人攫い事変の章 其ノ士


 志乃とイロハはさらわれた子らを助けるとすぐさま連れて帰ろうとする。幸い、瓜の中にいた子供たちは始め朦朧もうろうとしていたが、すぐ歩けるようになった。


 集落に着くとおさに手短に事を報告し、自分が小幡こばたの使者であり、手柄は小幡神社にあることを告げそのまま去ろうとする。

 だが里の人間は離さない。子供を助けたことを大層喜び、大いに持て成そうとする。少しだけならと志乃は残るも、イロハは理由をつけて無理にでも帰ろうとする。人間でないことがばれるとまずいと思ったからだ。せめてもの礼と徳利と杯を受け取り、逃げるように集落を後にした。

 残された志乃は質問攻めである。特に他所から来た僧兵たちは年端もいかない娘が子供を助けたことに口惜しく思いながらも、興奮の眼差しで志乃の話に耳を傾けた。

 笛や太鼓、笑い声が人里に尽きることは無く、東の空が白み始めた頃に志乃は星ノ宮ほしのみやの社へと帰っていった。


 その後日、とある山の森の中を走るイロハと志乃の姿があった。くんくんと辺りの匂いを嗅ぎながら走ると朽ち果てた古井戸の跡をみつける。


「あった! ここだな」

「ここに入るの? ……冗談でしょ?」


 中を確かめ、イロハは躊躇ためらい無く井戸の中へと入る。結構深かったがうまく底に着地し、例の壁に向かって大声を上げた。


「開けてくんろー!」



 四季折々の花が咲くその空間を歩き、イロハはミチの姿を見つける。そして、そのすぐ離れた場所で畑を耕す白い着物姿の女性が見えた。

 近づいて話しかけるイロハに始めは驚いたが、二、三言葉を交わすと笑いながら腰をえる。

 そのうち志乃が文句を言いながらやって来た。


 イロハは持ってきた杯に徳利の中身を注ぐと二人に渡す。


「よくここまで来れたな。穴は人間が塞いだと聞いていたが」

「昔この上にお城があって、その名残で古井戸があったのよ。まさか本当に見つけた上にここと繋がってたなんて」

「へへっ!」

「成る程」


 笑いながら杯に口をつける。


「おや? どぶろくかと思ったら、これは甘酒……?」

「懐かしいな。外で御神木をしていた頃、よく御供えしてもらったものだ」

「あれ!? 知ってたんけ。珍しいもんだと思ってただ」

「……呆れた」


 姑獲鳥とミチ思わず顔を見合わせると声を出して笑った。


「……そういえばその、体、大丈夫なの?」

「ん? …ああ。私も死ぬと思っていたさ。だが生命に満ちあふれたこの空間がそうさせてくれなかったようだ。……死に時を失ってしまったな」

「死なれると私が退屈になるだろう、そう簡単に死ねると思うな。後数百年は生きてもらうからな」


 ここでイロハが、やかましいのが一人いないことに気づく。


「えーと……春華はるかだっけ? あいつ、どこさいんだ?」

「あの子ならあれから少しして、ここを出て行ったよ」

「えぇ?!」

「始めは面白がってたんだがな。ここに飽きた様子だった」

「じっとしていられない性格なのね。まるでイロハみたい」


『なんだと──!!』


 聞き覚えのある声がして木の葉や花弁が舞い上がる。

 風の精が噂に呼ばれて現れた!


「あー! 何お前ら仲良くしてんだ!? 人間と仲良くしておかしい奴ら!」

「お前もこっちさ来ればいかんべ」

「え……?…へ、へん! ヤダね! それよりお前ら、これを見ろ!」


 そう言って取り出したのは、黒くて丸い珠。


「なにそれ?」

「聞いて驚け! これは天狗から貰った大妖怪の卵だ! それ! あいつらやっつけろー!」


 投げられた珠はバリンと割れて白い煙を吹き出す。

 煙の中から現れたのは大きな髑髏どくろを思わせる頭を持ち、爪の生えた長い腕を持つ、実に気味の悪い妖怪であった! 落ちくぼんだ目、牙の間から「フシュー」と煙を出す!


「うおぉ!?」

「まずいわ!」

「安心しろ、まぁ見ておけ」


 志乃とイロハが驚いて立ち上がるも、姑獲鳥とミチは落ち着いている。

 その理由がすぐにわかった。


しゅぅぅぅぅぅぅ……。


 現れた妖怪は空気の抜けた紙風船の様にしぼんでしまう。


「あ、あれ? 終わっちゃったぞ!」


「あれは妖怪の子が遊ぶおもちゃだ。昔、どこかで見たことがあったな」

「なぁんだ、そうだったのね」

「本物の大妖怪など、そう滅多に使役しえきできるものでは無いさ」


 大妖怪がいなくなってしまい困惑する春華だったが……、


「えっと、や、やーい! イロハが腰抜かしてるー! ぎゃはははは──!」

「な、なんだと! あんなんで、魂消たまげっか! こんにゃろ捕まえてやる!」


 春華を追って走って行くイロハ、三人はそれを笑って見送った。


「やれやれ、子供は騒がしいな」

「……もしもだが」

「ん?」


「……もし、日ノ本の人間と妖怪が、互いを認め合い暮らせる日が来ても良いとは思わないか?」


「……私はそんなこと、考えたことも無かったわ」

「悪いがそれは夢物語だろう。人と妖怪の歴史がそう言っている。何故そう思ったのだ?」


「あの子たちを見ていたら、いつかそんな日が来るんじゃないか、少しだけどそんな気がしたのさ」


 甘酒のそそがれた杯に紅の葉が落ちる。

 それを見ながら静かに微笑むのであった。


 星ノ巫女 ~人攫い事変の章~  完

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る