狙われた里 下章 其ノ三


 高ヶ原山の麓、元居た集落に典甚たちが帰ってきたのは夜分遅くであった。着いて早々、少し騒がしいのが気になる。


 村長らに原因を尋ねてみると、勝手に飛び出していった虎丸が集落の入り口で横になっていたのだという。


「やっ!? これは私たちが山へ置き去りにした荷物!?」


 荷物を渡され竜之丞が驚く。村長が言うには、虎丸が寝ていた傍に何故か置かれていたらしい。


「それだけではありませぬ。こだものがこの男の懐に挟まっていたので」


 それは文であった。

 内容は……


『此度 この男の働きにより山の悪しき事解決に至る よって吹雪による結界を解くものとし 以後も人の民は森羅万象へたっとぶに努めよ』


 恐らく山の神からのものではないかと話が集落中に広まっていた。

 しかしそんなものがいるとはにわかに信じがたい五郎佐、訝し気に村長へ尋ねる。


「で、その虎丸って奴はどこで何をしてたんだ?」

「寝ていて呼びかけても目を覚ましませぬ。怪我もしておりますゆえ、目を覚ましたら改めて問いただそうと」

「これはちょっと面倒なことになりましたね……」


 いずれにしてもオンツァマァの脅威は去った。今宵はもう皆休み、明日集まることとなる。討伐目的だった者たちは各々休むべく民家を割り当てられた。


 典甚は村長に空き家があるか尋ね、他の民家を勧められるもそれを拒む。



「……」


 薄い煎餅布団とむしろに包まり、黙って囲炉裏火を見つめる典甚。

 元々オンツァマァ討伐に来たわけでは無いといっても、山の中を歩き回り、何も成果が無かった一日。一体何を信じればよかったのか、それを考えていた。


(これで烏頭目宮うずめのみやの使いが現れなかったらお笑い草だな。全くの無駄骨って訳だ)


 その心配は杞憂きゆうに終わる。

 声はいきなり頭上から降ってきた。


『犬が西向けば』


「……尾も西へ!」


ギシッ……


 囲炉裏を挟んで向かい側、人影がはっきりと映し出された。


「……成る程、おめぇが烏頭目宮の使いだったっちゅう訳だ」


『どうやら気が付いて居なかった様だな』


 その者は



 兼井かねいであった。



「粗方の事は竜之丞らに聞いた。まさかお主が山の主を追って高ヶ原に入るとは意外だったがな」

「何故高ヶ原へ俺を呼び出した? ここでなくちゃならねぇ理由は何だ? おめぇは今の今までどこで何してた!? むじな退治の裏方かっ!!」


 一歩間違えれば命を落としていてもおかしくは無かった。持っていた文を床に叩きつけ、うっぷんを兼井にぶつける。


「おっと、立場をわきまえて貰おうか」


 そう言って懐から一枚の紙をとりだし、明りに照らす。


(あっ……あおいの御紋っ!?)


 幕府徳川の家紋である葵の紋。これを使用できるのは幕府から信用されている人物だけである。そして烏頭目宮守も特別にこれを許されており、兼井がどういう立場の人間なのか容易に想像ができた。


「今から俺の話すことは一切他言無用。もし他に知れれば幾多の首が飛ぶという事を肝に命じよ」

「……承知」

「まずお主の言っていた通り、芳賀家が何かしでかしているのは間違いないだろう。『地擦り組』の動きが目まぐるしく活発になっている、既に八潮へ何人か紛れているようにな」

「!?」


 兼井は何か典甚の目の前に置いた。それは以前、イロハにも渡したことがある妖気を消す術具だったのだ!


「お主も知っているだろう? 『闇屋』から手に入れた物だ。同じ物を身に着けている者が何人か八潮にいた」


「まさか!?」


「気が付かなくても無理はない。いずれも行商の者ばかり、最近入り込んだのだろう」


 何ということだ! 芳賀佳枝の手先なのか!? 目的は志乃か!? 小幡か!?

 八潮そのものの乗っ取りか!?


「今は目立った動きは無いようだが、先に手を打っておく必要があるだろう。しかし下手に刺激すれば状況は悪くなるだけだ」


「では一体どうすれば……」


 兼井は典甚に近づき、こう囁いた。


「巫女を八潮から出し、二原にある山寺へ預けよ」

「な……」


 志乃を手放せというのだ。そんなことはできない、小幡が黙ってはいないだろう。第一志乃が素直に聞くとは思えない!


「二原に戦巫女を育てる密社があり、そこで指南役を務めて貰う。さすれば芳賀家とて容易に手は出せぬ筈。志乃、と言ったか。あの者の力、並外れたなどというものではない。先程山で確認したが幽霊を使役する者など初めて見聞きしたわ」


「馬鹿な! 志乃は来ちゃいねぇ筈だ! 幽霊を使役だと!? そんな話……!」


 ここで典甚はさくらの存在を思い出す。高ヶ原へ入る前に見たあの女……まさか、志乃が寄越した使いだとでもいうのか!?


「これは烏頭目宮の老中とも相談し、決めた結果だ。御館様へも了承の確認を取っている、お主や小幡の神主が反対しても無駄だ。我々は志乃が九尾の狐と対峙したことも既に把握済よ、何故寺社事変奉行への報告が無いのかは知らぬがな」


(ぐっ……!!)


 恐ろしいものである。まさか烏頭目宮の手の者がここまで知っているとは……。

ケノ国全てに目があり耳がある、まさにその通りだった。


「我々がお前たちを脅すことは容易い。が、これは芳賀家としても同じこと。どこかで志乃を吊し上げる口実を掴めば、すぐ行動に出るだろう。もしくは直接消しに来るかだな……。そうなる前に、志乃を手の届かぬ二原へと移さねばならぬ」


「し、しかしそれだけでは八潮は!」


「小幡には神主を辞めさせ、代役を立てよ。二原や志乃との関係を断つのだ。そうすればいくらか奴らの関心はかく乱できる。その間に我々は芳賀家を取り潰す為の準備ができるのだ。志乃を芳賀家に取られればそれも難しくなる」


 典甚は腕を組み、目を閉じた。

 芳賀家を取り潰す、この男は確かにそう言った。

 一見利にかなう様だが問題もある。


 芳賀家を潰すことができても第二、第三の芳賀家が出てきた時はどうするのか?

 小幡が神主を降りたところで芳賀家をかく乱できるのか?


 志乃の存在も大きい。

 もし手放してしまったら八潮は一体どうなるのか!?


「流れ者の巫女一人失ったくらいでままならぬようでは、八潮に沙汰が下ると知れ。今話した事をよく小幡に言って聞かせよ」


「……承知した」


 内心承知などしていないし、できるわけがない。

 立場上、こう答えるしかないのだ。


「御館様の御戻りが大分遅れることになった。だがそれまでに事を進めて置け」


 そう言葉を残すと去っていった。


「……」


 えらいことになった!

 予想だにしなかった展開に、暫し時が流れるのを忘れ硬直する。


 顔を拭った手の隙間から、ぐっしょりと汗がしたたり落ちた。

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