カルメ研究室、他惑星発掘調査報告書

中村直巳

カルメ研究室、他惑星発掘調査報告書

 エンバシーの森の縁、オムニ族の集落の端にある簡易的な研究所の扉を一人の青年がノックした。

「どうぞ。」

「失礼します。」

「ああ、お帰り。何かめぼしい物は見つかったかい?」

「はい。集落の子供が遺跡の多柱室の脇に地下に続く通路を発見したんです。いやぁ、多柱室のそばに通路があるなんて盲点でしたね。」

「ちょっと待ちたまえ。調査の協力隊は部落の成人男性だけで構成されていた筈だろう?なんで子供が紛れ込んでるんだ?部外者は立ち入り禁止と協力隊には説明したじゃないか。」

「好奇心旺盛な子で、調査が始まってからは毎日見に来てますよ。というか、先生が現場に出てた時もいたじゃないですか。」

「私のことは博士と呼びたまえ。というかそんな子供知らんぞ。大人はなぜ追い払わないんだ?」

「この集落では子供は大人全員で育てるそうですよ。そして大人は、いや、ここら一帯の部族では戦士は幼子に何もやましいことをしていないことを見せるために隠し事はしないそうです。まぁ、一種の宗教観によるものですね。」

「はぁ?何だそれは?あぁ、もうこれだから未開の部落は......。というかイジット君、調査隊の大人がそれなら君が子供を追い払いたまえよ。何のための私の助手だ?発掘現場にガキがチョロチョロしてたら目障りだし危ないだろう。」

「まあまあ落ち着いて下さい。その子のおかげで新しい通路の発見もあったんですし大目に見てもいいじゃないですか。本当に危険な所は大人も近寄らせませんよ。それに意外と、子供の方が細かな所に目を配っているものですよ。」

「フン、どうだかな。まあいいさ。今書いている調査経過レポートが一息ついたらその隠し通路とやらを見に行くよ。先に現場に戻って待っていてくれ。すぐ行こう。」

「わかりました。では先に行って待ってますね。失礼します。カルメ先生。」

「だから私のことは博士と呼びたまえ。」

そうしてイジットは研究所を後にし、カルメは回転椅子をキイキイいわせながら高さを調整して、レポートを進めるため、キーボードに指を置いた。


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十五分後、遺跡でカルメは左右に柱のそびえる中庭を通り抜け、多柱室へと足を踏み入れた。イジットが報告した例の隠し通路と思しき場所に、オムニ族の調査協力隊が群がっていた。

「やあ、お疲れ様です。それが新しく発見された通路ですね?あ、これは差し入れです。」

「おお、カルメ様、ありがとうございます。そうですね。この通路はホラ、あそこにいるカプリが見つけたんですよ。」

そう言ってオムニ族の男性は色褪せた柱の浮彫(レリーフ)を熱心に見つめる少年を指差した。カルメは近づき、

「やあ、ボクが新しい道を見つけたんだよね。調査日程が縮んで私達は大助かりだよ。でもここは崩れやすくて危ないからもう来ちゃダメだよ?」

そう言って発見された地下通路へと行こうとすると袖をカプリに引かれた。

「あの、カルメ様。カルメ様とイジット様は空からやって来た神様なんですよね?どうして地上にいらっしゃったのですか?僕たちを導くだけなら大ババ様の神降ろしでもできますよね?」

「大ババは薬を飲んで私達を降ろすだろう?あの薬は体に良い物ではないんだよ。それにどの神様が降りるかわからないからな。悪の神が降りるかもしれない。」

「なるほど...」

カプリはそう呟いたのち、ジッとカルメを見つめた。その眼差しを見たカルメは右手で眼鏡を押し上げた。

「まだ何か気になる様だね。何か気になるのなら何でも話してみると良い。」

「あ、いや、僕たちを導くだけなら僕らの造った神殿にお住まいになって指示を下されば良いのではありませんか?毎日土埃に汚れなくても...」

「こら!カプリ!カルメ様に何てことを!」

「ハハ、お気になさらず。カプリ君、それはだね、私たちが椅子に座って威張りながら指図をして、君たちが汗水たらして働く、というより共に働き、共に笑いあうことが使命だからだよ。自分にされて嬉しいことを他人にもする。当たり前のことだろう?」

