まほろばのトラの章 其ノ六


 宿に着くとイロハを寝かし自分も布団へと入る。疲れているのにも関わらず、今日遭った事を振り返りなかなか寝付けない。


 神社で聞いた声の通り、先代の知人、猫又の邪々虎に会った。

 邪々虎はかつて先代星ノ宮の巫女やイロハの父らと共に戦いこの里を守った。

 イロハの母は元邪々虎の飼い主で、狛狗のところへ嫁入りしイロハが生まれた。


(わからない、わからないわ。どうして人間と妖怪がここまで懇意こんいな関係を築けるの? 情が通じ合ったから? それともこの地その物がそうさせるの?)


 複雑に絡み合う人物と運命の糸。

 志乃は考えれば考える程わからなくなっていった。


 ……そしていつしか志乃は、茶屋で出会った二人の旅人のことを思い出していた。


 あの時、金髪の女が自分に向けた視線は間違いなく殺気、一体何者なのか。

 再びあの女の目を思い出し、胸が痛くなるのを感じる。

 それをかき消すように布団を被り、深い眠りへとついた。




──志乃は夢を見ていた。


 深くて暗い山林の中一人で歩いている。誰もいない。

 イロハはどこ? 誰かいないの?


 その時、足元に何かありつまづきそうになった。見るとそれは血まみれになった猫だった。傷だらけで止め処なく血が流れている。


「姉さん…姉さん……」

「……ハチ? ハチなの?! 誰にやられたの?! どうしてこんな…!」


 血だらけの猫は八兵衛だった。


「姉さん…親分が……親分が!」


 前を見ると二人の人影。あの旅の二人組であった。


『ふふふ、他愛も無い。かつて化け物を倒した猫又とて所詮この程度…』


 見るともう一人の女が血塗られた刀を握っている。

 その足元にあるのは、深々と刀の刺さった邪々虎の亡骸であった。


「トラ! 何故…どうしてこんなっ!!」


 すると女は邪々虎の血で塗られた自分の指を見つめ、高いところから志乃を舐める様に見下す。


『小娘、何故なにゆえこやつらの味方をする? 身の程を知るがよいわ!』


 次には女が目の前に現れ、志乃の胸に長く延びた爪を突き刺していた。

 体が反応できず、その場に立ち尽くす志乃。


「っ!」


 女は恐ろしい目で志乃を見ながら深く刺した爪で心の臓を掴む。

 耳元に息を吹きかけるように囁く。


「お前は念入りに殺してやろう。せいぜい亡霊となり伴睦峠ばんぼくとうげ辺りを彷徨さまようがよい」


 叫びたくても声が出ない。イロハ、イロハは何処?!

 どうして私がこんな目に遭うの?!


 えぐるようにして心の臓を掴まれ、その力は徐々に増していく……。


「やめて! い、嫌! いや─────っ!!!!!」



みちゃっ


 ここで目が覚めた。夢であったことに気づくまで時間がかかる。心の臓が恐ろしい速さで脈打ち聞こえ、ぐっしょりと汗をかいていた。


(……あ……夢………?)


 呼吸を整えながら体をゆっくりと起こし回りを見た。見慣れない部屋に寝ており、そこが宿で自分が何故そこにいるのか改めて確認する。

 隣ではイロハが寝息を立てている……よかった。


 志乃は自分を落ち着かせると布団から出て手拭いを取る。

 既に日は昇り朝を迎えていた。

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