォォ────ッ!!!!
「うわぁ───っ!!」
イロハを庇いながら急降下、半場墜落気味に地上へと降りる。だが岩嶽丸の執念も凄まじく、逃すまいと体を地面に叩きつけた。
ドゴォォォ─!!! ズズズズズズ……!!!
隠れ身の術で姿を隠し、イロハを抱きかかえながら逃げ
胸元から笛を取り出し吹く。天狗にしか聞こえない天狗呼びの笛だ。
姿は見えないが、新米の天狗たちがすぐ集まって来た。
(誰でもいい、
十分岩嶽丸から離れた場所、イロハを横にさせると布を噛ませた。口に酒を含み、傷口に口を当てると毒を吸い出そうと試みる。膏薬を塗り、腕を縛っているところでイロハが気づいた。
「あ…あかねぇ……」
(しっ! ……皆はイロハを連れて逃げろ、あいつはあたしが何とか引き付ける)
そう言って立ち上がろうとした時、人が近づく気配。
『やれやれ、ここまでか』
山姥だった。
まるで他人事のような態度、もはや茜は耳を貸そうともしない。無視して立ち上がろうとしたところで背中に液体をかけられ、激痛が走った。
「ぎゃぁぁっ! いででっ!!」
「なぁにが引き付けるだ馬鹿タレ。格好つけてるんじゃないよ」
山姥が茜の背中にかけたものは霊水であった。茜は大したことは無いと自分でも思っていたのだが、背中に酷い火傷を負っていたのである。それに気づいたイロハは、やはり自分が、と傍らに置かれた刀を再び持とうとする。
しかし山姥はこれを許さず、太刀の鞘で刀を弾き飛ばした。
(全くどいつもこいつも…)
ゴゴゴゴ……
気配に気づいた岩嶽丸の頭がこちらを向いていた。
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