「なぜそんなに良くしてくれるのですか?」

「実を言うとだね、君たちには私達の血が僅かではあるが流れているのだよ。君達の祖先の何人かは私達の世界の住人だったのさ。だから私達は君達の前に姿を現すことができたし、共に働き、互いに笑いあうことができるのさ。」

「......すごい。すごいすごい!つまり僕たちは神様の末裔なんですね!?」

「フフン、まぁそういうことだよ。ちなみに血が繋がっている証拠に中庭から並ぶ柱と壁の浮彫を順に見てみると良い。君達の直系の先祖と私達の先祖が彫られているから。見分け方は簡単だ。私達と君達の耳を...」

「先生、いつまで経っても来ませんから何をしているのかと思えば......。中に入らないんですか?」

「ん、良いところで...。あぁ、わかっているイジット君。すぐ行く!...というわけで私はもう行くよ。ではな、カプリ君。」

「はい!カルメ様!お仕事頑張ってください!」

「ああ、行ってくる。」

カルメは袖をまくって腕時計を覗いた。時刻は十時半を過ぎていた。


薄暗い通路にはイジットの他、数人の調査隊の男たちが壁の浮彫を前に佇んでいた。

「おお、カルメ様。ご覧ください。劣化は進んでいるようですが、今までと違う内容の彫刻です!」

「違う彫刻?」

「はい。中庭、多柱室、聖棺室の柱にはカルメ様に教えられたとおりに我々の生活の歴史や暮らしの知恵が刻まれていたのですが、この通路にある浮彫にはそのどれにも当てはまりません。一体、なんと刻まれているのでしょう?」

イジットがカルメに近づき耳元で囁いた。

「先生。これはアタリかもしれません。オモテの浮彫はこの惑星(ホシ)の原住民の歴史、そしてこのウラの浮彫はこの惑星に入植して来た僕らの先祖、宇宙大航海時代初期の入植記録の様です。通路の奥には部屋がありますし、そこに僕らの目的の物がありそうです。」

カルメの灰色の瞳がヌラリと煌めいた。

「さて、そろそろ正午に近づきましたし、オムニ族の皆さんは先に昼休みに入ってください。私とイジットはこの浮彫を見てから休憩します。」

「そうですか。ではお先に休ませてもらいます。」

そう言って協力隊は通路から退出していった。

「さて、イジット君、何回も言っているが私のことは博士と呼びたまえ。敬意が足りないぞ。敬意が。」

「いえ、でも一年生の頃からずっと先生の授業を受けてますから博士と言うより先生の方が馴染みがあるんですよねぇ。それに先生と言っても敬っていないわけじゃないんですから良いじゃないですか。」

「はぁ。かれこれ君が研究室に来た時から注意し続けてきたがそろそろ疲れてきたよ。」

「それよりも先生、聞いてましたよ。なんですかさっきの会話は。子供に嘘ばかり言って。」

「いきなり何だ、嘘だなんて。何のことを言ってるんだ?」

「僕らが神だとか、大ババの体調を憂慮してるとかのことですよ。この遺跡は集落の誰も見つけてなかったんですから素直に発掘させて下さいと言えば良いじゃないですか。わざわざ嘘を吐く必要はなかったでしょう。」

「なにを言うかと思えば...。良いか、イジット君。君がもしこの部落の者だとしてだよ、この九十世紀前の文明レベルの生活をしている者だとしてだ、ある日突然空からやって来た宇宙人二人が部落の外に遺跡があるから調べさせてください、あんたらには迷惑はかけませんから。と言って居つかれたらどう思う?不審に思うだろ?そいつらが見たこともない電巻銃(コイルガン)で動物を殺したり、電子鋸(エレクトロンソウ)で木を伐っていくんだぞ?排斥しようと思われても不思議じゃないだろ。それが神の御業と言った途端、喜んで発掘に協力するのだから、いやはや、土人サマサマだよ。彼らは肉体を持って顕現した神の近くで生活できて幸せ、私達は先の大戦で失われた遺技術の発掘ができて幸せ。フフン、win-winの関係じゃないか。」

