白昼蝶夢の章

白昼蝶夢の章 序


 真っ暗だ。

 ここはどこだろう?

 ……あぁそうだ、自分は寝ているのだ。


 何も見えないとなると今晩は夢を見ずに過ごせそうだ。

 それともこういう夢なのだろうか。


 目の前に光が現れた。

 やれやれ、今宵も良い目覚めは期待できなそうである。

 光は徐々に落ち着き、何やら人の姿が現れた。


 見覚えの無い真っ白なその人物は、頭に大きな巻貝の様な物を被り、死に装束の様なものを着ている。


 暫し、二人は互いに見つめ合う。


御晩方おばんがた……あなた何者?」


 先に口を開いたのは志乃の方。

 しかし、先方は相変わらずだんまりである。


「……またあいつの仲間? ねぇ、あんた何用?!」


 しびれを切らして声を張り上げる。

 すると目の前の白き者は、蚊の鳴くような声で話し始めた。


「……私は昼の貝子かいこで御座います……何用とはおかしな人……用があるのはそちらでございましょう」


(カイコ? 貝子……あっ!)


 心当たりがあった。

 それは昼間の出来事である。


……


「うわっ、根っこが出てきちまった! どんだけ掘ればいいんだべ?」

「何してんのよイロハ!」


 丁度イロハが来て暇をしていたので、木の根元を掘って長者になったという昔話を聞かせてやった。単純なイロハのこと、早速神社の木の根元を掘り始めた。


「なんだこれ?」

「な、何よ?」

「変なもん出て来たぞ」


 そう言って汚れた手を志乃に見せると、指の先に小さな白い巻き貝が乗っていたのだ。一瞬ギョッとした志乃は慌ててイロハの腕を掴む。


「な、なんだよ?!」

(しっ! 静かに土の中に戻しなさい! 絶対に潰しちゃ駄目よ!!)


 只ならぬ志乃の様子にイロハは言われた通りにする。

 静かに埋めると志乃は丁重にお祓いをした。


「ほらここ! 絵だけでも見てみなさい!」


 本殿にイロハを上げると妖怪の書物を開いてイロハに見せる。


「さっきのは『オカイコサマ』といって、無暗に掘り出しちゃいけないものなの! うっかり潰したら祟りがあるんだから!」

「あれ、今の妖怪だったんけ?! オラ、ちっこい田螺たにしかなんかの死骸だと思った!」


………


 思い出し、あちゃーと頭を手にやる志乃。この次イロハに話を聞かせる時は柱にでも縛っておかねばなるまい。


 志乃は改まってその場に座り念じる。


「──友人の無礼、無知ゆえの事にてお許し願いとう存じます。特に用無く、事無くお帰り願いまするが……」


 貝子は益々首をかしげる。


「貴女は先程から何を言っているのでしょう? 私の夢の中へ勝手に入り込み、用が無いなどと……」

「え?」

「ここは私の夢の中。お帰り貰いたいのは私の方なのですが」

「!?」


 志乃の反応を見て困り果てる。どうやらこの巫女は勝手に夢に入って来ただけでなく、帰り方までわからないようだ。


「仕方ありませんね。何か知りたいことはありませんか? 普段土に埋まっている身ですが、何かと耳に入ります。用を成せばあなたも帰ることができましょう」

「……うーん」


 急に言われても困ったものだ。詰まらないことを聞いても失礼と思ったが、つい思いついたことを口にしてみた。


「最近私だけに声が聞こえるのですが何かご存じは?」

「……世の中にはそういう者も居りましょう」


 どうやら知らないらしい。

 変人扱いされムッとしたが、貝子に悪気はないのだろう。

 他の事を聞いてみることにする。


「では『日ノ本に降りかかる大いなる災い』についてご存じは? 妖怪の間で噂になっていることですが」

「存じ上げません」


 これは予想外の回答。

 そんな馬鹿な!?


「……何やら俗世で良からぬ噂が飛び交ってるとは聞いていますが、内容までは存じません。私自身、何も覚えがありませんし、それらしき兆候も感じられません。どこからの流言か存じませんが、その様な噂を流した者は天罰が下るでしょう」


(流言? では噂は嘘だというの!?)


 貝子は神の使いだという説もあり、とても嘘をついているようには思えない。では穴に籠り避難しているミチや姑獲鳥はどうなのだろう。災いが来ることを確信し、人攫い事変まで起こした。


 一体どちらが本当なのか?


「これで帰ることができましょう。私はこれから他の地へ越さねばなりません」

「それはイロハが掘り出してしまったから?」

「……いずれ貴女もわかることです」


 この時、志乃は貝子の言っている意味が分からなかった。


「今の貴女には毒にも薬にもならぬことでした。今宵の事は消し去り、他の夢に書き換えておきましょう。さようなら社の巫女、またどこか夢の中で……」

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