狙われた里 上章 其ノ六 


 久しぶりに会った少女たちは大木の枝に腰掛け、眼下にそびえる那須連山を見渡す。白く化粧した山々は、ほのかな赤みと闇に染められ異界の地を一望しているかに覚えた。


「──ほっか。天狗の修業、終わったんだ」

「御師様から名前も貰って、山一つ預かる立派な天狗様よ。そう言うお前も一族の長になったんだろ? ここいら一帯はお前の縄張りって訳だ」


 茜は先程から喋りながら絵を描くのに没頭している。気になってイロハが覗くと、それは今見ている風景だった。


「あぁこれいいだろ。持ち運びに便利な書ける石! 渡来物で宵闇町で買ったんだ。宵闇町って知ってるか? 山ん中ばっかりいたら息詰まるし、後で連れてってやるよ。面白いぞ」

「んー……オラはいいや。今大事な時期だし、ここ離れらんねぇから……」


 寂しそうにそう言うイロハに、茜は呆れて答える。


「あーあーヤダね~そういうの! あのな、一生なんてあっという間だよ? 色んな事今のうちに知っておかないと、これから先、何にもできない大人になっちゃうぞ? そんなんで一族率いていけんの?」

「それは……いや、だったらあかねぇはどうしてんだよ?!」


 簡単に言う茜にイロハは反論した。


「あたし? あぁ、山の事か。別に、どうもしないさ」

「!?」


 この一言にイロハは酷く衝撃を受けた。


 茜の師である光丸坊こうまるぼう天元斎てんげんさいは、よくイロハの家に来てはどこそこの山で火事があっただの、人間の小競り合いがあっただの、自分が見聞きした話をしていったものだ。だからイロハは、天狗というものは自分の縄張りを東奔西走し、とても忙しいものだ、と考えていたのだ。


「主が一日二日居ないくらいで無くなっちまうような山ならいらない。お前にしてもそうだろ? それとも水倉のいぬは長が居ないと何もできないのか?」

「違う! オラん家には昔っからの決まりがあんだ!」

「その決まりってのは先祖様が決めたってやつか? そいつを守ってれば、何あっても絶対大丈夫なの? 死んだ先祖様が生き返って助けてくれんの?」

「ば、馬鹿にすんな!!」


 顔を真っ赤にしながら茜に掴みかかる。


「うわわ、怒んなっての! だってそうだろ?! それにお前掟破って人里に居たことがあるそうじゃん! お前だって掟なんかクソ喰らえって思ってんだろ?!」

「そ……」


『お──ま──え──ら─────!!!』


 叫び声と共に吹く突風!

 二人はまともに風を受け、木の上から吹っ飛ばされた。


「お前ら何だってそう何時までも人間みてぇに口喋くっちゃべってんだ!? あちしは用があって来たんだからな!」


 木が被っている雪を吹き飛ばす遊びに飽きた春華は、待ちくたびれて豪風を起こしたのだ。上手い事雪だまりの深い場所に二人は突き落とされる。


「ぺっぺっ! 何してんだ馬鹿!」

「雪が耳ん中さ入った……用ってなんだ? 遊びに来たんじゃねぇのか?」


 すると春華は降りてきて雪の上に立ち、得意げに腕を組む。


「よぉく聞けイロハ! あちしは今から八潮の山に出た『おんつぁまぁ』をやっつけに行く! お前も連れてってやるぞ!」


「なんだそれ?」

高ヶ原たかがはらで山のオンツァマァが出て暴れてんだと。おかげで八潮は例年に無い大雪だってさ。こいつあたしが山一つ貰った話聞いたらさ、自分もオンツァマァ倒して山の主になるってきかないんだよ」


「八潮に化け物が出て暴れてんのか!? 人間襲ってんのか!?」


 真っ先に志乃のことが頭をよぎる。


「詳しくは知らないけど山の麓まで吹雪いてるって。ま、今からそれを確かめに行くわけだけど」


 そう言って春華を見る茜。


「なーんかさっきの様子だとイロハは行けないみたいだなー。八潮の巫女も当然化け物退治に行くだろうなー。もしかしたらやられちゃうかもなー」

「志乃が負ける筈ねぇ! 春華だってよく知ってるべ!?」


 すると春華、やれやれと首を振る。


「何にもわかってないなぁ。山の主ってのはそこらの妖怪なんかと比べ物になんないほど強いんだぞ。人間の巫女なんかあっという間に食べられちゃうかもなー」


 ……そんなに山の主という者は強いのだろうか? 近隣の山の有力者はいくつか知っているが、実際に戦っているのを見たことが無いのでよくわからない。

 春華の言う事を確かめるべく、イロハは茜の顔を見る。


「ま、残念だけどこいつの言ってることは本当だ。その志乃とかいう人間がどれだけ強いのか知らないけど、人間が何人相手で挑んでも、まず歯が立たないだろうね」


「ちょっくら待ってろ! 一旦戻る! 言っとくけど見に行くだけだかんな!」


 素早く雪の中から飛び出したイロハは屋敷の方へと駆け出して行った。


「早くしないと置いてっちゃうぞー! ……な? 言った通りだろ?」

「へぇー。ま、いいけどね」


 二人は思わず顔を見合わせて笑うのだった。

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