カルメは得意げに眼鏡を押し上げる。

「それに嘘ばかり、ではないぞ?過去の入植者達は確かに血を残している。ホラ、ここを見ろ。私達の先祖がこの地に降り立った場面が彫られている。周りには原住民がいるな。そして三段下...ホラここだ。私達より耳が長く原住民より耳の短い人物がいるだろう。これが今、表をうろついてる奴らの祖先だよ。ま、絶対数が違うから今の土人どもはもう少し耳が長いんだろうがね。」

「むぅ。しかしそれならなおさら嘘を吐くのは気が引けますね。僕らと同じ血が混じっているのに...。」

「オイオイ、何を言っているんだい?冗談も休み休み言ってくれよ。家の隣にマフィアが居るとして猿人の時は血が繋がっていたから仲良くしようなんて思うか?この惑星の奴らはそのマフィアより血の繋がりは薄いんだぞ?九十世紀も前の生活をしているんだぞ。奴らは自分の部族以外の生物は敵か獲物としか思ってない野蛮人だぞ。」

「えらいサバサバしてますねぇ。」

「合理的な考えと言いたまえ。それに君の言う私の嘘のおかげで子供がこの通路を見つけたのだろう?」

「あっ、これは一本取られましたね。」

「そろそろ休憩にしよう。浮彫を見る限り、この先の部屋に私達の目的物があるのは間違いないだろう。」

「部屋の扉は見る限りチタン製ですからね。彼らにあそこまでの精製技術があるとは思えませんしね。」

「そういうことだ。さ、もう戻ろう。私はもう腹ペコだ。ここは原始的で後進的で不便な所だが食事が美味い事は評価してるんだ。」

「それは僕も賛成です。神様で良かったです。」

「フフン、そうだろう。」


カルメとイジットは昼食のため地下通路を一旦後にした。通路の奥には薄暗いながらも光沢を放つ扉が屹立していた。


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  拝啓  コイーバ様へ

その後、いかがお過ごしでしょうか。私が今調査しているこの土地は熱帯ですので毎日汗を流しています。

さて、今は無き技術である「火薬を使った武器」の設計図、ないし現物、あるいはそれに付随する知識の購入をしたい、とのことで、現段階での調査で報告するならばそれらの遺技術は確実に存在すると言えるでしょう。

コイーバ様は今回初めての依頼ですので多少のサービスも致します。

あまり長くなってもいけませんのでここで筆を置きたいと思います。

                                  敬具


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  Re:カルメ殿へ

まず調査がうまくいっている事、おめでとう。

火薬武器を手に入れられたなら、他国に対しての戦術の幅ももちろん、議会の保守派の連中にも優位を取れることだろう。君が調査を終える頃に合わせて同志の数を増やしておくとしよう。波に乗れば革命政府を樹立できるかもしれない。故に君に失敗は許されない。よろしく頼む。


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エンバシーの森の縁、オムニ族の集落の端にある簡素な研究所の扉を一人の青年がノックした。

「失礼します、先生。そろそろ昼休憩が終わりますよ。」

「......ああ、わかった。」

「あれ?どうかされました?元気が無い様に見えますが。」

「いや、何でもない。まあドジを踏めば粛清されるから失敗できないな、といった所だ。」

「...?何の話ですか?」

「だから何でもないんだよ。ほら、何ボケっと突っ立てる。昼休憩は終わりだぞ?」

「はいはい。...これから暑くなりそうですね。」

「そうだな。だが夕立で多少は涼しくなるだろう。」

扉を開け、外に出ると木漏れ日と言うには強すぎるコントラストが地面に映し出されていた。


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隠し通路壁面の調査は予定より早くに終わった。

イジットが幾分興奮気味に話す。

「いやぁ、ここ数日は発見と驚きの連続でしたよ。壁面片側の情報だけでも僕らの暮らしは相当良くなりますね。人間は理想演算回路機構(トロンシステム)が無くても生きていけるんですね。初めは単位のためにしょうがなくやって来ましたが、僕は今もしかしたら歴史の変わる瞬間に立ち会ってるのかもしれませんね。」

「フフン、私の研究室に所属しているのだからこれくらいは当然だよ。それにだ、イジット君。遺技術、遺英知はこれで終わりではないぞ。まだこの奥の部屋が残っている。こんな壁に彫ってある生活の豆知識ではない、本物の知識と技術だ。入植者達がこの惑星を攻略しようとした本物のサバイバル術と道具の知識がある筈だ。」

