篭め 篭め 上章 其ノ四
葬儀が終わり、水倉の屋敷は大宴会となっていた。屋敷中に
チャンチャンチャンチャカ チャカチャンチャン
『はぁい、ケノ国名物、
三味線の音に合わせ舞いが披露され、扇から水芸が飛び出す。その度に妖怪たちから歓声や笑いが起こった。全身長い毛に包まれた妖怪、目玉が五つある妖怪、大小、身元、分け隔て無い宴会の席。この日だけなら水倉の家は、間違いなくケノ国一騒がしい妖怪屋敷だっただろう。
「よっ! 日ノ本一っ!」
「いいぞーねぇちゃん!」
一方台所は修羅場である。この屋敷で唯一人間のおかよは勿論、話を聞いて隠者の里から老婆が数人手伝いに来ての大忙しだった。
「全く、何がいいもんかえ。いい気なもんだや」
「葬式でこだごどになっちまっていいんかや? ほだんべ? おかよちゃん」
「ほうですなぁ。でも狛狗様の葬式だなんてわたすもよぐわがんねくて……」
「あんれま、巫女だったおかよちゃんでも
「葬式なんて
すると横で漬物を切っていた娘が、独り言のように
「妖怪の葬儀自体珍しいよ。大方は形も残らないか、他の誰かの腹の中。
くるりと向いたその顔には大きな目玉が一つしかなかった。
この妖怪の娘、名は
「ありゃぁ、ほうなんけぇ?」
「蒼牙様は幸せな方なんですなぁ」
そこへ酔っぱらった妖怪が台所へ入ってきた。
「どしたぁ!? 食いもん出ねぇならおめぇら食うがいいけ!? ……なんだぁ、婆ばっかしじゃねぇか」
この言葉に老婆の一人が包丁を突き付けて怒鳴る。
「十分若いよ! あんた死んだオラのおとっつあんより年食ってんだろ!?」
「ほれ! これ出来たから持ってげ!」
「……おぉ魂消た、飯炊き場は
酔っぱらいが盆を持ち、すごすごと出ていく姿に老婆たちが手を叩いて笑う。妖怪など日常茶飯事、身内に捨てられ一時は死すら覚悟した
「こっちは水にさらしといた方がいいよ。この切り方はね…こうして、こう!」
おかよに丁寧に教える
その手際の良さに老婆たちが関心して見ている。
「若そうなのによく知ってるねぇ。オラのおっかさまより上手かもしんねぇ」
「おらんちゃん、だったけ? やっぱしあんたも長く生きてんの?」
人間慣れしていない蘭は、親しげに話しかける老婆たちに面食らい、赤面する。
「えと、これは長い事教え込まれたから。それとあたしは数え年で十六だけど」
「あれっ! オラの孫と変わんねぇわ!」
「しかしよくできるもんだわぁ。死んだらオラにもよく教えてくんねぇけ?」
「ほだら物怪さなれるよう、悪いこどもしといで、うっかり成仏さしねぇようにな」
台所が女衆の笑い声で包まれた。
「なんじゃい、勝手の方が騒がしいの。そういやイロハはどうした?」
座敷では巨体化したトラが天狗と酒を飲んでいた。
「大黒柱が無くなったのだ、あいつらだけでする話もあるだろう。それよりトラ殿、お主から星ノ宮の巫女がどう見えるか、聞かせ願えんか? 儂らでは近づくだけで退治されかねんからな」
「志乃のことを? ……むむぅ、一口には難しいな」
考え込んでいるところに酔っぱらった茜が抱き付いてくる。
「勿体ぶらないでよぉ~また抱っこしてあげるからさぁ~」
「ぶっ!」
後ろで飲んでいた
ここへ来た時、トラは抱きかかえられていた為に、光丸坊は悪戯好きの弟子が赤子を
「よさぬか馬鹿者っ! …あー、先程は誠に失礼した」
「…いや」
流石のトラも以前似たようなことがあったからとも言えなかった。
「……難しいと言うより、実はワシにもわからんのだ。年相応の娘に見えることもあれば、時にそれ以上に頼もしくも見える。一本気の通った
「ほう」
「それって志乃も妖怪か何かなんですかぁ?」
「いや、人とも妖ともつかぬ、例えるならばもっと他のものだ。本人は自分を普通の人間と考えている様だが……ふむ、改めて考えると実に不思議なことよ」
周りにいた妖怪たちがトラの話に聞き入っていると、
「お先に失礼しまーす。姉さんが通るんで道空けてくださーい」
「おぉ、態々ご苦労だったな。送らせるがどうだ?」
「いえ、それには及びません。……あら? 貴方は」
姉のみづちがトラの方を向く。
「那珂の里のトラ殿だ、今は隠居されてるがな。トラ殿、二人は蛇の医者と薬師で……」
「……以前世話になったことがあったか」
「あ! まさかあの時のっ!?」
