星ノ巫女番外編 南国からの旅人


 オンツァマァの一件から三日後、高ヶ原麓の集落に元気な虎丸の姿があった。


 虎丸は山の神の怒りを鎮めた英雄として扱われ、この集落に留まるよう皆から強く勧められる。

 始めのうちは事態が飲み込めなかった虎丸も、傷が癒えるまでと考え留まることにする。立って歩けるのが関の山、過疎の進む山沿いの集落ですることも限られたが、集まって来る童子たちに読み書きを教え、時に武勇伝を語り聞かせる。

 いつもなら『家のことも手伝わねぇで遊んでっと、山のオンツァマァが来っと!』と怒鳴る集落の老人たちも、この時ばかりは何も言わなかった。


「──それでよ、俺がその一軒家で寝ていると足音が聞こえて来たんだ……」


「こえぇぇー!」

「そ、それで……?」


「足音は俺のいる部屋の前で止まった。ははぁこいつは出やがったな、と俺が横になって寝たふりを決め込んでいると、戸を開ける音がス──……」


ガラッ!


「ギャー!」

「ひぁぁー!」


「うぉ!? こっちが魂消た! 虎丸師匠、これみてくんろ!」


「……んだよ与助か、どうした?」


 入ってきた与助に皆が集まり、手の中に入っていた物を覗く。

 それは弱った一羽のツバメだった。


「オラん家の軒下に落ちてたんだ。師匠、助けてやってくろ!」


 そう言われても、虎丸はツバメの世話などしたことは無い。見たところツバメには傷が無く、ただ弱っている。何故この時期にツバメが居たのかは知らないが、弱っている原因はきっと寒さによるものだろう。ツバメは渡り鳥、この時期は南の暖かい場所にいるのが普通だ、


 火をおこし、試しに餌を与えようとするも口にしない。相当弱り切っているのか、そう思っていた虎丸はあることに気が付いた。


(……まてよ? もしかするとこいつは…)


 虎丸は先日自分でも作った毒消しの薬を煎じ始める。薬が出来上がるとツバメの口へ流し込んでやった。

 暫くするとどうだろう、弱っていたツバメは嘘のように元気になった。


「すっげぇ! 流石師匠だ!」

むじなが撒いたっつう毒がその辺に残ってたんだな。俺たちも気を付けねぇと」


 夜になるとツバメは自力で起き上がり、部屋の中を飛び回るようになった。

 

 次の日から、村の童子たちは家々からツバメの餌になりそうな物を持ち寄る。菜っ葉の切れ端や、ひえあわを与えようとしたが口にせず、代わりに虎丸が持っていた保存食の蜂の子を好んでよく食べた。


「お、俺の蜂の子を……高かったんだぞ畜生! もっと味わって食いやがれ!」


 実に風変わりなツバメであった。虎丸が読み書きを教えていると、傍らに来て熱心に覗き込み、皆の声に合わせてさえずりをあげる。虎丸が昔話を始めると肩に止まり一緒になって耳を傾ける。自分を人間だと思っているのだろうか、このツバメの話は集落中に伝わった。


 あくる日、虎丸が部屋に戻ってくるとツバメの姿はなかった。童子たちも探したがどこにも居る気配が無く、夜になってしまっていた。


「あんなに懐いてたのに、どこさ行ったんだべか」


「さぁな。まぁツバメってのはこの時期あったけぇとこさ行っちまうもんだ。ここに居たって寒いだけだしよ」


「もしかすっと恩返しに師匠のとこさ来たりしてな!」

「鶴じゃねぇんだから無理だろ」


 その晩、ツバメは遂に姿を見せなかった。


 

 ──次の日の朝


ドンドンドンッ!


『虎丸さん! 虎丸さん!』


「……んぁ、誰だこの朝っぱらから」


 ガラリと戸を開けると、そこにいたのは村の長老だった。


「うぉっ!? 寒みぃ筈だぜ、吹雪いていやがる!」


「さっき吹雪き始めたようだ。それより虎丸さんに文が届いておる、何でも至急の事だとか…」


 差出人は典甚てんじんからだった。内容はかなり漠然としていたが、随分と切羽詰まった内容で嫌な予感がする。


「……どうやらここらでいとましなきゃなんねぇみてぇだ。随分世話になったな」

「行っちまうのけ?」


 早速身支度を整え、簡単に挨拶を済ませると集落を離れることにする虎丸。吹雪の中、鼻を垂らしながら手を振る与助が印象的だった。



 明るいうちに八潮の町中へ着こうとする虎丸であったが、残雪の後に度々降り積もった雪で思うように歩けない。すぐ止むと考えていた吹雪も時が経つにつれ酷くなり、かろうじて残っていた人間の足跡も見失い、気がつけば見知らぬ山へ差し掛かろうとしていた。


(……参ったな、このまんまじゃ行き付けるかわかんねぇ)


 どこか吹雪を凌げる所で休もうか、と考えていた時だった。


ピピピ─ キキキッ


 聞き覚えのある鳴き声、ツバメの声だ。


(あ、あいつ!)


 見ると頭上でツバメが飛び回っていたのだ。驚き立ち上がると、まるで自分について来いと言わんばかりに虎丸を先導しようとする。

 ツバメは吹雪の中で先を飛びながら、時折虎丸がついて来ているか確認するように木へ止まる。虎丸もツバメを見失わない様、足場の悪い中を懸命に歩いた。


 そして、ようやく虎丸も見覚えのある場所へと辿り着く。

 吹雪もいつの間にか穏やかになり、止んでしまっていた。


(驚いたぜこいつは。まさか本当に恩返しに来るなんてよ)


 もう大丈夫だ、そう確信したのかツバメは再び大きく旋回しながら鳴き、南の空へと飛んで行ってしまった。


「おぉい!! おめぇもよ、達者で居ろよぉー!!」


 嬉しそうに声を上げると遥か遠くに見える八潮の町へ歩いて行くのだった。



星ノ巫女番外編  ─南国からの旅人─  完

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