「うわぁ、先生、早く、早く扉を開けましょう!」

「フフン、まぁそんなに急かすな。それと私のことは博士と呼びたまえ。」

そう言いながらカルメは鈍い輝きを放つ扉の前に立つ。

「さあ、開けるぞ!」

「はい!」

そう言って外開きの扉に手を掛ける。しかしそこからカルメは微動だにしない。

「...どうしたんですか先生?早く開けてくださいよ。」

「イジット君。」

「はい。」

「扉が重くて開かないんだ。」


結局二人がかりでも扉は開かなかったのでイジットは後ろに控える協力隊を呼んだ。

「力仕事は我々に任せてください!」

「俺たち二人は特に力持ちなんですぜ!」

「ああ頼むよ。」

協力隊の内の二人がそれぞれ扉の取っ手を両手で握り、力を込めて引っ張った。

徐々に扉が開くと同時に中から光が漏れ出てきた。

扉が完全に開いたので、一同が中に入るとそこは円形の部屋だった。

「...すごいな。入植者達はよほど原住民と仲が良かったのだな。広さはもちろんだが、ドームになっている。どれだけの知識と技術と労働力を共有していたのだろう。それに見ろ。イジット君、天井を。ドームの頂辺だ。」

カルメが指差す所を見るとドームの頂辺から光る太い根が垂れ下がり、部屋全体を照らし出していた。

「あっ、光ってる!」

「......君は一応私の研究室にいるのだから、扉を開けた時点で漏れ出た光の光源を探すくらいはしたまえ。文明人だろう?」

イジットは興奮気味でカルメに質問した。

「先生先生!あの根っこは何ですか!」

「あの根はこの星固有の植物、グラスファイバーツリーのものだな。地上で葉が太陽光を吸収して根まで届けているんだ。」

「へぇー、不思議な植物ですねぇ。それを照明の代わりにするなんてよく考えましたね。」

「ああ、入植者たちの建築技術と原住民の植物の知識の融合だ。だがそれよりもだ、イジット君、私達の目的を忘れてはならないよ。」

そう言ってカルメは円形の部屋の中央を指差した。

そこには一段高くなった床の中央に百二十センチ程の円柱が立っていた。真上からのグラスファイバーツリーの光により細かい埃の舞う静謐の中で神聖な雰囲気を醸し出していた。

