異形地擦り編

篭め 篭め 上章

篭め 篭め 上章 其ノ一


 この世に生を受け、生きていればいづれ『転機』が訪れる。

 本人が望もうが望むまいが、突然それは訪れる。


 訪れるものが幸か不幸かは選べない。

 だが訪れたものを幸と思うか、不幸と思うかは人次第である。



 いよいよ大晦日も近づき、小幡神社では大忙しであった。今年は妖怪による被害が多発した結果、来年は魔除けの術符やお守りが足りないのではないか、という懸念から去年の倍作っている。


 人手不足故に、星ノ宮の巫女も御守り作りを手伝っていた。


「この御守り、中身が入れ方逆」

「え? あっ!? す、すみません!」


 志乃と仕事をしていた幼い巫女は、慌てて中身を確認し『何故分かったんだ?』と不振がる事も無く赤面した。


『何やってんだい! まだまだあんだからしっかりやんなっ!…ったく』


ドン!


 古株そうな巫女が新米を叱責し、まだ袋に入れていないお守りを運んでくる。


 志乃はこの「きく」という女性があまり好きでは無かった。

 三年程前、まだ小幡神社で世話になっていた時のことだ。新人というだけでなく、何かと宮司に目をかけられていた志乃は、きくと他の巫女から嫌がらせを受けていた。

 志乃がその都度きくの仕業と見破り、志乃が類稀たぐいまれなる資質の持ち主と知るや、嫌がらせをすることは無くなった。

 それでも宮司に迷惑がかかるだろうと思った志乃は、巫女と認められるとさっさと小幡を後にし、星ノ宮へ来たという訳だ。


「それと志乃! さっき外で宮司様が呼んでた! あの爺さん具合が悪いというのに何でふらふらしてるんだか……」


「わかりました」


 つっけんどんに言われ、立ち上がる志乃。

 しかしすぐ外へは向かわず、きくの作った御守りを一つ取り上げる。


「なんだい? いいからさっさと行きなよ!」


 更に志乃は自分の作ったお守りをきくの作った分に混ぜ、取り上げたきくの御守りを新米巫女に渡した。


「これ、中身入ってないから入れておいて」


「あ、はい。(プッ)」

「……」


 後ろを向かずとも、きくの表情が目に見えるようだ。

 しかし志乃は気にも留めずに外へと向かう。


 他人には辛く当たり、隠れて自分に甘いところがあるきくを、志乃は好きにはなれなかった。人間なら誰しもあることなのかもしれないが、自分が付き合い上手でないこともあり、どうしても馬が合わない。自覚していた志乃は割り切って考えるしかなかった。


 石段を下り大鳥居おおとりいの傍まで来ると、小幡の宮司が古くなった術符で焚火をしていた。神社の周りでは男衆が怪しい人物がいないか見回りをしている。社の中に女しか居なかったのはそのせいでもある。


「来たか。まぁ座りなさい」


 言われて宮司の横に座る志乃。


「容態が優れないと聞きましたが、起きていて大丈夫なのですか? 符ならどんど焼き(正月に神社で行われる火祭り)にでも燃やせば宜しいのに」


「今度燃やす分は相当な量になるだろうからな。今のうちに少しでも燃やしておかぬと……それより典甚から話は聞いたか?」


「私が二原の神社へ参る件ですか?」


 小幡は志乃へ声を小さくするようにとの仕草をする。

 見張りがいるとはいえ、間者がどこへ潜んで話を聞いているかわからない。


「お前がここへ来て三年になるか、早いものだ……。八潮としては痛手だが、二原へお前が呼ばれるというのは大変名誉なことだ。お前にとっても良い話でもある」


 烏頭目宮うずめのみやからの命であった志乃の二原入り、拒否など当然できない。


「はい……あの…小幡様……」

「だがお前が望まぬなら話は別だ」


 驚き小幡の顔を見る志乃。宮司は虚ろな目で燃える符をじっと見つめながら話す。


「二原へ行くか、それとも他の道を選ぶかはお前の好きにしなさい。三年間だけこの八潮で巫女をする、そういう私との約束だった」


「でもそれでは烏頭目宮の命に反します」


「この小幡神社へ直接命が下ったわけでは無い。あくまで典甚からの伝令、言い訳は何とでもなる。何かあっても典甚のせいにしてしまってもかまわんしな」


 そう言って宮司は笑った。


「私もそろそろ宮司を辞めようと思う。この間、皆と相談し寺社奉行へ願い出た」

「そんな!」

「自分の身体だ、よくわかる。皆やお前に弱っていく様を見せたくないでな」

「……」


 小幡は傍らにあった符を火にくべた。

 符は燃えると炎を上げ、煙に交じり様々な色の霊体を昇らせる。


(符の御霊みたまが……天へと帰っていくんだわ)


 志乃が仰ぎ見ると、色とりどりの御霊が曇り空へと舞い上がっていった。


 こんな光景を見たのは初めてだ。

 これもさくらの影響なのだろうか。


「相応の修練を積んだ者か、死期の近い人間にしか見えぬらしい。やはりお前にも見えるのだな、志乃よ。本来お前はここに居るべき人間ではなかったのかもしれない。今までよく尽くしてくれた、あの御霊の様にお前も行くべき道を進むのだ」


「……小幡様」

「話は終わりだ。さ、ここは冷えるから中に入ろう」


 石段を一段づつ上がる小幡を志乃は支え、一人思う。


 やはり自分にとって、一番の理解者は小幡だった。行き場の無かった自分を引き留め、星ノ宮神社へと住まわせ、自由にさせてくれたのも小幡の宮司だった。

 もう直接自分ができることは少ないと悟った志乃。この先自分が誤りなく道を進むことが小幡の為になるのだろう。


 迷う事は許されない、絶対に。志乃の中に決意が芽生え始めていた。

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