幽霊の掛け軸 中章 其ノニ
地上では虎丸と厳顔が佐夜香の戦いぶりを見ていた。
「あぁくそっ! 見てることしかできねぇのか! せめて火が消せれば…!」
「日照り続きであるのは砂利川、水なぞ無いわ! こうなれば神仏にすがるのみ!」
何を思ったか、僧衣を脱ぎ出す厳顔。
どかっとその場に座ると念仏を唱え始めた。
「お、おい? 念仏なんか唱えて何する気だ?」
「お前も祈れ! 雨乞いじゃ!」
「あ、雨乞い?!」
虎丸は夜空を見上げ、悟った。
無理! まず無理!!
空は星に覆われ月が出ている、雨雲一つ見当たらない。この状況で雨を降らすなど不可能だ。過去に日照りから雨を呼んだ偉人も居るが、いずれも大昔の話である。
(そりゃ何もしないよりは、だが……)
虎丸が辺りを見回した時、自分らの来た方向から何かが来るのに気がついた。
(何だありゃ? 人魂?! いや、違う! ……い、いっぱい来やがる!)
「おい、爺さん! 何か来るぞ?!」
だが厳顔は一心に念仏を唱えており、聞く耳を持たない。
次第に迫ってくる霊魂の様な何かが形を露わにし始めた。
こうしては居られない! 急いで虎丸はありったけの護符を取り出し、道いっぱい直線に並べ始める。結界を張りこちらに来るのを防ごうというのだ
どんどん近づいてくる霊魂。次第にその姿は一つ一つが、四本足の生き物の姿へと変えていった。
騒ぎに気が付き、佐夜香は地上に目線を落としていた。
(あれは馬の死霊!?)
「隙有りぃぃ!」
ゴォォォー!!!
火の玉に当たった佐夜香は屋根から落ちていく。しかし織姫を
「っ!」
「惜しい惜しい! でもあんたも終わりさ! 今来たのは人間を恨んでいる軍馬の霊魂共さ! みんな仲良くあの世行きだよぉぉ!!」
そう叫ぶと句瑠璃は更に火の玉を出し、辺りに火を付け始めた。どんどん燃え広がり周りは炎しか見えなくなる。下に残された佐夜香たちや火消し組は炎に包まれた。
『こっちも火が!!』
『に、逃げられなくなった……』
「逃がしゃしないよぉ!」
戸惑う火消し組と佐夜香に、さも嬉しそうに笑みを見せる句瑠璃。妖怪にとっては人間の恐れおののく様が何よりの馳走なのだ。
こんな邪悪な
「破魔光印!」
光の矢が全弾、油断した句瑠璃に直撃する!
だが紅蓮の業火が句瑠璃を包み込み、佐夜香の術を防ぐ!
「……痛ったあ。…にへへへへ、まさか今のが本気だったとか?」
(効かない?!)
燃え盛る民家の屋根、その業火の中から句瑠璃が再び姿を現す。
少しふらついている様な仕草だが、身体を起こし佐夜香を見下ろした。
「もう終わりにするよ、もうちょい強ければもっと遊べたのにさぁ!」
ボッ!! ボッ!!
反撃してきた句瑠璃の火の玉を避ける!
しかし、佐夜香の周りは完全に炎に包まれてしまった!
辺りは屋根まで燃えている民家しか無く、もう逃げ道は無い!
(こんなに火が!)
炎に囲まれながら辺を見回す。四方炎が高くそびえ火炎地獄と化していた。決死の覚悟で炎に飛びこんだとしても、生きて出られる保証はない。どこからどこまで燃えているのか見当がつかず、燃え上がる炎の熱さで脱出の考えもまとまらない。滝の様に身体から流れる汗が身に染み始め、遂にはその場に
(駄目……ここで死ぬ訳には……)
意識が
織姫は佐夜香の生命力を媒体としている式である。今の佐夜香は手負いの上、人妖一体の術を使い体力の消耗も激しい。消滅する一歩手前であった。
(……
立ち上がろうとするもまるで力が入らない。
遂に目の前が真っ白になり、その場に倒れてしまった。
グァァァァァ…グルルルルルゥゥゥ……
(くそっ! くそっ! くそがっ!!)
今にもこちらになだれ込んできそうな数の死霊を、虎丸は一人結界の前で念を込めていた。そしてその横で念仏に没頭する厳顔、二人共全身汗まみれである。
意識を集中する二人だが、徐々に背中に熱を感じ始める。虎丸はとうに察しがついていた、その熱が一体何であるかを……。徐々にゴォゴォという音も近づき始めている。
(畜生っ! 今はこっちに集中しねぇと! こいつらが町ん中へなだれ込んじまう!! 隣の爺さんはとっとと逃げればいいのに雨乞いなんかしてるしよぉ! 畜生っ!!)
「かんじーざいぶつ……せーむーどどーしゃ……」
パチッ ピシッ
虎丸の足元から音が聞こえ始めた。見ると地に並べた札が音を立て、変形し始めたではないか。結界が死霊たちを抑えきれなくなってきたのである!
「がぁぁ、ぐおぉぉぉ……! 持ってくれよぉぉ──!!!」
ピチパチ!
ペリペリペリッ!!
だが祈り虚しく札は破れ、遂には火を上げて燃え出してしまった。
結界が弱まり、目の前の死霊らが我先へと押し寄せ始めた!
「ぐぁぁぁ!!」
その瞬間、念仏を唱えていた厳顔は立ち上がり叫んだ!
「来た! 祈りが通じたのじゃ!」
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