「あ、あれはもしかして......理想演算回路機構(トロンシステム)以前のコンピュータですか!?」

「おそらくそうだろう。あの中に私達の求める技術がある筈だ。さあ行こう。」

カルメが一歩踏み出した瞬間、部屋の両脇から何かが弾かれた様に動き出した。

それに反応したのは協力隊の一人だった。

「カルメ様!危ないっ!」

協力隊の男に後ろから押さえられた頭の上を剣が通り抜ける。見ると、二体の人形が剣を構え、中央の円柱を守るように立ちはだかった。

それに対して、協力隊の面々は腰から剣を抜き、手斧を取り出し、弓に矢をつがえた。

「おさがりください!カルメ様、イジット様。あれはおそらく伝承に聞く古代のゴーレムです!あれらは我々三戦士にお任せください!」

「いや、あれは警備用のロボット...」

「ハッハァ!久々に俺の斧が唸りをあげるぜぇ!覚悟しろよゴーレム!」

「いやだからあれは警備用...」

「ご安心を。僕の矢には魔力を込めてますから当たると爆発するんです。弓でもゴーレムの装甲を破れます!」

「ロボ...」

「先生もう気にしないようにしましょう。」


ここでカルメはハッと我に帰る。

「い、いけない!ここの壁にも浮彫はあるんだぞ!暴れるな!それに劣化の進んだ部屋なのだから崩れてしまう!」

「申し訳ありませんが聞けない相談ですな。戦士が敵を前にして背を見せてはならないのです。」

そう言って三戦士は二体のロボットと戦い始めた。

部屋はみるみるうちにボロボロになり始めた。

「いけない!せめてあのコンピュータから火器の情報だけでも吸い取らねば!」

カルメは中央の円柱に走り出した。

「先生!危ないですよ!」

「粛清よりマシだ!」

円柱にたどり着き、すかさず懐から取り出した情報抽出装置のコードを円柱の隅に差し込む。

装置は特に不具合を起こすわけでもなく順調に作動した。

「よし、いいぞ。吸い取れ吸い取れ。」


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長い時間も終わりを迎えようとしていた。

戦士たちは残る一体のロボットへのとどめを。

情報抽出装置は最後の十パーセントの抽出を。

そして部屋の構造体はボロボロになりながら自重を支えるという仕事を。


吹き飛ばされた最後のロボットが壁にめり込む。

部屋全体に衝撃が走るとともに大きな亀裂が入り始めた。

「いけない!先生!部屋が崩れそうです!いったん引き返しましょう!」

「馬鹿!今引き返したらここまで吸い取った情報がパアだ!」

「先生!危険です!天井が崩れ始めてますよ!戻ってきてください!」

「いけません!イジット様!あなたまで前に出ないでください!」

「あとちょっと...あと六パーセントなんだ...」

「先生!もう根が崩れ落ちそうです!」

「まだだ!あと少し...あと二十秒...あと少しで火器の情報が手に入るんだ!......よし!吸い取ったっ!」

素早くコードを引き抜き振り向く。

「先生!上っ!」

「おああああああああ!」

「先生ーーー!」

駆け戻ろうとしたカルメは崩落に巻き込まれてしまった。


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幸い、崩落した瓦礫の量自体はそこまで多くなかったため救出自体は早めに済んだ。

カルメは夕立の中、担架で集落に運ばれていた。


「ぐあああああああ!イジット!そ、装置は?抽出装置は無事か⁉」

「ダメです。残念ながら完全に潰れました。もうあそこには石の山と金属片しかありません。」

「くそぉぉぉぉ!何のためにこの惑星まできたんだぁっ!」

「先生、今はゆっくり休んでください。これからのことはそのあとに考えましょう。」

「そ、そういえば私はどこに運ばれているんだ?宇宙船の方向ではない様だが...」

「集落の大ババ様の所に向かっているそうです。」

「な、なぜだ?宇宙船には治療用培養槽があるだろう?」

「今の充電設備だと培養槽が使えるようになるまでは一週間はかかります。発掘のために電気を使いすぎたんです。」

「よーし、ついたぞ。カルメ様を治療台に乗せるんだ。イジット様には休んでいてもらえ。」

協力隊のリーダー格の男が指示した。

「あの、僕は先生のそばを離れたくないのですが...」

「お気持ちはわかりますが、治療の際に大ババ様の手元が狂ってもいけませんので、イジット様はあちらでご休憩なさってください。」

それを聞くと渋々ながらもイジットはカルメのそばを離れていった。


リーダー格の男はカルメに向き合った。

「さて、カルメ様。これから潰れた左手を切り離しますね。」

「...は?おい、何を言っている?」

「大ババ様は肉の切開を縫合、我々は骨の切り詰めを行います。」

そう言ってリーダー格の男は小刀と鋸を取り出した。

「おい!何を準備している⁉私はこんなことに同意はしていないぞ!これは明らかな人権侵害だ!」

「よーし、お前たち、カルメ様を取り押さえろ。できるだけ少ない痛みに抑えて差し上げるんだ。」

「おい!やめろ!お前ら!私に触れるなっ!」

「大ババ様、準備が整いました。」

「むにゃむにゃ、うむ。」

「おい!話を聞いているのか!...くそっ!即時翻訳機のスピーカーが壊れたのか!」

「カルメ様、ご心配なさるのはわかります。イジット様からお聞きしましたが、何でも『カキ』という武器をお求めになっていたそうですね。それを我々が遺跡と共に崩してしまった。」

「そうだっ!お前たちのおかげで英知が失われたんだぞっ!」

「ですがご安心下さい。我が部族の戦士たちをカルメ様のお供にさせましょう。我が部族はここ一帯のどの部族より強いですからね。チェロキーの投げ槍は百歩先まで届きますし、カレント兄弟の剣戟はまさに舞踏のようです」

