星ノ巫女番外編 弁天入りの怪
──弁天入り
それはこの森が『弁天入り』だからだ。
敬遠され「神様の通り口」という意味でつけられたこの名。だが実際は獣や妖怪、野盗の巣窟であり、いつしか神隠しに合うなどの噂まで立っていた。
日が出ている間も薄暗く視界が効かない。迷ってしまったら二度と出れる保証はない。そんな森の中、先を急ぐ中年の男が一人……。
『はぁ……まったく畜生が……』
この男、隣里の庄屋の使いである。今朝方用事を言いつけられ、早く済ませようとこの弁天入りを突っ切って来たのだ。太った男は物臭(面倒臭がり)で、最近少々足を悪くした。大袈裟に痛がれば働かずに済むと考え、今日一日ゆっくりしていようとしていたら庄屋に見透かされ、使いを頼まれたのだった。
「俺じゃなくても暇な奴なら他にもいたじゃねぇか! クソッ!」
早く用事を済ませようと慣れない場所を走っていたので足をくじき、悪くしていた足を余計悪化させてしまった。遂に男は荷物を置き、大きな木の根元に腰を下ろす。
やれやれと一息つくと、目の前に何かが居た。
それは二匹の白い蛇だった。一匹は男に気が付くとすぐ立ち去ってしまう。しかしもう一匹の方は、動かず首を
それを見て男は腹が立ってきた。何故か自分が馬鹿にされているような気がしたのだ。理不尽な使いを頼まれ、足をくじいたこともあって、男はついカッとなり手元にあった石を投げつけた。
「思い知れこん畜生!」
蛇は石に当たらなかったが、自分に向かって石が投げられたことに気が付き、その場をぐるぐると回り始める。どうやらこの蛇は目が見えない様だった。
ならば今度は、と男は再び手元を探し出す。ようやく大きめの石を見つけ、両手で持ち上げ蛇を潰そうと試みる。
だが、既に白蛇はその場には居なかった。
(逃げやがったか!)
そう思った時だった。
オ──イ……
「っ!? 痛ってえ──!!」
どこからともなく人の呼ぶ声が聞こえ、驚いた男はうっかり石を落としてしまったのだ。運悪く落としたのは自分の足の上、男はその場を飛び跳ね始める。
(いっつっつつ! ちっくしょうめっ! 今のは何処の馬鹿奴だっ!?)
辺りを見回すも深い森の中、どこにも人影は見当たらない。空耳かと思い再び腰を下ろそうとした時、また声が聞こえた。
オ────イ……
(……空耳じゃねぇな。捨てられた餓鬼が誰か探してんのか?)
よくある話、関わると厄介だ。荷物を持つとその場を後にしようとする。
オ────イ!!
また声だ。どんどん近づいており男は流石に気味悪がり出した。昔、山で聞こえた声にうっかり答えてしまい、妖怪に喰われてしまう怪談話を聞いたことがある。
冗談じゃない、喰われて堪るか!
正体は狐か狸か、はたまた山のオンツァマァ(山爺のこと)か? 声を出さぬ様、眉に唾を付けると痛む足を引きずりながら歩きはじめた。
『オイッ!!!』
「ぎゃぁぁぁぁぁ──!!!」
突如正面に現れた奇怪な者に怒鳴られ、肝を潰した男は一目散に来た道を走って行ってしまった……。
「弁天入りで蛇の殺生なんざ
チリンチリン……
すると間もなく黒い着物を着た商人らしき者が姿を現した。
闇屋である。
妖怪の町と人間の住む世界を行き来し、商売をする者たち。普段は妖怪相手にしか取引きをしない彼らだが、典甚は何故かこの闇屋を利用していたのだ。志乃へ渡す便利な術具もこの闇屋から仕入れた物だった。
「……今日は千客万来だな」
「俺の他に誰がここさ来た? まさかさっきの不届き者か?」
「……いや、弁天様のお使いさ」
意味あり気にそう言うと、闇屋はそれ以上教えなかった。信用第一の稼業だからである。闇屋は今日で自分が来るのが最後で、後任に他の闇屋が来ることを伝えると立ち去って行った。
買い物を済ませた典甚はさっきの太った男が残していった荷物を調べる。中を確認すると文が入っており、八潮の名主宛だった。
馴染みの家だし届けてやるか、そう思って荷物を拾うと木の上を見上げる。
「クックック……おめぇらも味な真似しやがるじゃねぇか」
そう呟き、典甚は弁天入りを後にした。
木の上では先程男を脅かした地霊たちが、肩を並べてこちらを見ているのだった。
星ノ巫女番外編 ─弁天入りの怪─ 完
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