招かざる客人 其ノ四


 その夜、同じ里にある山の中での出来事。


 どこからともなく集まった里中の猫たちの中に、トラはいた。昼間声を掛けた猫によると、たまに里の猫はここを集会場所とするらしい。


 森の中、意味ありげに開けた場所で輪になりその中央で猫たちの頭『柿右衛門かきえもん』が座っていた。


「あー…、新たに迎える仲間を紹介する。八潮から来たトラ殿だ」


「トラと申す」


 他の猫より一際でかい体で前に出ると、辺りからどよめきの声が漏れた。


那珂なかの里で猛者として名高いあの『邪々虎じゃじゃとら』その方だ。失礼の無えようにすんだぞ」


「柿右衛門殿、今のワシは那珂を離れ隠居の身。今朝此方こちらへ流れ着き、右も左もわからぬ赤子も同然。こちらこそ宜しく願いたい」


「ははは、謙遜けんそん召されるな。さて、話はこれくらいにして大いに飲もうや」


 どこから用意されたのか酒樽が開けられると、銘々めいめいに持ってきた食べ物が並べられる。


 猫たちは傍で観ようとワッと一斉にトラの方へ。


「トラ殿、ねぐらはもうお決まりで? この里は人間の出入りが多く決め兼ねてるんじゃないですか?」

「ああ。向こうにあるでかい屋敷の辺りにでも、と考えておるのだが…」


 皆、トラの一言に顔を見合わせた。


「…は、ははは……冗談でしょうっ!? 駄目ですよあそこ!」

「誰かの縄張りか?」

「あそこは『お千夏屋敷』って呼ばれててみんな恐れて近寄らないんです! 猫が近づいたら最後! おっかねぇとこなんですよ!」


 トラは昼間の事を思い出す。何もしていない自分を、まるで親の仇の様に目の色変えて追っかけて来た男。角材を振り上げ殺さんばかりに叫んでいた。


「ふむぅ。まぁ、何とかなるだろう」


「何とかなるって………ぶ!ふふふっ、流石トラ殿っ!」

「豪胆ですなぁ! はっはっはっ!」


 皆からちやほやされる中、トラはちらりと柿右衛門を見た。ぽつんと一匹で飲んでいるが気分を害してはいないだろうか?


(……あいつら前足返したようにトラ殿トラ殿と! 図体がでかいだけの田舎者じゃねぇか! 畜生! 面白くねぇ!!)


 案の定、気分を大変害していた。


 この柿右衛門、親の代から有力な猫の頭だったが、猫使いが荒く普段から余り良く思われてなかった。


『旦那、柿右衛門の旦那』


 不意に小声で名前を呼ばれ、酌を受ける。

 それは先日新入りとして入って来た雌の黒猫だった。


「何だ新入り。名は確か…」

句瑠璃くるりです旦那、見知り置きくだしゃんせ……ところで旦那、邪々虎の旦那は凄い人気ですにゃあ」

「…そうだな」


 すると句瑠璃は声を低くし柿右衛門に耳打ちする。


「……な、なんだと!?」


 うっかり大声を上げる柿右衛門。

 句瑠璃は目配せをしながらトラをちらりと見た。

 幸いこちらに気づいていない様だ。


(ああいう流れ者は後々争いの元、もしかするとこの里を乗っ取りに来たのかも知れませんよぉ? このまま放っておいていいんですかにゃ?)


(ぐ…し、しかしお前に何ができる?)