「ふざけるなっ!槍がロケットランチャーより遠くに飛ぶかっ!同じ時間で剣戟はマシンガンより多くのダメージを与えられるかっ!?」

「おいテンダー、もうちょっとしっかり押さえろ。カルメ様に余計な痛みを与えてしまうぞ。」

「おいっ、やっ、やめろっ!両手の指紋が無いと宇宙船が起動しないんだぞ!はなせっ!」

「それにだ、テンダー。切り取った左手は部族の御神体にするんだから綺麗な切り口にしなければならん。」

「やっ、やめっ!ふざけるなっ!イジット!助けてくれっ!イジーーーーーット!」

「では大ババ様、お願いします。」

「むにゃ。うむ。」

「や、やめろっ!やめるんだっ!お前ら、私を誰だと思っている?名門フィリップモリス大学で最年少博士号取得を成し遂げたんだぞ!お前ら土人とは頭の出来が違うんだぞっ!おいっ、そのナイフを近づけるんじゃないっ!わ、わかっているのかっ!わっ、わたっ、私は、...カッ、カルメッ、カルメ=ドレッドノートだぞーーーーーーっっ!!」

カルメの絶叫は夕立にかき消された。


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エンバシーの森の縁、オムニ族の集落の端にある簡易的な研究所の扉を一人の青年がノックした。

辺りはまだ暗い。

「早くはいれ。」

「失礼します。」

「イジット君準備はできたな?」

「はい。いつでも出立できます。ね、リリー?」

「はい、ご主人様。」

イジットの背後にいるメイド服を着た少女が返事をした。

「おい。何だそれは。西に逃げるのに荷物持ちが必要だから崩れた遺跡の警備ロボット修理を許可したんだぞ。散々出発時期を遅らせたのにお前はアンドロイドで何を遊んでいるんだ。そもそもこいつは警備してた頃は外骨格むき出しだったろう。」

あくまでカルメの口調は淡々としていたが静かに怒っているがわかった。

「いや、ちゃんと荷物持ちとして働けますよ。それにですね、この子に人工皮膚や人工筋肉、人工血液をつけてあげたのはですね、もちろん僕の親心ってのもありますが、この先僕らのどちらかが大怪我した時の皮膚や体液のストックって意味合いもあるんですよ。飛ばない宇宙船に置いてくよりも断然良いじゃないですか。ねー、リリー?」

「はい、ご主人様。」

「何故メイド服なんだ?」

「趣味です。」

「お前ふざけるのも大概にしろ!」

「まあまあ、その左手の整備に免じてここらへんで勘弁してください。」

カルメの左手には義手が取り付けられていた。二体あったロボットの内、リリーではないロボットは胴体の損傷がひどかったものの、幸い左腕部分は生きていたのでイジットがカルメの義手として利用したのだ。

「むぅ、確かにこの左手には感謝しているが...」

リリーは一歩前に出てカルメの義手をジッと見つめた。

「ご主人様、これが私の相棒の...」

「うん、そうだよ。」

「カルメ様、少しこの手を握っててもいいですか?」

「むむ、そうこられると怒るに怒れんじゃないか。はぁ、もういい。イジット君、着陸前に撮った航空写真及び西の都市への地図はあるかね?」

「はい、ばっちりありますよ。それにこの惑星の地形や大まかな植生分布はリリーに覚えさせてます。」

「そうか。ポケット充電器もあるな?」

「はい、ありますよ。」

「よし、じゃあすぐに出発しよう。ここに留まるとコイーバからの追手が来るだろうからな。個人的にも良い思い出がここには無いし。」

「そうですね。この惑星には魔術がありますから完全に故郷に帰れないってわけじゃないですし、ポジティブに行きましょう。先生。」

「だから私のことは博士と...いや、もう博士号に意味はないか。」

「先生、先生が名前や称号にとらわれないすごい先生だというのは僕はわかっていますからね。」

「リリーのご主人様が尊敬するのですからカルメ様はすごい人なのでしょう。これからよろしくお願いします。」

「む?フフン、君達私のことが少しはわかってきたようだね。よし、出発だ!」


そうして三人は夜が明けない内からオムニ族の集落を後にし、最低限の食料と武器を手に、西に旅立った。


遥か西の地で、彼らが東方の三賢人と呼ばれるのはまだ先の話である。

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