遠き未来のその後で

木林藤二

-The children of 300 years after- 優衣の場合

第1話 地方学園の劣等生


 歴史は常に新しく、幾度となく同じことを繰り返し進んでゆく。我々は只、何者かの真似事をしているだけなのだろうか。


 確かなことは今、自分がここにこうしているということだけだ。



 まだ寒さも残る3月、T県八汐市にある八汐学園高等部の廊下。生徒数もまばらになるこの時期に『山ノ瀬やまのせ 優衣ゆい』は今年高等部で決まった進路先の張り紙をぼーっと眺めていた。


(はぁ……)


 優衣も今年卒業できた身ではあるが、まだ進路先は決まっていない。漠然ばくぜんとした目標の末に一つだけ体育大学を受けてみたものの、桜は無残に散った。


(みんな凄いんだぁ……東京大学受かった人いるんだ。こっちは東京漫画学院??ふーん……みんなちゃんと将来のこと考えて勉強してたんだ)


 裏切られたような、逆恨みにも近い感情を覚えながら張り紙に目を通していく。知らないところで努力をしていた同級生とは違い何も考えず3年間を過ごしていた優衣には何も残らなかったということだ。


 自分のことすら他人事の様に考えていると見知った人影を見つけた。


「あ、北上じゃん」


 『北上きたかみ きょう』は同級生で同じ陸上部だった男子だ。


「どしたの? 北上も忘れ物?」

「……用が済んで今帰るところだ」


 京は実に不愛想な男だ。途中からこの学園に編入してきたこともあってか、どこか近寄り難い雰囲気があった。だがベラベラとよく喋る優衣とは、どういった訳か左程さほど仲は悪くはない。


「そなんだ……あっ、ねぇねぇ途中まで一緒に帰ろ」

「何故だ?」


「一人で帰っても詰まんないし寂しいじゃん。奇遇にもこうして会ったついで」


「……まぁ好きにしろ。駅までだぞ」

「うん、それがいいよ」


 了解を得て優衣は少しほっとした。本音を言うと寂しいというより心細かったのだ。将来が定まっていない自分の身の上を聞いて、笑うなり叱咤するなりしてくれる誰かが欲しかったのだった。


 夕暮れの街の歩道を一組の男女が歩く。ただしカップルなどではない。優衣の通っていた学園は昔から由緒ある学び舎らしく、共学とはいえ男女交際に関して厳しい。その風潮は近隣の住民にまで及び、うっかり学園の生徒が夕暮れの公園でお喋りをしていたとなればすぐさま職員室へ連絡がいく程だ。それがよいことなのかどうか一概には何とも言えないが。

 いずれにしても今並んで歩いている二人は全くそんなこと考えてもいない。


「ね、北上は進路決まってるの? 大学とか専門学校とか」

「俺はそういうのは受けなかった」


「じゃ、就職?」

「それもない」


 仲間がいた!!

 進路が未定なのは自分だけではなかった!

 京の返答を聞いた優衣の心にぱぁっと花が咲く。


「えっ?!どうして?! 北上ってうちの学園に編入できたくらいだし頭いいんでしょ? インターハイだっていい線行ったし、大学や企業とかほっとかないと思うんだけど」


 大袈裟に驚いた振りをしているが腹の中ではルンルン気分である。


「高校を出れば十分だ、親に負担をかけたくない。それに他人にこき使われるなんぞ嫌だからな」


「はぇ……」

「……で、お前はどうなんだ」


「あ、うん。私も進路決まってないんだ。大学一つだけ受けたけど失敗しちゃった」


「そうか」

「うん……」


 それ以上京は何も聞いてはこなかった。少しは何か自分の背中を押してくれるような返答を望んでいたのだが……。


(はぁ……受験失敗したのと始めから進学しないって決めてたのとじゃ全然違うよね……やっぱり私はひとりぼっちだ……)


「……私さ、もう知ってると思うけど、両親いないんだ。もし親がいたら進路のこと一緒に考えてくれたかな」


「かもな。俺も母親しかいないからはっきりと言えんが」


 ここにきて意外な同級生の身の上を知る。


「口うるさく進学やら就職やら強要してくる。不謹慎だがいない方がいいと思う時もある。そういう意味では少しお前がうらやましい」


「そ、そんなことないよ! 絶対親はいたほうがいいよ! 将来のこととか……他にも色々一緒に話し合えるじゃん!」


「話が合う親ならな。それに結局自分の将来は自分で決めるもんだろ」


「……う゛」

「着いたぞ、ここまでだ」


 話に夢中で気が付かなかったが駅の傍まで来ていた。


「今日はありがと。ね、ケー番聞いてもいい?」

「携帯自体持ってない」


「……そっか、じゃあここでバイバイだね。どっかで会ったらまたお話ししよう」


「怒り狂った母親に捨てられなければな」

「あはは、なにそれ」


「お前も早く進路決めろよ。じゃあな」

「うん、またね」


 歩道橋を上がって行く京に手を振ると、優衣は一人自分の住むアパートへと歩き出す。モヤモヤした気分が晴れた訳ではないし何か解決した訳でもない。

 それでも京と話せてよかった。


「うん……!」


 自分を奮起させるかのように空を見上げれば、夕焼けに照らされた雲がゆったりと流れるのが見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る