(にへぇ、このあたしにお任せあれ~)


 自分も新米で余所者の癖に怪しげな笑みを浮かべると、猫の群がるトラの方へ近づいて行った。



「ぬっ!? 何じゃいお主は!?」


 香の強い匂いがする黒猫に、トラは顔をしかめる。


「にへへ、あたしも最近ここに来た句瑠璃ってケチな者です。トラの旦那、どうぞ御贔屓ごひいきに」


「てめえ! 新米の癖に出しゃばんな!」

「うっさいね! ……ねぇトラの旦那、旦那は八潮で人間の巫女と一緒に居たとか。その人間もこっちに来てるんでやんしょ?」


「おい! 邪々虎さんに失礼じゃねぇか!」

「年増はすっこんでなよ!」

「相変わらず臭えんだよ! 酒がまずくならあ!」


「にゃ、にゃんだとぉ!?」


 周りの者たちが野次を飛ばす中で、トラはある異変に気が付いた。


 句瑠璃からかすかに死臭がしたのだ!


「にゃ!? にゃにゃっ!?」


 突然トラは句瑠璃の首根っこを掴むとそのまま放り投げる。句瑠璃はくるりと回って着地するも、驚いてトラを見た!


 目を吊り上げ、烈火の如く怒りを露わにしているではないか!


「柿右衛門殿! これはどういったことか!? こやつから香に交じり死臭がするぞ! 人間の屍を食らう外道の輩ではないか!!」


「ひ、ひえぇ!?」


 猫たちは皆驚き、度胸のある猫数匹が句瑠璃を囲む!

 そこに柿右衛門が一括!


「やめろいお前ら! ……トラ殿、俺はお主の言う事がよくわからんのだが?」

「正気か!? 人の屍を食らう者が人里で暮らせる訳が無かろうが!」


 すると柿右衛門はやれやれとばかりに頭をかいた。


「……そこにいるブチとクロ、親父は死人の肉を好んで食らっていた。そっちのミケは兄弟殺した挙句、主まで殺した。そこのシロは亭主が昔、飢えに苦しみ子捨て山で人間の屍に口を付けていたな」


 驚いてトラは周りを見ると、名前を呼ばれた者、そうで無い者に関わらず、皆黙って下を向いてしまっていた。


(な!? こ、これはどういうことだ!?)


「あたしの主だった人間は騙された挙句、同じ人間に殺されちまったんですよおー! 敵を討ちたくて死肉を食らっても生き延びて来ましたが、柿右衛門の旦那に改心されて世話になっている身なんですよー! オォ──ン!ヨヨヨヨヨヨ…」


 句瑠璃はここぞとばかりにオイオイ泣き始める。


「かく言うこの俺も人喰い妖怪に育てられた畜生の息子……トラ殿、お主から見ればこの里は、外道な輩の吹き溜まりってところかな?」


「……」


「一度くれぇの罪には目をつぶる。悪人正機あくにんしょうきが俺の代から決めたこの里の掟よ。ケノ国の北じゃどうなってるかは知らねぇが…」


「ま、待たれ!」


 皆まで言うなとばかりにトラがさえぎる。北部…しかも那珂の里で罪を犯し、追い出されて来た猫もここに流れているかもしれない。トラ自身、頭をしていた頃に無法者を追放したことが少なからずあった。


 北部の田舎者は薄情だ、そう言われるのをトラは恐れたのだ。

 焦るトラの表情に柿右衛門はニヤリとする。


「……柿右衛門殿がそう言うなら、この里のおきてならば従おう。句瑠璃と言ったか。過ぎた真似をした、済まぬ」


「…うぅ。お頭、ありがとうございます! ありがとうございますぅ! トラの旦那もお優しいでやんすねぇ…」


 しかし、宴の場はお通夜の様にしーんとしてしまう。

 これは流石に気まずい……。


「あー…皆、済まんがワシも年でな。先に帰らせて貰いたい」


「え……トラの旦那、もう少しゆっくりしてって下さいな!」

「長旅でお疲れなのだろう。トラ殿、送りましょう」


「いや、無用。皆は気にせず楽しんでくれ。柿右衛門殿、今宵は馳走になった」


「お千夏屋敷はお勧めしませんぞトラ殿…クックック……」


 柿右衛門の憎まれ口を背に受け、トラは帰っていく。

 他の猫たちは申し訳なさそうに後を見送るのだった…。

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