「……お久しぶりです。お元気そうですね」
「なんじゃ、知っておったか」
気にも留めない振りをしたが、どこか余所余所しいところを見るとこれは昔何かあったな、と勘付く光丸坊。茜に至っては興味津々なのだが、師に睨まれると知らん振りをした。
簡単に周りの妖怪に挨拶を済ませ、白河姉妹は出て行った。この時期二人は本来なら冬眠中なのだが、蒼牙の主治していた手前思う事もあったのだろう。屋敷の野狗は二人が出て行くまで深々と頭を下げていた。
「イロハや月光と土地の話でもしとったのだろう。
「頂こう」
「邪々さまぁ~。あたしの酌も受けて~」
「お、お主それ全部空けたのか!?」
茜の横には樽が二斗転がっていた。
宴会も賑やかになってきた最中、再び襖が開く。中から出て来たのは今度こそ月光とイロハだった。
辺りの声が急に静かになる。
「皆の衆、遠方からようこそ
イロハが座り、頭を下げると辺りはシンと静かになる。
「本日、父蒼牙に別れの場を与えて下さり、感謝の極みに御座います。父に代わり厚くお礼申し上げます……」
イロハが挨拶をしている間、誰もが動かず静聴していた。
先程騒いでいた者の中には涙を浮かべている者もいた。
「──これを以って挨拶とさせて頂きます。皆々様の活躍と那須野に繁栄があらんことを」
莉緒がこの場に居たら何と言うだろう?
蒼牙よ、見ているか?
トラは思わず目頭を押さえるのだった。
「さて、今宵は多忙の方々も居られる事だろう。一時はこれまでとさせて頂きたい。光丸坊殿、後は宜しくお願い申す」
「心得た。希望の者は我ら天狗が送り致そう」
帰ろうと立ち上がる者、もう少し呑んでいこうという者が居る中……。
「月光さん! 月光さん!」
手招きするおかよ。
「……こ、これ…。一体どうすれば……」
「これ以上はいくら何でもビタ一文値切れないよ」
おかよに続いて現れた蘭に渡され、見せられた一枚の紙。それは勘定票だった。
「はっ、八十両!?」
紙を見るなり月光は思わず声を上げてしまった。
これに反応して酔っぱらいたちも声を上げる。
『ツケだ!ツケ!』
『出世払い!』
『麓の神社の賽銭みんなもってげ! 今晩俺が盗ろうとした銭だ!』
「おうよ! 何でも出すぞ! 何がいい!?(衣を脱ぎだす)』
「罰当たるといいねぇあんたら……」
「らんちゃ~ん、またそっちへ飲み行くからさぁ、もうちょっとまけない?」
「あんたはうちの店出禁だったろうが!!」
酔っぱらいの中から光丸坊が手を上げる。
「儂の勘定だ。儂が出す」
「本当に良いのか? 光丸坊殿……かたじけない」
「香典代わりだ。葬儀の席で酒が無いのでは蒼牙も浮かばれんからな、はっはっは!」
この宴会自体、光丸坊が無理に押し開いたものでそういう手筈だった。
鴉天狗が風呂敷を開けると百両箱が現れる。
「あー、これも加えてはくださらんか?」
山狗の松五郎が首に風呂敷をかけて持ってくる。
中には大量の小銭と小判がいくらか混じっていた。
「これは!? 一体この金はどこにあったのだ?」
「へぇ。さっき踊っていた女がいたでしょう?『以前イロハと蒼牙に世話になった者だから』と言っておひねりを全部置いていったんです。名を聞こうとしたらもう姿が見えず……とにかくよく飲み食いする女でした」
「オラとおとうに?」
松五郎の言葉に皆、お互い顔を見合わせる。
「……お
「よい、構うな」
天狗たちは女の正体に気づいた様だった。
だが葬式の席に揉め事は無用、光丸坊はそう判断したのだ。
落ち着いたところでトラは重い腰を上げる。
「…さて、そろそろワシも帰らねばな」
「トラ殿、本日はよくお越し下さったな。八潮の巫女にも宜しくお伝え申す」
「トラ帰っちゃうのか? 泊まってけばいいのに」
「そうだぁ! イロハも飲めー!」
「馬鹿たれ! お前はトラ殿を送らねばならんだろう!」
「イロハよ」
イロハの前に出て、太い前足を肩に置いた。
「………立派になったな。蒼牙や莉緒の様になれとは言わぬ。自身の生を達者に生きるのだぞ……うぅぅ……」
「トラ……」
感極まったトラの言葉に、イロハや周りの者たちは各々の思いを馳せる。
名残惜しくもあるが、また会おうと言い残し、トラは屋敷を後にするのだった。
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