宵闇誘いの章 其ノ六


 花火は程無くして終わってしまった。夜空を映し出した天井に静けさが戻り、言いようの無い寂しさだけが残る。再び部屋が明るくなると、初めに見た洋風の部屋が映し出された。


「さてと……」

「そろそろ本題に入らせて貰いましょうか」


 あさぎの方を向き直し、少し厳しい表情を見せる。


「何でも聞いて頂戴。答えられる範囲でお答えしますわ」

「イロハもいいわね?」

「オラ、まずは珠妃たまきが今何処さ居んのか聞きてぇ!」


 待ち切れぬとばかりにイロハが声を上げる。珠妃はあさぎが連れて行った。どういうつもりかは知らないが、邪頭衆同様に利用しようと考えているのなら許せない。


「あの九尾なら那須野にいるわ。大丈夫、安心して」


 あさぎの話では、あの後妖怪の町へ連れて行ったが本人が気に入らず、また那須野へと戻してやったらしい。決して無暗に動き回らないと固く誓わせたのだが、珠妃は素直に応じたそうだ。


「どういう訳かイロハ、貴女の事を大分気にしていたわ。この分なら悪名高い九尾の狐でもちゃんと約束を守りそうね」

「ほんとけ!? ……あぁえがったぁ」

「簡単に信用しちゃ駄目よ」

「あらひどい、本当よ、このくらい信用して下さらないと。貴女こそ九尾の狐が復活したことを他言してませんわね?」

「流石に誰にも話せないわよ!」

「それなら結構」


 とにかく志乃はあさぎが信用ならない。

 にらむ志乃に余裕のあさぎ、二人の問答が今始まった……。


「まず貴女は何者なの? 何の目的があって私に付きまとうのかしら?」

「私はあさぎ、しがない旅の者ですわ」


 平然と答えるも、志乃に付き纏っていることについては答えない。


「何の妖怪なの?」

「何の、とはどういう意味かしら?」


 とぼけているのか、質問の意味がわからないという表情。


「妖怪と言っても色々いるじゃない。正体を聞いてるのよ」

「正体……ねぇ」


 妖怪にとって正体を明かされるというのは致命的な事でもある。何しろ弱点を教えているのと同じなのだから。どんな恐ろしげな化物でも正体が狐や狸だとバレてしまったら鉄砲で撃たれておしまいなのだ。だから志乃はあさぎがはぐらかそうとしているのだと思った。


「そうねぇ……質問を質問で返すようだけど志乃、貴女は『何の人間か』と問われたら答えられるかしら?」

「何の人間って……強いて言うなら人間の巫女よ」

「貴女は職業について私に聞いたのかしら? 違うでしょう? 答えられないのではなくて?」


 ここでイロハが志乃に助け舟を出す。


「えと、例えばオラは狛狗こまいぬだきと、志乃が聞きてぇのはそういうことだべ?」

「それよ! 種族を聞きたいの!」

「私の妖怪としての種族分類を聞きたいのね」


 何だそういうことか、と納得したようなあさぎ。

 しかし返ってきた答えは明後日なものであった。


「それは私も考えたことがなかったわ」


 ポカーンとする志乃とイロハ。対してあさぎはやれやれといった感じで説明し始めた。


「……どうやら今ひとつ妖怪というものを理解できていないようね。普段人間たちが『妖怪』と指しているのは『人に仇なす人外の者』ってとこじゃない? そしてその種族分類は人間が都合上勝手に決めた一例に過ぎない。例えばイロハ、貴女は先ほど狛狗だと名乗ってくれたけど、その『狛狗』という種族名もどこかの誰かが勝手に決めたものに過ぎないのよ」

「え? ほだったんけ?」


 こう答えているが、正直イロハはよく理解できていない。


「それにね、お前はなにがしの妖怪だ、と決めるのは意味のないことだしキリの無い事だわ。志乃、貴女は神に仕える巫女だけど、八百万の神を全て把握できてるの?」

「そんなことできるわけ無いじゃない! さっきから聞いてるとうまく隠そうとしてるようにしか思えないわ、だって自分のことでしょう? 自分が何者か知らないだなんておかしいわ!」


 このままでは逃げられてしまう!

 志乃は咄嗟とっさに切り替えした。


「別におかしなことではありませんわ。私にとって『自分が何者か』だなんてどうでも良いことですもの。私は私、私にとってはそれで十分なの。それより志乃、貴女こそ今おかしな事を言いましたわ」


「……何がかしら?」


「自分を十分把握している者など果たして存在するのかしら? それと志乃、貴女は先程自分を人間だと言いましたわね? 貴女こそ本当に人間なの? 少なくとも私にはそうは見えませんわ」


「え……」

「?!」


「今まで貴女の戦い振りを見てきましたけど、とても人間業には思えません。貴女こそ一体自分が何者なのか、それを貴女は答えることができて?」


「……」


 あさぎの志乃を見る目が変わる。

 そう、初めてあさぎを見た時の感じそのものに……。


 そして志乃は戸惑った。


 今まで当たり前のように使ってきた自分の術が、人外の者の様だと面と向かって言われたのは初めてだった。確かに自分は他の人間と違うところがあるが、それは単に他の人間より抜けて優れているだけだと考えていた。

 自分は優れた力を持ってはいるが人間だ。今までそう考えていたところをあさぎから指摘され、無意識だった心の空白を突かれた気分であった。


──本当に自分は人間か?


(……)

「何言ってんだよ! 志乃は人間じゃねぇか! そうだべ志乃!」


 イロハの声にはっとする志乃。

 そうだ自分は人間だ、そんなことで戸惑ってどうする?!


「……そう、私は人間よ!」


 流石に困惑している志乃が気の毒になったのか、あさぎは「ここまでにしよう」と思った。


如何いかがかしら? 自分の事をちゃんと把握している者など居ないということ、分かって頂けた?」

「残念だけど……少なくとも先程の質問は撤回させて頂くわ」

「理解して頂けてよかったわ」


 そう言うとあさぎはにっこりと微笑んだ。

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