第12話 お母さんと一緒
「あっ! あんたは!」
「……」
それは山で優衣と同級生の京をひどい目に合わせた、あの春華であった。しかし、先日の威勢はなく怯ている様子だ。一瞬、優衣と目が合うとすぐに茜の後ろへ隠れてしまった。
「だからー、出て来いっての!」
「う……」
「んで、まずはこの天狗に謝りな。縄張りをこんなになるまで荒らしやがって!
「………」
「いいのかー? 優衣ちゃんが見てるぞー」
(……?)
茜に後押しされ観念したのか、春華は小声で呟いた。
「……ごめん……なさい」
「ったく……てなわけでさ、大目に見てやってくれないかな。祠はこいつの金で直させるよ」
「……いや、かまわんよ。どうせ誰もここへは来ぬ。人が訪れてこその社、困る者もおるまいて。それよか人里の方でも随分暴れたようだが」
「それなら平気、ニュース見たけど大けがした人間も居ないみたい」
「ならばよかろう。もう儂はゆくぞ」
「うん、話はそれだけだ」
立ち去ろうとして何か言いたげに優衣を見る穂積爺。だが結局何も言わず、大きな羽を広げると飛び去って行った……。
「これで一先ずはよし。次は優衣ちゃんとこいつのことだね」
「……」
「……」
優衣は春華に言いたいことが山ほどある、だがあえて言わない。
春華はというと何も言えず、ただ下を向いていた。
「まずは優衣ちゃん、落ち着いて私と約束したことを思い出して欲しい、大丈夫だよね? ……ほれ春華、お前の口からちゃんと言え。今までずっと仕舞ってたことがあるんだろ。声に出して言わないと伝わらないぞ」
茜に一歩押し出される春華。
そしてもう一度、優衣と目が合った。
「……なに」
「…………う……」
だが何も言えず、再び茜にしがみ付いてしまう。
「おい! 春」
「……もういい」
「いいってお前……」
「もういいっ! もういいよぉ……うわぁぁぁぁぁ………!」
茜の胸に顔をうずめ、泣き出してしまった。
「……」
「春華……」
「……もう……ゆ……優衣はあたしがいなくても生きてんだ! 人間と生きてければそれでいいんだろっ!!」
「……!」
「優衣は初めからあたしなんか必要じゃなかったんだ! うわぁぁぁ──!!!」
泣き叫ぶ春華を取り囲むように、辺りに旋風か巻き起こる。
風に攫われるように春華の姿が消えていく。
「うわっ、春華─っ!!」
「くうっ!」
残された二人は風で飛ばされそうになり堪える!
優衣は懸命に目を凝らし、空を見上げた!
「……待って!」
「……行かないで! お母さん!!」
突然風がやみ、目の前に春華が姿を現した。
泣き腫らした顔、だがその目はしっかり優衣を見ている。
「お母さん……ですよね」
「…………(こくん)」
ぎこちなく、小さく頷く。
「……ずっと、私のこと見に来ていたんですよね」
「……でも……優衣は人間と……わたしとは……」
「別にそれでいいじゃん」
自ら一線を引こうとする春華に茜が助け船。
「今度は堂々と正面から会いに行けばいいだろ?」
「……」
「な?」
頷くと春華は優衣に近づき、見上げるようにして訪ねた。
「……もう優衣を困らせたりしない。優衣の仲間にもひどいことしない。だから……優衣に会いに行っていいか?」
真剣な目で自分を見つめる小さな母。
想像していた母親像とは大きく掛け離れた、そして予想だにしなかった出会い。
うっかりしたらパニックになってしまうような出来事が一遍に起こったが、優衣にとって今は目の前にいる小さな存在が飛び切り大事だった。
この人が私の母……。
「……やっぱり駄目か?」
「……ううん、会いに来て、お母さん」
「!!」
途端パァッと春華は笑顔になり、思わず優衣に飛びつく。
「わっ」
「優衣はわたしの子だっ! これからは毎日会いに行く!!あはははは──!!」
一度取り上げられた宝物が戻って来たかのように、優衣の周りを飛び回ってはしゃぐ小さき母。
「おいおい、優衣ちゃんだって学校卒業してからも忙しいんだぞ。……まぁこれで本当に万事解決、かな。じゃあ帰ろっか、優衣ちゃん送ってくね」
「はい!」
「わたしも行く!!」
3人の笑い声は天狗の森で風に乗り、木霊となって空に舞い上がるのだった。
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