人攫い事変の章 其ノ八


 妖怪樹に捕えられた志乃とイロハ、この奇妙な風景の原因もこいつの仕業か?


『やーい、ざまみろ! ミチに捕まったー! やーい!』


 春華はるかの声が響いた。

「ミチ」というのがこの妖怪樹の名前なのだろうか?


「戦とは相手をよく観察し的確にすきを突くことだ。お前のやり方は荒すぎる。おかげで私の同胞はらからたちがボロボロだ」


『ふん!』


 やれやれといった顔をすると改めて志乃たちの方を向く。


「離せ、この化けもん!」

「これで私達を捕らえたつもり!?」

「……お前たちを殺すことは容易たやすい。だがここは一つ取引をしないか?」

「取引ですって?」

「今日のことは全て忘れ、このまま人里に帰ってはくれぬか?」


 取引というのは相手より立場が上の場合に効力を発揮する。

 この木の妖怪はそれを良く知っていった。


「いいわよ」

「し、志乃!?」

ただし、さらった子供を返し、もう人里に関わらないと約束できるならね」

「それはできぬ。我々にも目的があるからな」

「貴女たちの目的は何?」

「知る必要は無い。知ったところでお前たちに到底理解して貰えるとは思えぬ」


 妖怪樹ミチと問答をしながら、先程から志乃は違和感を感じていた。

 

 ……何かおかしい、何故これ以上何もしてこない?

 こいつの目的は何だ? まるで時間稼ぎを……?

 

 何か思いついた志乃は再びミチに問う。


「攫った子供はもう殺したの?」

「殺しはしない。皆、元気でいる」

「妖怪にでも育て上げるつもり?」

「そんなことしない、時期が来れば必ず戻す。だから武器を収め帰ってくれぬか?」

「そんなの誰が納得すっか! 返せ! 今すぐ、みんなだ!!」

「人間をどう納得させるか、それはお前たち次第なのではないか? 『人攫いの妖怪を仕留めたが、子供は助からなかった』それでよいではないか。もしこのまま帰るならもう里の子供を攫ったりしないと約束してもいい」

「んだとこいつめ!!」


 顔を真っ赤にして怒るイロハを余所よそに、ミチは志乃の方を向いた。


「さあ返答はいかに? このまま帰るか、それとも…」

「…そうね。貴女のことはよくわかったわ」


 志乃はいばらの牢獄の中で構えていた錫杖しゃくじょうを手放した。戦いの流れを断ち切るジャランという鈴の音。

 そうか、それが返答か。いかに戦慣れした者といえど相手は子供。できることなら戦いたくも命を奪いたくも無い。ミチは安堵あんどとも失望ともとれる表情を見せる。


 一瞬の油断! これが命取りとなる!


 志乃が懐から小刀を取り出し、茨の檻の隙間から外に投げた!

 投げ出された小刀を外で掴んだ者がいる!

 それはもう一人の志乃!


「む!?」


 小刀を掴んだもう一人の志乃は素早くイロハの元へ駆け寄る!


「掴んだだと!? 幻覚ではなかったのか!?」


 慌てて自分の枝を伸ばし、小刀を持った志乃を突き刺そうとする。だが一歩遅く、イロハを縛っていたつるは斬られ、役目を終えたもう一人の志乃はふっと消えた。


「おのれ!!」


 今度は茨に囲まれていた志乃目掛け、とがった枝を伸ばす!

 寸でのところ茨の中でそれを避ける志乃!


「伏せろぉ!!!」


 手足が自由になったイロハが茨と枝を真一文字にぶった斬った!

 枝を何本も伸ばし串刺しにしようとするミチ!


キン! 

キンキンッ!


 素早い動きで枝を切り払う。


 志乃は落とした錫杖を拾うとその場に円を描き炎をおこした!

 降り積もった枯れ葉と共に、地面が音を立てて燃え広がる!

 これで植物を生やす事はできない筈!


「このまま延び焼きにしてあげる! 貴女はよく燃えそうね!」


 枝を避け、切り払いながら間合いを詰めてきたイロハ!

 飛び上がり、ミチに止めを刺さんと迫る!


(ここまでか……)


 ミチは静かに目を閉じ、覚悟を決めた。


 地に生まれ妖怪となり数千年、あまりに長く生き過ぎたかもしれない。だがここでそれも終わりだ。悔無しと言い切れないが友との義理は果たした……。


 しかし刀が自分に刺さる気配が一向に無い。


 ──どうした? 何故止めを刺さない?

 静かに目を開けると目の前に刃があり、ミチのすぐ手前で止まっていたのだ。


「!!」


 刀はイロハが止めたわけではない。何者かに刀を掴まれ持ち上げられていたのだ。


「イロハ!」


『危ないところだった、待たせたな』

「念仏でも唱えようかと考えていたところだったよ」


 ミチは刀を止めた者が誰かわかると微笑んで答えた。

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