人攫い事変の章 其ノ七


 山背やませの精をしのいだ二人は人攫ひとさらいの妖怪を捜すべく、奥を目指す。進むにつれ鬱蒼うっそうとした木々が視界をさえぎり、常に不意打ちに対する警戒を余儀なくされる。だが同時に志乃は、この奇妙な情景を目に焼き付けながら歩いていた。紅葉した葉に舞混ざる桜の花弁など滅多に拝めはしないだろう。


「ここは妖怪の作り出した世界ね。でも花や木は幻じゃなくて本物……こんなことが出来る相手は相当強力な妖怪に違いないわ」


(一体、どんな奴なんだべ……)


 そう思いながらもイロハは、さっきの戦いを自分の中で振り返っていた。


 志乃が光を放った瞬間、春華はるかの後ろにあった木に身を潜めていたのだ。そして志乃の幻術に気を取られている間、一気に間合いを詰め一閃いっせん! 一撃で相手を仕留める筈だったが躊躇ためらいが生じ、踏み込む足が止まってしまった。


 以前妖怪と戦った時、志乃にさとされたことがあった。


『自分が何の為に戦い、何の為に相手を仕留めるか。理由はどうあれ戦いの最中さなかに迷えば餌食えじきとなる。敵を助け、守るべき者を失うことになる。きっとその時受ける心の痛みは、相手を斬る痛みよりずっと酷いでしょうね』


 わかっている……わかってはいた。しかし、現に実戦で躊躇いが生じてしまった。先程自分を「変わった」と言ってはいたが、もしかすると自分を気落ちさせないよう気遣ってくれてのことなのかもしれない。

 

 志乃もかつてこんな風にわだかまりを感じた時期があったのだろうか。真っ直ぐ前を歩く志乃を見ながらそんなことを思った。志乃の使う強力な術も凄いが、何より毅然きぜんと妖怪に立ち向かい、容赦無く刃を突き立てるその姿勢には何か普通でないものを感じる。

 しかし志乃が冷酷な悪鬼でないこともイロハは良く知っていた。そうでもなければ自分が那須野なすのの山を飛び出し、星ノ宮ほしのみや神社に入り浸ったりはしなかっただろう。


 志乃、どうしてお前はそんなにも強い?


 物思いにふけっていたイロハだったが、奇妙な感じを受け足を止めた。


「ここ、さっき通ったぞ」

「ほんとに?」

「そこの木の曲がり具合、見覚えある。匂いも一緒だ」


 ──もしや妖怪の幻術では!?


 迂闊うかつ! 普段見慣れぬ光景が広がるこの場所、現実と幻覚の見分けがつきにくい。二人は背中合わせになると武器を構え、辺りに気を配った。

 

 神経を研ぎ澄ませ、注意深く辺りを見渡す。

 相手はどこだ?

 そもそも相手はいるのか?


「!!」


 足元に何かを感じ、とっさに飛びのく。

 動けなかった志乃は地面から生えてきた植物に囲まれてしまった!


「志乃っ!!」

いばら!?」


 茨のおりに閉じ込められてしまった志乃。

 助けに行こうとするイロハだが……。


「うあっ?!」


 地面の草がひとりでに結ばれ、罠となって足元をすくう。

 盛大にぶっ倒れたイロハの手足をつるが縛り上げてしまった。


「くそ! こんなもん!!」


 イロハが引きちぎろうとするも、つるは思いのほか丈夫で力ではどうすることも出来ない。


「に゛に゛に゛!!」

「してやられたわね」


『ムダだ。そのつるは切れぬぞ』


 捕らえられた二人の前に、一本の大木の幹がふくれ上がり、女の姿が現れた。

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