第2話 昔からある自室の怪異
優衣がアパートに帰ってきた頃には夕方になっていた。学校までの道のりは3kmと徒歩で行くには少々厳しい。だが優衣は陸上部のトレーニングに丁度いい、と6年間徒歩で通いとおした。尤もその為遅刻したことも多々あったが。
(忘れ物取りに行くのも一苦労だ。ま、同級生に一人お別れを言えたのだからよしとしよう)
優衣に両親はいない。物心ついたときは養父母に育てられ、小学校を卒業した時
に八汐学園のある町中へと一人越してきたのだ。アパートの大家が養父母の遠縁の親戚で保護者代わりとなっている。他人同然の子供から色々とねだられるのは迷惑だろうという思いからか、いつの間にか必要最低限の物以外は持たない癖がついていた。自転車を持っていないのも実はそういう理由だ。
『優衣ちゃん! 今日学校だったの?』
アパートの正面で、大家の『
「うん、おばさんこそお帰り。いつ帰ってきたの?」
「少し前よ……ごめんねぇ優衣ちゃん卒業式出てあげられなくて。旦那方のおじいちゃんが突然倒れちゃって……」
「そんなぁ、気持ちだけで十分嬉しいよ」
「あたしの留守中何もなかった?」
「うん、特に何も……」
そう言って自分の部屋のあるアパートの2階を見上げ、ギョッとした。
窓が開けられカーテンが外へ出ている!
「あ……」
「あらやだ! またなの?!」
そう言うと園江はどこから持ってきたか金属バットを片手に優衣の部屋へと駆け出す。慌てて後を追うとドアの前で立ち止まり、身構えていた。
「鍵は掛かってるみたいね。でも油断しちゃダメ! もしかすると犯人がまだいるかもしれないし。優衣ちゃんはここにいて、すぐに110番できるようにしてて!」
「う、うん……無理しないで」
刑事ドラマのファンである園江は優衣から鍵を預かると、ゆっくりとノブに手をかけ、勢いよく扉を開けた。
「出て来いオラァ!!」
開けると同時に金属バットを振り下ろす。が、誰もおらず床に叩きつけられたコーンという虚しい音が響いた。それでも警戒しながら慎重に足を踏み入れる。
(だ、大丈夫なの?)
心配になり中を覗くと、園江が風呂場や押入れをガラリと開け、一々睨みつけている。どうやら誰もいないらしく、続いて優衣も部屋へと入った。自分でも部屋の中を確認したが特に荒らされた形跡はない。変わったところといえば机の上にあった見慣れぬ茶封筒だけだ。
(あっ!これは!?)
直観だがそれを園江に見られてはまずいと思い、慌ててカバンを上に置き隠した。不意に後ろから声。
『あのう……何かあったんすか?』
隣の住人が異変に気づいて様子を見に来たようだ。
「ちょっとあんた、今日一日アパートにいた? 怪しい奴とか見なかった?!」
「いえ、僕はずっと自分の部屋にいましたけど、2階に人が上がってきた足音とかも聞かなかったっすね」
「そう、おっかしいわねぇ……優衣ちゃん、ストーカーみたいな奴に付き
「う、うん大丈夫。そんな奴いないから安心して。もしかしたら私の勘違いで窓開けっぱなしだったかもしれないし」
自分が何か悪いことした訳ではないが、なんとか園江を追い出そうと必死になる。
「そう、ならいいけど。あぁそうそう! お土産あるから着替えたら下降りてきて」
「え、あ……うん」
「変なこともあるもんよねぇ……ほれ!あんたもいつまで女の子の部屋覗いてんの!」
バタン!
やっと出ていった。
(ふぅー……久々だったからうっかりしてたなぁ)
なんとなく自分の部屋をもう一度確認してみる。やはり窓が開いているのと机の上の茶封筒以外変わったことはなかった。
昔から優衣の身の回りでは奇妙なことが多々あった。学校から帰ってくると自分の部屋に様々な物が置いてあるのだ。そして決まって窓や扉は鍵を掛けても必ず開けっ放しになっている。小学校の頃は養父母がくれたのだろうと気にもしなかったがこのアパートで暮らすようになってからも続き、気味が悪くなったのだ。
始めの頃はお菓子や食べ物だったが、アパートで暮らすようになってからは置かれる物がグレードアップし、靴下やら洗剤が置かれるようになった。遠慮がちな優衣は園江に相談しなかったが、ある日遂に見つかってしまい警戒されていた。
最近は昔に比べて起こる頻度もめっきり減ったので放っておいたのだが……。
(とりあえず落ち着いたら見てみますか)
封筒を引き出しに仕舞うと開けられた窓とカーテンを閉じるのだった。
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